1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

先日、友人同士の間で「京都に文化庁が来て、何か京都に変化があったかな?」「ないなあ」というような会話があった。

市バス停留所の名前が「府庁前」から「文化庁前・府庁前」に変わったくらいか・・・

 

その文化庁が、2026年2月27日策定した2026年度から2030年度までの5年間にわたる第6期中期目標において、国立博物館・美術館に対し、入館料など展示事業に関する自己収入比率について、5年以内に65%以上にすることを求めている。

その上、もし2029年度において、自己収入比率が40%を下回るなどした場合、「社会的な役割を十分に果たせていない」とみなされ、「再編」となるという条項も盛り込まれている。

文化庁は公式サイトで、「再編については『閉館』を想定しているものではありません」と明記しているが、統合や合併は想定されているだろう。それは「閉館」と同じではないか。

 

橋下徹氏が大阪市長時代に、人形浄瑠璃への補助金をカットしたことを思い出してしまった。

 

朝日新聞の3月9日付け「天声人語」では、「そんなことをすれば各館とも、客を呼べる企画ばかりに必死になり、それ以外が後回しになってしまわないか。財務諸表だけれは計れない文化的価値というものがあるはずだ」と書いており、もっともだと思う。

 

そもそも博物館や美術館の目的は、文化財の保存や学術研究、教育などであって、金もうけではない。

ICOM(国際博物館会議)も2022年のプラハ大会で採択した定義で、博物館は「社会に奉仕する非営利の常設機関」としている。

年々増えていく膨大な軍事費を削れば、予算的には賄えるものであり、戦争はまさしく文化を破壊するものにほかならず、今回の文化庁の目標も何か「戦争への国家作り」と重なっているようでうすら寒い。

しかも、昨今の国立博物館・美術館の「特別展」の入館料は2000円超のところも多く、市民の誰もが文化的な価値に触れることが出来る機会をなくしているような気がする。

 

文化を守るため、今後も市民の監視が必要である。

 

 

 

 

マージャン、今昔

2026年3月10日付け毎日新聞夕刊の1面は「マージャン 老若男女に『役満』」というタイトルの記事だった。

 

記事によると、「老若男女の間で今、マージャン人気が高まっている」とのこと。「たばこの煙が充満した部屋で、酒を飲みながら夜通し続けるギャンブル・・・。そんなネガティブなイメージは今は昔」だそうだ。

(賭けマージャンが発覚して、辞めた検事長もいたけどなあ・・・)

 

私の元依頼者の中に、健康マージャン教室の講師という仕事をする当時70代の女性がおられた。

「健康マージャン」は「賭けない、飲まない、吸わない」がルールで、認知症予防などにつながるとして高齢者を中心に人気が広がっており、カルチャーセンターの中には健康マージャン講座があるところもある。

 

私自身は、マージャンを小学生の時に覚えたから、一応、牌の並べ方は知っている。

自宅にもマージャンパイのセットがあり、休日に父親が友人らと自宅でマージャンで遊んでいたのを父の横に座って眺めていたという記憶がある。母もマージャンができたので、親子3人で遊びながらマージャンを覚えた気がする。

私たちの大学時代は、マージャンに明け暮れて大学に来ない男子学生も少なくなかったが、私は、大学時代はマージャンなどせず「品行方正」に(?)学生生活を送った。

司法試験に合格し、司法修習生になると、修習生の娯楽の1つがマージャンだった。マージャンが好きな裁判官もおられ、裁判官・修習生でマージャンをしたことも何回かあった。

最近の大学生や司法修習生はどうなんだろう・・・?

