1. 2015年5月

2015年5月アーカイブ

安倍首相、自衛隊のリスク明言

 
安倍首相が、5月26日の衆議院本会議で、新たな安全保障関連法案で懸念されている自衛隊員のリスクに関し、「リスクは残る」と明言した(2015年5月27日付け京都新聞朝刊)。
 
5月20日の党首討論では、自衛隊は「安全が確保されている場所で活動する」と答弁したが、それを軌道修正したのだ。
「国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、隊員に負ってもらうものだ」と。
 
戦後、PKO法などによって、自衛隊は徐々に海外の非戦闘地域に赴くようになったものの、これまでただ一人の死者も出ていない。
自衛隊員は、海外で、平和国家としての象徴として、日の丸のしるしを目立つように身につけ、任務にあたってきた。
それによって、日本の自衛隊が無法に攻撃を受けたことはなかった。
 
しかし、法案が成立すれば、状況は一変する。
他国軍と「一体となって」「戦闘地域」の含め、活動すれば、相手国から攻撃される危険は高まる。
任務が増大し、あるいは活動範囲が広がれば、「リスクが増大する」のは当然で、そんなことは、子どもでもわかることだろう。
 
自衛官の家族らの不安は、一層、現実的だ(上記京都新聞)。
夫が海自艦艇隊員の20代女性は、「数ヶ月の任務も訓練が大半だったので連絡が取れなくても安心だった。でも・・・」と言葉を詰まらせる。
「具体的な任務と、それに伴う危険がわからない。わかるように説明してもらわないと、心の整理がつかない」。
元海上自衛隊幹部の坂上隆康さんも「自衛隊は軍隊ではないという言葉遊びは敵には通用しない。海外派遣する以上、戦闘を覚悟しないと」と心配する。
 
「現場は死傷者が出ることも覚悟している。政治にその覚悟がないなら、部隊を出してはいけない」
この言葉の意味を、政治家はもとより私たち一人ひとりの国民も重く受け止めなければいけない。
 

ピースサインと平和運動の歩み

 
いつからだろうか、私が写真を撮られる時には、ほとんどいつもピースサインを出してしまう。
カメラマン氏からは「いつも同じポーズやんか」と言われ、時々、違うポーズに変えてみたりはするが、やはりピースサインをしている時の自分の顔の方が良くて、結局、ピースサインをすることが多い。
 
京都新聞の連載「時を渡る舟」の「第3部 ピース?」では、5回にわたり、そんなピースサインについて戦後史とからめて紹介されていた。
 
記事によると、
 
第2次世界大戦中、反ナチスの象徴として勝利のビクトリーを意味するVサインが欧州で広まった。
英国のチャーチル首相も公式の場で使った。
60年代後半の米国でベトナム戦争への反戦運動や既製の価値観に抵抗するヒッピーたちが「ピース」の象徴に変え、日本に伝わったとされる。
 
海の向こうで生まれたピースサインが京都の平和運動に流れ着いたのはいつだったのか。
1971(昭和46)年、ベトナム戦争当時、在日米軍基地の米兵と京都の米軍に反対する若者らが1つに固まり、闇に向かってまっすぐに指を2本突き上げていた写真が当時の雑誌にあった。
 
その後、1995(平成7)年に誕生した「プリクラ」は、反戦運動で広がったとされる「ピースサイン」を日常のものへ、さらにポーズの進化や意味を変容させる役割を担った。
 
連載の中で、71年「反戦フェスティバル」にも参加した、当時21歳だった京都のシンガーソングライター豊田勇造さん(65歳)が、「今も安易な気持ちでピースはできない」と語っている言葉が強く私の胸に響いた。
 
折しも、国会では、安保関連法案が審議入りした。
安倍首相は、断定的な口調で「平和な暮らしを守る」と何度も声を張り上げている。
その「平和」は、世界で武力行使をするという意味にほかならない。
 
私たちは、「ピースサイン」のように、「平和」の意味を変容させては絶対にいけない。
これからピースサインをする時には、思いっきり、戦争のない「平和」を願って、しようと思う。
 
 

党首討論に思う

 
安倍首相と野党党首による今国会で初の党首討論が、5月20日開かれた。
テレビで時々、国会質疑の中継を観たりするが、なんで、答弁する側は、質問されていることに直截に答えないですまされるのだろうといつも思う。
それが、野党の質問をかわす手法なんだろうか。
ホンネを言ってはいけないからだろうか。
安倍首相は、それが顕著だ。
 
20日の党首討論もそうだった。
2015年5月21日付け京都新聞は「安保質疑すれ違い」と書いていたが、正にそのとおりで、常日頃、首相が語る「丁寧でわかりやすい説明」とはほど遠いものであった。
 
