1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

映画「83歳のやさしいスパイ」

8月5日まで京都シネマで上映されている「83歳のやさしいスパイ」。

夕刊各紙に映画の紹介がされており、すぐに「観たい!」と思った。

 

スパイ映画ではあるが、アクションや悪者はない。

舞台は南米チリ。83歳のセルヒオという名前のおじいちゃんが主人公。

新聞広告を見て応募し、見事スパイとして採用された。

しかもフィクションではなく、ドキュメンタリー。

ある老人ホームに虐待がないかどうかを潜入捜査する役割のスパイ。

ホームの許可を得て、セルヒオがスパイであることを明かさず3ヶ月撮影したとのこと。

そんな設定が面白い。

 

セルヒオが相談相手となる美しいおばあちゃん。1年以上家族の面会もなく「孤独」を訴える姿は他人事とは思えない。

 

私の元依頼者の何人かは老人ホームに入所されていたことがあり、遺言作成などのために面会に訪れたことが何回かあった。

深くその気持ちを聞いたことはなかったが、家族は事情があって離れており、おそらく寂しさを感じられていたのではないだろうかと思った。

 

ほのぼのとした映画であるが、老人の悲哀も感じさせるものであった。

セルヒオは、間違いなく、世界一やさしいスパイである。

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの観劇と公演

コロナ禍、その前は家族の看病などで、1年半以上、映画や劇や公演を観ていなかった。

もとより文化芸術に関わる職業の人達は、観客を伴う企画の開催自体が止められていたので、経済的な苦労等は、想像を超えるものがある。

 

7月12日以降、東京は非常事態宣言下であり、既に第5波が始まっていることは間違いないだろう。

他方、京都は7月11日でまんえん防止法の発令が解除され、現時点では、日々のコロナ感染者数も50人を割っている。

 

そんな中、この1週間の間に、久し振りに、劇と公演を観る機会を得た。

 

1つは、南座での松竹新喜劇。NHKの朝ドラ「おちょやん」で子役を演じた毎田暖乃(まいだのの)ちゃんが特別出演するということで、新聞各紙が取り上げていた。

1部は「一休さん」(新作)、2部は「愛の子守歌」。

1部は、藤山寛美の孫藤山扇治郎と渋谷天外が中心の舞台で、藤山直美のような大スターはいなかったが、扇治郎の頑張りと暖乃ちゃんの可愛らしさと芸達者さが印象的だった。

 

2つめは、7月16日、金一志(きむいるち)韓国伝統芸術院定期公演。

本来は3月に公演予定だったのが、3回の延期を経て、やっとの開演となったとのことだった。

金さんは京都在住で、何度も公演を開催されているが、私が観たのは今回が初めてだった。

想像していたよりは静かな舞踊で、日本の白拍子の舞を想像させた。

 

久し振りに文化芸術に触れ、やはり人間にとって生活に潤いをもたらすもので、なくてはならないものだと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙してはいけない「五輪中止を」

「五輪中止 それしか道はない」

2021年6月6日付け朝日新聞朝刊の読者欄に作家赤川次郎さんが、一般読者として、上記のタイトルの文章を投稿した。

 

この出来事が2021年7月15日付け毎日新聞夕刊「特集ワイド」で大きく報じられ、私は、この毎日新聞記事を読んで、赤川さんの読者欄への投稿を知った。

 

朝日新聞の読者欄は500字という字数制限があるようで、「何度も文章を削り、短くするのが大変でした。自分の小説でも、ここまでしませんよ」と赤川さんは語る。

 

なぜ読者欄だったのか。

「特別な立場ではなく、一市民としての意見を載せたかった」

 