 

弁護士になってからは、京都弁護士会でもマージャン大会が開催されるようだが、弱いし下手なので参加したことはない。

今は、時折マージャンゲームをするくらいである。

 

マージャンはそのルールが面白く、本当によく考えられたゲームだと感心する。

対戦相手が人間であれば「心理戦で、対戦相手との駆け引きが楽しい。相手の癖や打ち筋を読むのが肝になる」(上記毎日新聞)ようで、パソコン相手ではなく、4人で卓を囲めば、もっと楽しめるんだろうなと思う。

 

高齢者の「認知機能の改善や、精神的な健康に非常に効果的との研究結果も複数ある。高齢者を孤立から守る強力なツールにもなる」(上記毎日新聞)というから、マージャンもなかなか魅力的な娯楽である。

 

2026年1月19日付け当ブログで書いたものの「続き」である。

https://www.kyotolaw.jp/introduction/muramatsu/blogs/2026/01/7349.html

 

1月19日付けブログの最後で、私は「こんな裁判官はいない」と書いた。

これはおそらく弁護士の間での共通の感想であろうが、友人弁護士の中には、「だから、このような非現実的な法廷ドラマは好きじゃないから観ない」と言う人もいる。

 

確かに、裁判官・弁護士・検察官そして警察、私たちの仕事に関連する職業のドラマは、現実とは異なる描かれ方をしているものが多い。

しかし、それらドラマの中で、単なる犯人捜しミステリーではない作品であれは、視聴者に何を伝えたいのかを考え、感じることができる。

 

心療内科医の海原純子さんは、このドラマを評して「自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)を隠しながら働く裁判官の主人公を演ずる松山ケンイチさんの演技が非常に素晴らしく生きにくい社会の中でどう生きていくか、という葛藤を見るものに問いかけるドラマになっている」「発達障害を持つ自分がこの仕事をしていいのか、裁かれる人は受け入れられるのか、と悩む主人公の問いかけは本人だけでなく見るものにも与えられた問いかけでもある」と書かれている(2026年2月22日付け毎日新聞)。

 

裁判や法廷の現実を私たち弁護士は知っていても、(私自身も含めて)かような障害を抱えている人たちの悩みや不安そしてその行動の仕方などを知らない弁護士は多く、知らないからこそコミュニケーションが難しく、冷たい対応をしてしまう場合もあるだろう。

そんなことが自分に問いかけられているドラマだと思う。

 

3月3日放映は第7回だから、ドラマももう終わりに近づいていると思うが、2月24日放映分からは「死後再審」というハードなテーマが真正面から取り上げられている。

折しも、同日の2月24日当事務所から岡根・佐藤弁護士が弁護団に加わっている「死後再審」の滋賀県の「日野町事件」について最高裁が再審開始決定を下した。

ドラマでは、証拠隠しなどの検察官の不当な対応により、長年、再審開始決定が決まらないという問題点もきちんと描かれており、法廷ドラマとしてもますます見応えがあると思う。

 

ちなみに、このドラマを制作しているのは、私が2024年10月21日付けブログで紹介したNHKドラマ「宙(そら)わたる教室」と同じチームだそうで、やっぱりいいな、という感じである。

 

 

 

2026年2月22日午前5時からMBSで放映されたドキュメンタリー「映像’26 弾薬庫が増える町」を観ました。

 

京都・大阪・奈良にまたがる関西文化学術研究都市(通称、学研都市)の中に陸上自衛隊祝園(ほうその)分屯地(京都府精華町、京田辺市)があります。

私も以前、車で通ったことがありますが、樹木に囲まれ、分屯地の様子はあまりわかりませんでした。

京田辺については、私は、これまで京都弁護士会から派遣される出張法律相談を何回か担当しているので、割と身近に感じる市です。それ以上に、私が住む京都府の町の1つです。

 

政府は防衛力強化のため、全国に弾薬庫130棟を建設します。中でも最多の14棟がこの祝園分屯地に計画されているそうです。

敵国の軍事基地を直接攻撃できるような射程1000キロを超える長距離ミサイルが保管される可能性があるそうです。

有事の際には、真っ先に標的になるでしょう。しかし、その弾薬庫に何が保管されるかは、住民に明らかにされていません。

既に、昨年8月から工事は始まっています。

 

映像では、住民たちで作るグループ「ほうそのネット」が学習会や防衛局への申し入れを続け、町議会議員も誕生させました。しかし、議会でも「安全保障は国の専管事項」としてまとも取り上げられません。ひどい話です。

 