例えば、岡田民主党党首が、自衛隊の後方支援に関し、活動範囲が広がれば紛争に巻き込まれるリスクが高まかとただしたことに対し、安倍首相は「安全が確保されているところで活動するのは当然」と答え、正面からの回答を避けた。
 
また、志位共産党党首の、過去の日本の戦争は間違った戦争だったという認識はあるかという問いに対しても、首相は、歴代の内閣の談話を「全体として受け継ぐ」というだけで、自分の言葉として「間違った戦争」とは一言も言わないのである。
 
私たちが法廷で尋問をする時、当事者や証人が質問に対し、はぐらかすような答えをすると、裁判官は即座に「聞かれていることに答えなさい」ときつく命じることはしばしばである。
だから、「間違った戦争だったという認識があるか?」と問われたら、その答えは「ある」「ない」「わからない」のどれかであるはずだ。
でも、国会では、このような「はぐらかし」「すれ違い」答弁がしばしば見受けられ、何が国会審議だ、国民を本当に馬鹿にしているといつも思う。
 
なぜ、首相は一言「過去の戦争は間違いだった、しかし、これからはそのような間違いは絶対に起こさない」と自分の言葉で言わないのだろう。
それは、本音は「間違いだった」と思っていないから、としか考えられない。
 
将来、日本人が戦争に参加して犠牲者が出ても、また「コントロールされている」はずの原発でもっと被害が出ても、それを決めた政治家は誰も責任をとらない。
 
そういう政治家を選ぶか否かは、私たち国民自身が決めるということを肝に銘じる必要がある。
 
 
 
 
 
 

 
2012年3月23日付けブログでも紹介した、タイ料理店「パクチー」。
 
京都には3店舗あるようだが、私が行くのは専ら河原町丸太町店。
街の屋台風の店で、味も美味しい。
事務所からはやや遠いので、頻繁に行くわけではないが、家裁の帰りなどには、ランチを食べに立ち寄ることもしばしば。
その「パクチー」の店主菊岡美紀さんのことが、2015年5月17日付け京都新聞に掲載されていた。
 
菊岡さんは、35歳で会社を辞め、単身でタイに語学留学へ。
1年3ヶ月暮らし、帰国後、2009年8月、個人経営で「パクチー」を始めた。
起業したのは、アジアに学校を建てるという夫婦共通の夢をかなえるためとのこと。
2009年創業から丸5年でラオス南部の村に1校目の小学校が完成、3月に開校した。
 
これも国際貢献の1つの形だね。
これからは、もう少し頻繁に食べに行こう。
 
 
 
 

久しぶりに「落下」!!~魚谷山~

 
先週、京都北山の魚谷山へ行って来た。
「いおだにやま」と読む。
魚谷山の登り口辺りには、ちょうど、クリンソウの群生地があると知り、満開のクリンソウを期待して出かけた。
 
最初は、ダラダラとした林道を緩やかに登って行く。
川沿いの所々に、ポツポツとクリンソウが咲いていた。
 
30分くらい林道を歩いた所で、登山道に入る。
登山道に入る所は、川が流れており、丸太の橋がかかっていた。
事故はそこで起こった。
 
前日の雨のせいか、丸太の橋は濡れていた。
滑りそうで危ないなあと思いつつ、ゆっくり進んで行った。
だが、もうあと1-2歩で対岸に到着するところで、足が滑り、そのまま身体全体が、約2メートルほど下の川に落下した。
 
身体全体が川の水の中に入り、息が苦しくおぼれるような感じだったので、必死になってもがいて立ち上がった。
身体がフラフラする。
同行者に手を引いてもらい、岸に引き上げてもらった。
背負っていたリュックがクッションがわりになったこと、下が川だったことなどが重なって、幸いにも、ケガは左肘を打った程度の軽傷だった。
ずぶ濡れになったので、上半身だけ着替えた。
 
しばらく休んで落ち着きを取り戻したので、先に進むことにした。
すぐに、クリンソウの群生地らしき場所があった。
時期が悪かったのか、今年の花のつきが悪いのか、そこにも咲いているクリンソウは所々にしかなかった。
でも、京都の山でもクリンソウが見れるんだなあと嬉しかった。
 

 
群生地を過ぎ、柳谷峠を経て、魚谷山山頂(816.2M)へ。
そこで、濡れた衣服を乾かしながら、いつものように焼き肉と焼きそばを作って食べた。
 
ところで、登山をしていて、転倒することは頻繁にあるが、転落は久しぶりだ。
過去10年で、覚えているのは2回。
 
1つは、餓鬼岳(長野県)下山中。
木道を歩行している時、滑ってそのまま約1メートル下に落下。下は川だったが、柵があってそれ以上は落下しなかった。
 
2つは、祖母山(九州)。
急坂の下りでスピードが押さえきれず、そのまま前のブッシュへ落下。
硬いブッシュだったため、それ以上は落下せず、ブッシュの上で、仰向けになって亀のようにもがいていたのを、同行者に引き上げてもらった。
 
