2026年10月8・9日、宮城県仙台市で日本弁護士連合会人権擁護大会が開催されたので、久しぶりに参加した。
そして8日の人権シンポジュウムに参加した翌9日は、大会には参加せず、蔵王連峰の南端にある不忘山(ふぼうさん、1705m)に登った。
登山口は、みやぎ蔵王白石スキー場駐車場から少し上がった所にあった(860m)。
標高差約850mの登山。
当ブログでも書いたが、今夏は、猛暑と夏風邪で約10日間も寝込んでしまったこともあって、ほとんど登山の訓練はできず、8月末に那須連峰の朝日岳(1896m)、9月20日に越後駒ヶ岳(2003m)の2座になんとか登ったけだった。でも、そのどちらも天気はイマイチだった。
それで、8月最終週から毎日、事務所のあるビルの5階までエレベーターを使わず上り下りをしているが、それでも山に登ることに自信は全く持てなかった。
不忘山(1705m)は、蔵王連峰の南端に突き出た三角錐の山である。
この日は晴天で絶好の登山日和。
最初なだらかな道を進むが、やがて樹林帯に入り、急な道も現れる。更に進むと、辺りの木々がだんだん低くなり、やがて眼下に広がる景色を眺めながらの稜線歩きとなる。
不忘山登山の目的に1つに、「不忘の碑」を見ることがあった。
第二次世界大戦末期の1945年3月10日午前0時過ぎ、300機を超えるB29が東京大空襲を実行し、10万人以上が犠牲となった。この時間帯に蔵王山塊は吹雪だった。飛来した3機の米軍B29が次々に不忘山に墜落し、搭乗していた米将兵34名全員が死亡した。それを哀れんだ地元の有志が、終戦から16年後に「不忘の碑」を建立し、毎年慰霊登山を続けてきたとのこと。「仏になれば皆同じ」という日本人の心・文化の表れと言えよう。
「不忘の碑」は山頂直下にあり、なんとかたどりくことができた。
これが「不忘の碑」。

「不忘の碑」から見た不忘山山頂。

山頂には、たくさんの岩が積まれていたが、広々としていた。
快晴の空の下、360度の展望があり、素晴らしい絶景にこれまでの疲れが一気に吹き飛んだ。

また、山頂から少し蔵王方面に進んだところに、米将兵の小さな鎮魂の石碑もあった。

この不忘山の登りは快適だったが、下りは上りと別ルートを進んだ。水引入道という場所を通過するルートだったが、この後は、急坂の下りや沢沿いのアップダウンの登山道を歩き、「行きはよいよい、帰りは怖い」状態で、スキー場駐車場に戻った時はもうヘトヘトだった。