また、反対運動の中に、以前の安保法制反対運動の時のような、若者の姿がほとんど見受けられないのが残念であり、日本の将来が心配です。

 

それでも住民たちは、全国の運動と連帯しながら、声を上げ続けます。

 

 

 

 

コルティナダンペッツオとドロミテ戦線

日本勢のメダルラッシュで盛り上がる2026年冬期オリンピック。

今回のオリンピックは、会場が4地域に分かれていることから、ミラノ・コルティナダンペッツオ五輪と呼ばれている。

 

イタリアのコルティナという街は、訪れたこともなく、あまりなじみがない街だが、実は、私の亡夫の部屋には、生前、コルティナにある美しいドロミテ岩峰の大きな写真が飾られてあった。おそらく亡夫自身が撮影した写真を拡大したものだと思う。

それで、私は、コルティナ=ドロミテ岩峰というイメージをずっと持っていた。

亡夫は、海外スキーに何度も行ったことがあり、コルティナでも滑ったことがあると言っていた。その中で、ドロミテ岩峰の写真をずっと飾っていたことからすれば、よほど空に突き刺すようなこの景色が気に入っていたのだと思う。

もし生きていれば、オリンピックを見て、「ここを滑った!」などと大いに盛り上がっていたことだろう。

 

そんなドロミテ岩峰が、1915年、第1次世界大戦中、イタリアとオーストリア・ハンガリー帝国の両軍が爆弾を仕掛けて戦い、山頂を奪い合った場所だったことを、2026年2月17日付け朝日新聞「天声人語」を読んで初めて知った。

「ドロミテ戦線」と呼ばれている。

標高2000メートル超での戦いは、雪と氷で「白い戦争」と呼ばれ、砲弾や雪崩で多くの戦士が命を落としたという。

このような山岳地帯にも、戦争の傷跡が存在していると思うと、より強く平和を願う気持ちになる。

 

亡夫が生きておれば、きっとこんな話もできたのに・・・となんとなくセンチメンタルな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

百万遍・知恩寺の手作り市へ

友人Yさんを通じて友達となった、名古屋在住の4名のオバサマたちが来京され、2月15日の百万遍・手作り市に行くということで、私も久しぶりに手作り市に行ってみることにした。

 

2月15日は、京都マラソン2026が開催され、市民マラソンなので交通規制時間が長く、心配したが、朝はまだ規制はなくブラブラ鴨川べりを歩きながら、午前10時頃には手作り市に到着した。

 

 

京都には、毎月、色々な場所で手作り市が開かれているが、ここ知恩寺の市は境内で開催されるので、店舗数が多いものの回りやすい。

名古屋のオバサマたちは、毎年1回は来られており、もう買う物も決まっているとのこと。

私は、手作り市に行くといつも購入する京都かすみ亭の「京淡雪」の甘酒と、オバサマらオススメの滋賀県のカントリーJamの燻製品を購入した。

たくさんの店舗が出ているので、見ているだけでも楽しいし、店の人と他愛のない会話をしながら品物を見られることもいい。1時間半くらいは見て回ったかな。

 

オバサマたちとは、昼食を一緒に食べた後別れ、マラソンランナーが駆け抜けるのを眺めながら、また鴨川べりを歩いて帰った。

 

 

 

 

最悪の衆院選投票日

朝、いつもどおり午前5時過ぎに起きた。雪はまだ降っていない?ちらちら舞っているくらい?

 

今日は、衆議院選挙の投票日。

 

天気予報どおり、京都市内でも雪・・・。ネットで天気予報を検索すると、京都市内でも1日中雪マークがついている。投票所は、自宅から歩いて20分くらいかかる。寒いし、嫌やなあ・・・。雪が積もる前に行こうと思い、午前7時に投票所へ着くように出掛けた。帰る頃には、少し青空も見えていたが、その後は今も激しく雪が降り続いている。

 

 

 

東北などの豪雪地帯は、選挙ポスターを貼る掲示板が雪に埋もれてしまって見られない状態になっているところもあるという。投票所まで行くことですら容易でない地域もあるだろう。

 