そして、今回。
 
気を付けないとあかん・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
昨晩のNHK「クローズアップ現代」は、ガンなどによる1年間の闘病生活を経て、再び「書くこと」を開始され、5月15日93歳を迎える瀬戸内寂聴さんが出演されていた。
お元気そうなお顔を拝見して、とても安心した。
 
苦しい闘病生活の中で、自分で「痛み」を経験してこそ他人の痛みがわかると語っておられた。
そう言えば、医師の早川一光先生も、これまで何人もの患者さんをみとってきたが、自分がガンになって初めて「死の恐怖」を感じたと言われていた。
 
そんな瀬戸内さんが、2015年5月10日付け京都新聞朝刊1面の「天眼」という欄に、次のような記事(談話?)を寄せておられた。
 
それは、50代の女性からの手紙による相談。
一人息子が大学卒業後、就職活動をことごとく失敗し、鬱状態に。
夫も自分も87歳の姑も息をひそめるような暗い日々を送っていた。
ところが、ある日から息子の様子が別人のように明るくなり、自衛隊に入隊したという。
しかし、誰よりも孫を愛していた姑は、「殺される!殺される!」と片手で畳を打ちつづけながら泣いた。
その後、姑は、孫は、やがて戦争にかり出され、戦死するだろうと、ノイローゼになり、寝たきりになってしまった。
 
格差社会の典型のようなアメリカでは、多くの貧困家庭の若者が兵隊となり、戦地に赴くと何かで読んだことがある。
格差が広がりつつある日本でも、就職できない、あるいは使い捨ての非正規でしか働けない若者が自衛隊に入隊していくのではないだろうか。
 
折しも、昨日、政府は安保法制を閣議決定した。
憲法の根幹を揺るがすような法案を、アメリカで安倍首相は7月までに成立させると宣言した。
 
祖母の危惧は現実化してきているのだ。
瀬戸内さんは「彼女の愛孫は、われわれ国民がもっと必死になって力を合わせ、9条を守り抜こうとしない限り、やがて戦争にかり出され、外国人を殺し、自分も外国人に殺されるはめになるであろう」と語る。
 
私たちが、もっともっと必死になって憲法9条を守らなければならない時が今、来ている。
 
 
 

お茶を美味しく飲む~水出し緑茶~

 
最近のニュースで、コーヒーや緑茶を1日3~4杯以上飲む人は、そうでない人より、脳や心臓疾患になる率が低いなどと報道していた。
 
それはともかく、最近、水出し緑茶にはまっている。
テレビで、お茶というものは、本当は水で時間をかけてじっくり出した方が美味しいんだということを知った。
そろそろ冷茶の季節になったので、早速、作ってみようと思った。
 
そこで、まず、水出し用のポットを購入した。
茶葉用を入れるための網があって、そこに茶葉を入れ、ポットにセットして水を入れておくと、網目から少しずつお茶が抽出されるというしくみ。
濃くなったらひっくり返して、茶葉が水につからないようにすればよい。
そして、茶葉は、有機栽培のものを使用。
 
何時間、抽出すると、一番美味しくなるかという実験はしていないが、確かに、お茶がとても甘くて美味しい!(私は15時間くらい、おいてます)。
 

 
夏のお茶は、これで決まり!
 
 
 
 
 
 
 

日本人の知らない日本語~ごくろうさま~

 
「バイト敬語」と並んで、日常的に気になっている言葉が「ごくろうさま」。
 
最も違和感を感じた場面は、親が亡くなり、葬儀の準備をしていた時、遅れてやって来た私の身内が、手伝ってくれていたご近所の方に対し、挨拶として「ごくろうさまです」と言った時だった。
 
「ごくろうさま」は、「お疲れ様」とともに、「ねぎらい」の言葉として使われているようだが、実は「ごくろうさま」は目上の者が目下の者に向かって使う言葉なのだ。
そのようなニュアンスがある言葉なので、たとえ年下の人に対してでも、あまり使いたくない。
 
「ありがとうございます」「どうもありがとう」でいいんじゃないかな・・・

日本人の知らない日本語~「バイト敬語」~

 
友人から「日本人の知らない日本語」(著者:蛇蔵&海野凪子)というコミックエッセイを借りて読んでいる。
数年前にはテレビドラマ化もされたらしいが、観ていなかった。
 
若者言葉がいつのまにか普通の日本語になっていくように、日本語もまた変化していくもの。
その是非はともかく、この漫画を読むと、私たちが、日常、いかに不正確な日本語を使っているかがわかるし、また日本語の起源みたいなものもわかる。
漫画とは言え、勉強になる。いやあ、実に面白い。
 
中でも「まちがいだらけのバイト敬語」では、私自身、いつも店員さんの言葉に「それ、おかしいんじゃないの!?」って心の中で突っ込んでいたのが、わかりやすく解説されていた。
 
例えば、
①「ご注文の方(ほう)、以上でよろしかったでしょうか」
②「こちらパスタになります」
③「お飲物は紅茶で大丈夫ですか」
④「お会計、千円からお預かりします」
 
よく聞きますよね~。
どこが、どう間違っているか、わかりますか?
 