なぜ「五輪中止」を投稿したのか。

赤川さんは戦後生まれだが、戦争による貧しさを味わい、あの時なぜ戦争に反対しなかったのだろうと素朴な疑問を持った。

現在の五輪開催判断はとにかくやり遂げるという精神論で、科学的な根拠が感じられないだけに神頼みに近い、と赤川さんは語る。

敗戦の後悔を五輪に当てはめ、同じことは繰り返すまいと考えた、と。

沈黙してはいけない。

それで赤川さんは500字の投稿を書いた。

「(中止によって)賠償金を払わねばならないのなら払えばいい。経済は取り戻せても、人の命は取り戻せないのだ」。

 

京都でも、15歳の男子高校生が五輪中止を求め、一人でサイレントスタンディングをしている。

 

他方、メディアは、もう、オリンピックありきで、観客を何人入れるかに話題は移り、メダルの数予想まで行っている番組もある。

 

しかし、国によってコロナ感染状況やその対策が異なる中で、選手をとりまく環境も平常とは大きく異なっているはず。国の経済格差がコロナ対策格差を生んでいることは、既に明らか。それは選手にとってフェアなのだろうか、そんな状況でメダルを取って本当に喜べるのだろうか。

そして、何より、人の命は何ものにも変えがたい。

 

安倍前首相は、五輪反対を言う人を「反日的」と語った。

戦時中に戦争反対を言う人を「アカ」と言ったのと同じだ。

 

沈黙してはいけない。

一人ひとりのやり方で「五輪中止を」訴えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手作り「マリトッツオ」

今、世の中では「マリトッツオ」がブームらしい。

つい先日まで、私も全く知らない物だったが、「マリトッツオ」とは、ブリオッシュ生地に生クリームをたっぷりはさんだスイーツである。

イタリア・ローマでは朝食にも食べられるらしい(知らんけど)。

 

先日、友人宅に遊びに行った時、たまたま「マリトッツオ」の話題となり、「じゃあ、作ってみよう」ということになった。

要するに、パン(今回はコッペパンを購入)に生クリームをはさむだけ。

ネットで、生クリームと砂糖の分量を調べ、生クリームは動物性と植物性を半分ずつ混ぜる方が美味しいと書かれてあったので、豆乳生クリームも購入した。

最も時間がかかるのは、生クリームを泡立てる作業。角が立つくらいまで。

それもブレンダーがあれば、簡単。

あとはパンに出来上がった生クリームをたっぷりはさみ、冷蔵庫で30分ほど寝かせれば、出来上がり。

 

完成!!

 

 

美味しい!悪魔のスイーツやね。

作るの簡単やし、手作りの方が断然安い。

しばらくはまりそう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナワクチン接種が始まり、地域や会場によってはワクチンが余っているため、政府は企業にもワクチン接種を行うようにした。

そして、その対象は、企業内で働く人、出入りする関係者、それら家族になっているという。

 

他方、医療従事者は最も早くワクチン接種を行うことが出来たが、対象者は病院で働く職員と出入りする関係者に限られ、家族は入っていなかったとのこと。

家族は、政府が決めた接種の順番を待っているのである。

テレビや新聞では、医療従事者の子どもが保育園に行かれなかったり、医療従事者自身が家族に感染させないためにホテル住まいをしたりなど、頑張っている医療従事者の過酷な実態が報道されている。

なぜ、企業の場合は家族も可能で、医療従事者は家族が除外されるのだろう。

優先されるのは、企業よりも、医療従事者の家族ではないだろうか。

 

医療と関係のない家族が医療従事者の家族より早く接種でき、そのような企業のために、病院が集団接種に医療従事者を派遣する。

そんな不条理が起こっている。

 

そんな国のやり方に怒ったある病院では、病院として職域接種を申請することとしたところ、県からは国に聞いてくれと言われ、国に申請書を出すと、家族接種が認められ、3000人の家族の接種ができるようになったとのこと。

これで、医療従事者自身のモチベーションも上がるのではないだろうか。

 

政府も、次は、医療従事者の家族が優先的に接種する方針を早急に出すべきだろう。

 

 

 

2021年5月28日付け京都新聞朝刊に、京都府長岡京市在住の童話作家あまんきみこさんの絵本「あるひあるとき」の原画展(原画は、ささめやゆきさん作)が向日市の絵本書店で開催されていることが載っていた。

 

なんと翌29日までって!