そもそも今回の高市早苗首相による突然の衆議院解散は、自民党の裏金問題や統一教会との関係、そしてそれ以外の重要政策の論戦が始まる前に強引に行われ、「私が首相でいいか教えて」と850億円超の国費を投入しての無茶ぶりな選挙である。

こんなことがまかり通る世の中って、一体・・・?って思ってしまう。

 

どのような政治を選ぶかは、主権者の権利。

「雪が降って寒い」「面倒くさい」などと思っても、権利を行使するため、投票に行きましょう。

 

 

 

 

初めてのバードウオッチング

2025年10月28日付け当ブログで紹介した、鈴木俊貴さんの著書「僕には鳥の言葉がわかる」を読んで以来、自分の目で「鳥を見てみたい」という思いが強くなった。

 

観劇用の双眼鏡しか持っていないが、さっそく昨年のある日曜、それを持って京都御苑に出掛けた。

しかし、鳥の鳴き声はあちこちから聞こえるものの、目に入るのは、カラスや雀ばかりで、それ以外の鳥は見つけられず、失意のうちに帰宅した。

 

そうしたところ、カルチャーセンターで「初心者のためのバードウオッチング」という講座があることを知り、場所も京都御苑だったので、すぐに申し込み参加した。

 

 

とても寒い日だったが、天気は良い。参加者は5名。私以外の参加者は、皆、バードウオッチング用双眼鏡を持参されていたので、どうやら純粋「初心者」は私だけのよう。

 

講師から「どこに鳥がいるか、自分で見つけらるようになりますよ」と言われたが、前に見つけられなかったので、本当に見つけられるだろうか?と不安を感じながら、講師の後をついていった。

 

まず、京都御苑の南西端にある「閑院宮家」に入る。長く京都に住み、京都御苑も何度も来ているのに、ここに入るのは初めて。

 

 

敷地に入ると、池があり、そこで観察が始まった。

 

 

「カワセミ」がいるとのこと。「カワセミ」は、冬の間は、大体、同じような場所を移動するとのこと。

講師は、まず肉眼で確認されて、その位置を教えてくれる。池の周辺に1羽だけいるとのこと。

教えられても、最初はなかなか自分の双眼鏡にその姿が現れなかったが、何度か探しまくり、とうとう、鳥の姿が目に飛び込んできた。

感動!

講師は、大きなカメラをセットしてくれて、そのレンズを除くと、背中と羽根が青色、おなかはオレンジ色をした美しい鳥がそこにいる。

これが「カワセミ」!? 美しい!

1度見つけると、どれだけ見ていても、見飽きない。場所を教えてもらいながらも、自分の目で、自分の双眼鏡で確認できるのが楽しい。

 

次の場所に移動。

京都御苑の木立の中。枯れ木と思われる背の高い木をジッと見上げていると、同じ種類の鳥たちが上方に何羽も止まっている。

「イカル」という鳥とのこと。講師の大きなカメラを覗くと、嘴が黄色だ。

枯れ木に何羽もとまっている。そして、枯れ木と見えたが、実は、小さな実がついており、鳥たちはそれを食べているのである。面白い!

 

松林の中にも、鳥はいた。

「ビンズイ」

何個も地面に落ちている松ぼっくりをよく見ていると、何やら茶色の動く物体が。

これが「ビンズイ」。

雀の歩き方はホッピングだが、「ビンズイ」は「歩いている」。茶色なので、遠くからだと松ぼっくりと見分けがつかない。

 

講師によると、今日だけで、15種類位の鳥を確認したとのこと。私自身は、そこまで確認はできなかった。

でも、とにかく、自分の安物の双眼鏡でも、自分の目で鳥を確認できたことは、とても感動的だったし、いつまでも見飽きないものだ。実に面白かった。

これからは、鳥にももっと興味がわいてきそうな予感。

 

後日談。

カルチャー終了数日後の昼休み、再度、一人で、京都御苑に行き、再び「閑院宮家」に行ってみた。

すると、大きなカメラ持参でバードウオッチングをしている男性から「さっきまで、カワセミがいたよ」と話かけられ、また、京都出身で関東に住んでいるという女性も、自分で映したという京都御苑の鳥の写真を見せてくれた。