①「~の方(ほう)」は、「比較」か「ぼかし」の時に使う。
よって、正解は、「ご注文は、以上でよろしいですか?」
②正解は、「パスタでございます」
③「大丈夫」は「問題があるかも知れないが平気か」という時に使う。
よって、正解は、「紅茶でよろしいですか」
④正解は「千円お預かりします」
 
わかりましたか?
 

京都でも「憲法カフェ」

 
(女性弁護士の法律コラム NO.203)
 
憲法9条改悪に反対する「明日の自由を守る若手弁護士の会」(略称アスワカ)の若手弁護士を講師として、お茶を飲みながら、気楽に憲法を学び語る「憲法カフェ」が全国各地で開かれている。
そして、京都府宇治市でも、子ども3人を育てる中村あゆ美さんが、保育園のママ友と、お茶会のような雰囲気の中で憲法を学ぶ「サクッと憲法カフェ」を開いた(2015年5月3日付け京都新聞朝刊)。
 
私も2014年11月16日付けの当ブログで、女性誌「LEE12月号」が憲法カフェのことを記事として掲載していることを紹介したが、中村さんも、各地の憲法カフェがファッション誌などで取り上げられているのを見て企画したそうだ。
 
近所の集会所で開催し、23人が参加。
憲法について自由に意見を出し合った。
 
中村さんたちは、大切なことは憲法に対して思うことを臆病にならず話すことだと信じる。
「普通のお母さんが憲法を語ってもおかしくない。そんな自由な場所が広がってほしい」と
語る。
 
私たち弁護士は、大学でも司法試験の勉強でも憲法を学んできた。
でも、普通の人たちは、憲法を読んだこともない人が圧倒的多数であろう。
他方、今の国会では、改憲派が多数を占めており、「戦争する国」へと進みつつある。
「憲法」って「読んだことない」「知らない」では済まされない社会になっている。
そんな普通の人たちが、男女を問わず、老いも若きも、気軽に集まって、憲法を学び語る「憲法カフェ」のような場がもっともっと増えていったらイイナ。
 
 

 
長者ケ岳に登った後は、山梨県の下部温泉に移動。
 
このブログでも何度も紹介してきたが、「レース切り絵」作家の蒼山日菜さん。
以前に、彼女の「レース切り絵の世界~蒼山日菜と13人の仲間たち~」という企画展が4月4日から「富士川・切り絵の森美術館」で開催されるという案内をもらい、翌日、訪れた。
 
この「切り絵の森美術館」で常設展示されている蒼山さんの作品を初めて観たのは一昨年のことだった。
その時も初めて彼女の生の作品に触れ感動したが、今回の特別展には、彼女の作品が数多く展示され、1本のハサミでここまで繊細で美しい作品ができるのかとあらためて感動し、十分堪能できた。
また、蒼山さんを師と慕う13名の切り絵作家の作品も素晴らしかった。
 
蒼山さんの展示会は、6月28日まで。
 

GWの旅(その1)~長者ケ岳登山~

 
GWは、静岡県と山梨県の県境に位置する山、長者ケ岳(1335.8M)に登ってきた。
 
前日に佐野川温泉に泊まり、翌朝、田貫(たぬき)湖畔の休暇村の登山口から登り始める。
登山道はよく整備されており、子ども連れの登山者もたくさん登っている。
林の中のジグザグの登山道を登って行くと、1000Mを超えた辺りに富士山が見える絶景ビューポイントがあり、そこで休憩。
そこから山頂まではやや急坂となる。
今年になってまだ3度目の登山なので、頂上に近づくにつれ、足が重くなり、ストックを支えに身体を上へ押し上げる。
 
頂上には約20人ほどの登山者でにぎわっていた。
富士山を目の前にして、昼食。至福の時。
やはり富士山は登る山じゃなく、見る山だ。
 

富士山の雪ももうずいぶん溶けているよう。
 
下山は、長者ケ岳から約30~40分歩いたところにある天子ガ岳(1330M)を通って白糸の滝方面へ。
300Mくらい急坂を下ると、そこからはなだらかに下っていく。
 
白糸の滝は、観光客で一杯。
 

 
夕方、本栖湖畔でも富士山を撮影。
 

後からわかったのだが、この位置からの富士山は、千円札の富士山と同じ場所なんだそうだ。
 
 

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