 

実は、あまんきみこさんの絵本「あるひあるとき」(のら書店)は、2020年7月初版なのだが、私が大人になって買った数少ない絵本の1冊だ。

 

あまんさんは、1931年旧満洲(現中国東北部)で生まれ、少女時代である戦中そして敗戦後を旧満洲で過ごし、1947年3月に日本に引き揚げてきた。
あまんさんは、平和への思いを込め、戦争に翻弄される子どもや家族を書いてきたが、長年、満洲については書くことができなかったという。
それは、日本が中国の人たちの土地に土足で踏み込み、中国人が大量虐殺され、他方、敗戦後には多くの日本人が難民収容所で亡くなったという、悲惨な歴史を知ったからだ。
でも、そんなあまんさんが、やっと自身の幼少期を絵本「あるひあるとき」にした。「幼い子どもたちの身一杯の喜びと悲しみを届けたい」と。

 

私自身も「満洲」に「こだわり」がある。
なぜなら、亡き父も1924年に満洲で産まれた引き揚げ者だったからである。
父は満洲時代のことを語ることはほとんどなく、私も尋ねることはなかった。
しかし、63歳で亡くなる直前には、「もう1度、旧満洲に行ってみたい」と言ったことがあり、父の思いを叶えてあげられなかったことや父から満洲時代の生活について何も聞かなかったことへの後悔の念が私の満洲の「こだわり」になっている。

 

5月29日朝、向日市の書店「ワンダーランド」を訪れた。
「ワンダーランド」はJR向日町駅の目の前にあった。
入店した時には他に客がいなかったので、店主の女性とゆっくり話をすることができた。
もしかしたら、あまんさんに会えるかも、という淡い期待を持っていたのだが、コロナ禍の下、あまんさんも高齢なので、来るのは控えておられるということだった。
絵本の原画19枚が飾られていたが、印刷された絵本の絵よりも、膨らみがあって良かった。
絵本というのも、なかなかいいもんだなあと改めて思った。

新幹線には運転手が一人しかいない!

2021年5月16日に、東海道新幹線の運転士が走行中トイレに行きたくなり、操縦する資格のない車掌に頼んで、新幹線を時速約150㎞で走行させたまま3分22秒の間、運転席を離れたことが問題となり、ニュースとして報じられた。
 
規定では、どうしてもトイレが我慢できない時など体調不良の場合には、指令所に報告の上、運転資格を持つ車掌や別の運転士と交代するか、新幹線を停車することになっていたとのこと。
でも、今回のような場合に、「停車」できるような雰囲気が社内にあったのだろうか。
 
 
この「事件」で驚いたのは、新幹線の運転士が一人しかいないこと。
知らんかった・・・
今回は停止という判断もできた事案だが、脳や心臓などの病気で突然意識不明になることも十分あり得ること。
車掌に連絡する間もなく・・・
どんなことが起こっても、人命優先・安全優先の走行にしてほしいと思う。

琵琶湖にもマイクロプラスティック

プラスティックゴミの海洋流出には、本当に脅威を感じている。

海に漂うマイクロプラスティックごみをプランクトンが食べ、そのプランクトンを魚が食べ、その魚を動物や人が食べる。
人体に影響がないわけがない。

今朝(5月19日)の京都新聞朝刊には、滋賀県が琵琶湖のマイクロプラスティック調査に乗り出し、調査結果を発表したことが掲載されていた。
それによると、日本近海よりは少なかったが、琵琶湖にも存在しており、レジ袋などに使われるポリエチレンだけでなく、洗濯ばさみや人工芝に多用されているポリプロピレンが多かったとのこと。