 

 

なんか鳥だけでなく、人の輪も広がりそう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年1月6日からNHKで毎週火曜夜10時から放映されているドラマ「テミスの不確かな法廷」が面白い。

最近、NHKで夜放映されるドラマはどれも面白いと思う。NHK、頑張ってるなあって感じがする。

 

主演は、松山ケンイチ。なんと言っても、彼の演技がいい。

松山は、NHKの朝ドラ「虎に翼」でも裁判官桂場等一郎を演じたが、今回、その桂場裁判官とは全く異なったキャラクターの裁判官を演じており、さすがだなあと思って観ている。

 

東京から前橋地裁に異動してきた任官7年目の裁判官安堂清春は、幼い時にASD(自閉症スペクトラム)及びADHD(注意欠陥多動症)の診断を受け、裁判官となった今も、主治医で精神科医の山路薫子(和久井映見)から助言をもらったりしている。職場ではカミングアウトしていない。

安堂は、前橋赴任前にも2度の無罪判決を出しており、起訴された事件に真っ直ぐに向き合い、疑問を持つと、およそ普通では考えられない行動に出る。

「わからないことをわかっていないと、わからないことはわからない」というのが彼の信念のような言葉だ。

そして、「真実」に沿った判決を下す。

 

今のところ、以前、民放テレビで放映された、竹ノ内豊主演の「イチケイのカラス」の裁判官像に似ているような気がする。

 

先日会った友人も、「『テミスの不確かな法廷』って面白いよね」と言っていた。

そして「こんな裁判官いる?」と聞かれたので、残念ながら「おらへんなあ~」と即答した。

 

まだ2回しか放映されていないので、今後の展開が楽しみなドラマである。

大学入学共通テストに「ベルばら」が登場

2026年1月18日付け朝刊各紙は、どれも、昨日から始まった大学入学共通テストの「歴史総合、世界史探究」の第3問で、「ベルサイユのばら」(ベルばら)が素材として出題されたことに触れていた。

 

「ベルサイユのばら」は、池田理代子さん原作の人気漫画で、1972~1973年に少女漫画「マーガレット」に連載された。

その後も人気は続き、ちょうど私が大学生の頃、宝塚で「マリーアントワネット編」「オスカルとアンドレ編」が上演されたり、また、海外で映画化もされたりした。もちろん、私は、宝塚公演も映画も観た。

原作の漫画自体は読んでいなかったので、友人に漫画の単行本を借り、司法試験の論文試験が終わった夜、徹夜して読んだという記憶が残っている。

 

さて、今回の入試問題の「ベルばら」関係部分だけを解いてみた。なんとか正解することは出来たが、かような歴史の出来事の詳細はもう記憶のかなたとなっている。

 

でも、振り返ると、テレビドラマや漫画・小説などは、すべてが史実ではないにしても、世界史・日本史を身近に感じることができて、記憶にも定着し、入試に役に立ったと今でも思っている。

 

 

 

明けましておめでとうございます

2026年、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申しあげます。

 

今年も、「内に籠もる」ことなく、色んな場所に出掛け、多くの人と出会い交流することを楽しみたいと思っています。

そして平和との関係では、本当に日本が「新しい戦前」になってしまわないよう、声を上げ続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2025年、今年1年有り難うございました

2025年も今日で終わりです。

この1年有り難うございました。

猛暑が秋まで続いたので、なんだかアッという間に年末が来てしまったという感がぬぐえません。

今年は親しい友人を亡くしました。自分の命が有限であることを痛感します。

1日1日できることを精一杯やっていきたいと思っています。

 

 

 

今年も第九コンサートへ、そしてスキー初滑り

今年も昨年に引き続き、12月27日京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第九コンサートを聴いた。

年の指揮者は、京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどかさん。

沖澤さんが京響の第九を指揮するのは初めてとのこと。私にとっては沖澤指揮の演奏にも初めて触れるので期待が一杯。

 

 

クラッシックに精通しているわけではないので、他の指揮者との演奏の違いはわからないが、後でクラッシックに詳しいと思われる人のブログを読むと、「いつもの京響とは違い、旧東独のオーケストラのような燻し銀の響きを出していた」と書かれてあった。

座席が昨年より後方だったため、私には昨年の方が音の迫力があったと感じられたが、もちろん素晴らしい演奏で十分楽しみ堪能することができた。

 

終演後はそのまま京都駅に向かい、電車で長野へ。

12月28日・29日は、久々の白馬五竜スキー場で、今シーズン初滑りをした。

雪不足を心配したが、それもなく、2日間共快晴で、絶好の出だしだった。

 

 

 

 

不便で仕方がない「元号」

2025年12月11日付け毎日新聞夕刊の「れきし箱」というコラムに、「歴史を分断する元号」という記事が掲載されていた。

 

私は生まれてから、「元号」としては、昭和・平成・令和の3つの時代を生きてきた。

 

子どもの頃、西暦換算するには、昭和の場合は、例えば、昭和50年の「50」に「25」を足して19「75」年と簡単に行うことができた。

しかし、それ以降の平成と令和は、もう簡単に西暦換算ができなくなってしまった。

 

一番困るのは、裁判の書面を書く時である。

裁判所は、今でもすべての書類について「元号」を使用している。

1979(昭和54)年に元号法が制定されたため、行政や政治は元号を優先してきたからだ。

 

弁護士が裁判所に提出する書面は「元号でなければならない」という決まりはないが、私は、裁判官がわかりやすいようと配慮して、西暦と元号とを併記するようにしている。

例えば、離婚事件などは、夫婦の長い歴史を書面に書かなくてはならない場合も少なくなく、平成や令和だけだと、それが今から何年前の出来事なのかがすぐにピンと来ない弊害がある。

従って、とりわけ書面を書く時には、手帳の付録に付いている換算表が必須である。

 

上記の新聞コラムは、かような不便だけではなく、「元号が歴史的理解の妨げになっていないかと危惧する」としている。

「我々は過去の事件が何年前、何十年前のことかと把握し、連続する時間軸の中に置き、その時の自分や他の物事と関連づけて事件を実感し、理解し、評価する。これが歴史的考察というものだ。しかし、元号使用に伴う年代計算の複雑さは、この事件の流れを分断する」と。

 

もうそろそろ元号使用をやめてもいいんじゃないですか?

 

 

 

 

「鼓童」12月公演へ(京都芸術劇場春秋座)

思いがけず、10数年ぶりに大学時代の友人から、京都芸術劇場春秋座で上演される太鼓芸能集団「鼓童」公演に行かないかとのお誘いがあった。

 

その友人は大学での学部は違ったが、大学1回生から3回生まで同じ下宿に住んでいたこともあり、ずっと親しかった。大学卒業後も、彼女が高槻に住み京都で働いていたこともあって、たまに会ったりしていた。でも、ここ10年以上会っていなかったので、お誘いはとても嬉しかった。

 

太鼓の公演は、元フラメンコ仲間が太鼓を習っていたこともあって、何回か一緒に観に行ったことがあった。また「鼓童」の公演は、若い頃に1度観たことがあったような記憶・・・

一方、友人の方は20年以上太鼓を習っているとのことで、「鼓童」京都公演も毎年のように観に来ているとのこと。

 

 

「鼓童」は、来年45周年を迎え、新潟県佐渡を拠点に、日本全国そして世界で公演活動を行っている。

アンコールも含めて全12曲の演奏だったが、約2時間の上演がアッという間で、その迫力には圧倒された。とても素晴らしかった。

 

また友人と旧交を温めることができたことは言うまでもない。

 

 

 

 

映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」

映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」を観た。

 

登山家田部井淳子(たべいじゅんこ、2016年10月逝去)さんをモデルとした作品で、主演は吉永小百合。

おそらく登山を趣味とする人で、田部井さんを知らない人はほとんどいないと思う。

生前、テレビで何度も田部井さんの番組を観たが、ほんと、その辺にいそうな気さくな「オバサン」だったが、実は、ちょうど50年前の1975年5月、35歳の時に世界で女性で初めてエベレストの頂上に立ち、その後7大陸最高峰も踏破した、すごい人である。