琵琶湖の水は、水道水として、京都も取水している。

このプラごみ問題について、はがゆいのは、家庭からのごみも多いのに、あまりにも世の中にプラスティック製品があふれ、出来る限り使わない買わないよう心がけてはいるものの、その多くを断ち切ることができないことである。

とりあえず、常に問題意識を持って、できることをやっていくしかない。



シュクメルリ

「シュクメルリ」って何?と思われる人も少なくないだろう。

シュクメルリは、現役力士「栃ノ心」の母国として知られるようになったジョージア(グルジア)の郷土料理の名前である。

私も、昨年末にテレビ番組の「家事ヤロウ」を観ていて初めて知った。
その番組では、「2020年話題の簡単おうちレシピベスト20」が放映され、「シュクメルリ」を観たとき、食べたい!と思った。
「シュクメルリ」は、にんにくとチーズが入った鶏肉とサツマイモの煮込み料理である(レシピはネットで検索できる)。

テレビでは、大手牛丼チェーン「松屋」の限定メニューで評判だったことから人気に火がついたことも紹介されていた。
そこで、確か2021年2月頃だったと思うが、松屋がこの「シュクメルリ」を季節限定で扱っていることを知り、まず、どのような味か食べてみたいと思い、初めて「松屋」に食べに行ってみた。
近所に新しく出来たホテルの1階に「松屋」が入っている。

熱々で濃厚でとても美味しかったので、これなら作ってみようと思った。
そして、実際に作ってみて、とても満足した。
以来、ことある毎に、友人に紹介している。

ところで、2021年5月14日付け毎日新聞夕刊に、思いがけず「シュクメルリ」が取り上げられていた。
同記事は、福岡市の調味料メーカー「松原食品」がレトルト食品を開発して2020年7月に売り出したところ半年で約1万1000個を売り上げたが、この商品開発には、同社専務とジョージア駐日臨時大使の物語があったという内容だった。
こんな裏話があったのね。

この記事を読んで、「シュクメルリ」は鶏肉をニンニクやクリームソースなどで煮込んだ料理で、サツマイモやチーズを入れたのは松屋のアレンジであることも知った。

松原食品のレトルト「シュクメルリ」は、スーパーや通販で購入できるとのこと。
1度食べてみたいものだ。











葉山椒ご飯

事務所のF弁護士から、自宅の庭で育てている葉山椒をいただいた。
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以前から、葉山椒ご飯を作ってみたいと思っていた。

2019年7月に尾瀬に行った時に、前夜に宿泊した旅館の夕食時の最後に饗されたのが、葉山椒ご飯だった。
その時、初めて食べたのだが、香りも風味も口いっぱいに「さわやか」に広がり、とても美味しいと思った。

1度作ってみたいと思っていたが、葉山椒には時期もあり、手に入れることがなかなか出来なかった。

それがやっと実現した。

ネットで、以前食べた葉山椒ご飯に一番近いと思われるレシピを選び、作ってみた。
尾瀬の旅館の葉山椒ご飯には入っていなかった「じゃこ」も入れた。


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冷凍ご飯を解凍して混ぜこんだので、ややベチャとなったが、風薫る5月にピッタリの「さわやか」な味で満足できた。









深田久弥の最初の山と最後の頂の山

 
「日本百名山」の著者で有名な随筆家・登山家の深田久弥は、1971(昭和46)年3月26日、山梨県の茅ヶ岳(かやがたけ、1704m)の山頂近くで脳卒中のため亡くなった(享年68歳)。
今年で没後50年になる。
茅ヶ岳の登山口には、直筆の碑「百の頂に百の喜びあり」がある。
しかし、深田は茅ヶ岳の山頂に達する前に亡くなったようで、最後に頂を踏んだ山は茅ヶ岳ではない。
 