著書も何冊か読んだが、正真正銘のクライマーだ。

 

そんな田部井さんをモデルにした映画だが、本作品は、彼女の輝かしい偉業への道を描いたものではなく、2025年11月19日付け毎日新聞夕刊で中森明夫氏が書いているように、まさに「頂上を極めたその人が、ゆるやかに山を下りる物語」である。

輝かしい偉業を持つ田部井さんの人生は決して順風満帆ではなく、映画では、エベレストに共に挑戦した仲間からの絶縁や母に反発する息子との確執なども描かれる。

 

そして、山に登る人でも病気になる。

田部井さんは、2007年67歳の時に乳がんとなったが、この時は初期で、手術10日後には海外の山に出掛けた。

その後2012年、腹膜癌で余命3ヶ月の宣告を受ける。

しかし自分に「そうだ、騒ぐな。オタオタするな。現状を受け入れ、一番いいと思うことをやれ」と言い聞かせ、抗がん剤治療を受けながらも、登山を続けた。確か、テレビでのインタビューで、医者から「抗がん剤治療中、普通の生活をしてください」と言われ、「私にとって『普通の生活』とは山に登ること」と語っていたことがとても印象的で記憶に残っている。

そして、東日本大震災で被災した高校生を励ますため、富士山に登るプロジェクトを企画し、夫や子どもら家族の支えを受けながら、高校生たちと一緒に富士山に登る。亡くなる3ヶ月前まで参加した。

 

「人生は8合目からが面白い」と言った田部井さん。

そんな言葉どおり、田部井さんは、最期まで、明るく前向きで、そして行動的に生きた。

 

私の亡夫も、2018年に癌宣告を受けたが、その後も抗がん剤治療を受けながら、国内での登山を続けた。医者からは「貧血状態で登っているようなもんです」と言われた。そして、亡くなる3ヶ月前の2019年12月まで一緒に山に登った。そんな亡夫の姿と田部井さんとがどうしても重なってしまう。

 

映画の中で、吉永小百合演じる多部純子が「山に登ることは生きていると感じること」と語るシーンがあったが、最近、山に登ると、私も本当に「生きている」と感じる。

「人生8合目から」どんな面白いことが起こるか、ワクワクしながら生きて行きたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

大蛇峰(おおじゃみね、687m)へ

登山仲間のA弁護士から「今年はまだ、干支の山に登っていないから行こう」とお誘いがあり、3人で三重県熊野市にある「大蛇峰」(687m)に登りに行きました。

 

干支の山なら近く(滋賀県朽木)に「蛇谷ケ峰」(じゃたにがみね)があるじゃん、と思いましたが、蛇谷ケ峰はこれまでにも何回か登っているので、別の山へということで「大蛇峰」に行くことになりました。

 

大蛇峰は、私は初めての登山でした。熊野市は、三重県南部に位置し、山と海に囲まれており、大蛇峰は海を眺めることができる山でした。

637mの低山ですから、最近日本のあちこちに出没する「熊」が棲息する可能性は十分あります。今回は、私も鈴を持参することを忘れませんでした。

登山口には、今年1月に熊の目撃情報があったとの看板が設置されていました。

 

 

熊除け鈴をうるさいほど鳴らしながら、進みました。

 

途中の分岐までは、川沿いのなだらかの登山道を歩きました。

分岐からは、尾根の急登です。標高差400mをいっきに登ります。

道は荒れており、しかも登っても登っても急登は続きました。

稜線に出ると5分くらいで山頂に到着しました。

 

 

山頂は石が積まれた小さな広場になっていました。海側の展望も開けてはいるのですが、木々に遮られ視界はあまりよくありませんでした。

 

下りは、展望の良い烏帽子岩に立ち寄るコースを下山しました。

下山道も登りに負けず、急傾斜の道で、至る所にロープが設置されていました。

 

烏帽子岩は、登山道から少し離れた所にあるので、往復します。

烏帽子岩からは、海が見えて、絶景でした。

 

 

その後は、ひたすら下山しました。

天候に恵まれ、幸い、熊に出会うこともなく登頂できましたが、ここの登り(尾根直登)はかなりきついものがありました。

 

なんでも憲法9条を「悪者」にしたい人たち

日本全国のあちこちに熊が出没し、死亡に至る人も少なくない。京都でもあちこちで出没情報が出ている。

深刻な熊被害に悩む秋田県は、自衛隊に出動を求めたとのこと。

私は登山をするので、余計に恐い。心せねば・・・

 

2025年11月5日付け毎日新聞夕刊に、10月28日の日本経済新聞電子版の記事を批判(?)している記事が掲載されていた。

電子版そのものは読んではいないが、どうやら自衛隊の武器使用は「憲法9条の規定もあり、厳しく制限されている」と、あたかも自衛隊の熊駆除を憲法9条が阻んでいるかのように書かれてあったよう。

 

なんで、そうなるの?

憲法9条は、戦争放棄を定めている規定、戦争のための武器使用を禁止している規定なのに。

憲法9条が嫌いな人は、なんでもかんでも9条のせいにするんだなあ。

ほんと、あきれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨上がりの京都に・・・絶景が!

昨日11月3日は、近畿地方に、冬の訪れを告げる「木枯らし1号」が吹いたとのことで、とても寒い1日だった。

その上、晴れたり、突然雨が降ったり、と天候がくるくる変わった1日だった。

 

昼頃、雨が上がった、四条大橋から北を見ると・・・

 

 

なんとこんな虹が・・・絶景!

権力者も心酔した香木「蘭奢待」

2025年10月25日から第77回正倉院展が始まった。

以前、何度か行ったことがあるが、ここ何年かは行っていない。

 

その正倉院展に、「蘭奢待」(らんじゃたい)の雅名をもつ香木「黄熟香」(おうじゅくこう)が出展されている。織田信長・足利義政・明治天皇の3人の権力者がこの香木から数片切り取ったことは有名である。

 

実は、今年10月初めに集った、大学卒業以来の同級生数名の中に、農学部出身で林産工学を専門とする京大名誉教授のTさんがいた。

Tさんとは、学部は違っていたが、大学時代の下宿が近所だったこともあって、時々、部屋に寄ったこともあった。

卒業後は、年賀状のやりとりすらしていなかったが、ある時、インターネットで京大に教授として在籍されていることを知り、京大を退官される時に初めて連絡を取った。しかし、その後も会うことはなかったが、ようやく今年数十年ぶりの再会となった。

 

会った時、Tさんから専門分野の興味深い話をたくさん聞かせてもらったが、最近は、正倉院から依頼を受け、宝物の木について調べているという。宝物を移動する際に落ちる、ほんの小さな破片から調査するそうである。

その中に「蘭奢待」調査の話もあった。

2025年10月25日付け読売新聞夕刊に「蘭奢待」の記事が掲載されていたが、蘭奢待は、ベトナムからラオスにかけての山岳地帯で生えていたジンチョウゲ科の木が原木で、772~885年頃に伐採されたか倒木したことが判明した。それ以降、正倉院に納められた。

こういうことも、Tさんが調査されて判明したんだろうな。

 

その後、NHKが「フロンティアで会いましょう」という番組で「蘭奢待の謎」を放映し、Tさんもその番組に出演することを知ったので、もちろん観た。

 

「蘭奢待」はどんな匂いがするんだろう・・・?

テレビ番組出演者は、「甘い」とか「杏仁豆腐のよう」とか言っていた。想像できない!

他方、毎年のように正倉院展を訪れている奈良在住の友人に聞くと、「以前に展示されていた時と比べると、今年の展示は、なぜか、あまり良く匂わなかった」と言っていた。匂いは「言葉では表現できない」とも。

 

私自身は、「匂い」や「香」にはさほど興味はないが、「蘭奢待」の匂い、1度くらいはかいでみたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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