深田が最初に登った山、そして最後に頂を踏んだ山はあまり知られていない。
私も、茅ヶ岳で亡くなったことは知っていて登ったことがあるが、それらの山のことはつい最近初めて知ったので、登りに行って来た。
 
1、最初の山~富士写ヶ岳(942m)~
 
富士写ヶ岳(ふじしゃがたけ)は、深田の出身地である石川県にある。
深田が小学校6年(11歳)の時に初めてこの山に登り、以来、登山を愛好するようになったという、きっかけの山だ。
 
5月のGW前後には、登山道にはシャクナゲが満開に咲く。
ブナ林も素晴らしい。
しかし、いくつかある、どの登山道も急登で、しかも土が粘土質で滑りやすい。
 
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富士写ヶ岳山頂
 
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山頂にある深田久弥のレリーフがついた山頂方位盤
 
 
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雪を冠した白山が美しく見える
 
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この山の近くに深田が産まれた場所があり、また深田久弥の「山の文化館」がある。
 
富士写ヶ岳に登った後、「山の文化館」に立ち寄り、深田の最後の頂が「蛇峠山(じゃとうげやま)」であることを知った。
「蛇峠山」は長野県の山「阿智セブンサミット」の1つ。
 
2、最後の頂の山~蛇峠山(1667m)~
 
蛇峠山の標高は1667mと高いが、治部坂高原(約1180m)に駐車場があり、標高差は500m位なので、簡単に登ることができる。
 
武田信玄が狼煙を上げた山でもあるという。
 
山頂手前には、NTTdocomoのアンテナや雨量レーダーなどがいくつか立っている。
 
深田は、1971年正月にこの雪山に登り、南アルプスまで見える晴れた素晴らしい展望を楽しんだという。
私が登った日は、晴天予報であったにもかかわらず、山頂に着いた頃には風雨の中。
1時間程で雨は止んだものの、アルプスまでの展望は実現しなかった。
 
 
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それでも、1週間のうちに、深田久弥の最初の山と最後の山に登ることができ、大いに満足した。
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「がんになった緩和ケア医」関本剛医師の講演

5月3日(月・祝)は憲法記念日。
コロナ禍の折り、各地でZOOMによるオンラインで憲法集会が開催されていたと思う。

兵庫県弁護士会では、憲法記念日記念行事として、「がんになった緩和ケア医が語る 命、家族、仕事について」と題して、関本剛医師の講演をZOOMで行った。
ZOOMが苦手な私だが、関本医師の話がどうしても聴きたくて申し込んだ。
この日だけは、ZOOMがあって良かったと思った。

関本医師は、緩和ケア医の第一人者で、在宅ホスピス「関本クリニック」(神戸市灘区)の院長である。
医師として日々活躍していたところ、2019年10月に自身がステージ4の肺がんであるとの診断を受けた。当時43歳だった。
関本医師は、葛藤しつつも、命ある限り、仕事そして生きることを全力で全うされている。

私の家族は、約2年間の抗がん治療の末、昨年3月に亡くなった。
私は、家族の闘病中そして死後も、がんに関するたくさんの本を読んだ。
がん宣告後も生きようとする力を目の当たりにしたが、やがて緩和ケアを宣告された後、その苦しみやつらさ、悲しさを言葉でぶつけられることはなかった。

どんな思いだったのだろう・・・
1年が過ぎた今も、私も頭の中に時折湧き上がってくる、もどかしさがある。

関本医師が末期がん宣告という葛藤を乗り越えて、決意を新たにされた経緯については、「覚者のことば」をいくつか紹介された。例えば、
   柏本哲夫 「人は生きてきたように死んでいく」
   関 牧翁 「良く生きることは良く死ぬことなり」
   Alfons Decken  「自分でどうにもコントロールできないことを心配しても仕方が無い

また、必ず訪れる死までの準備として、経済的な準備・家族との交流・葬儀の準備・自分が生きた証を残すなどの項目を掲げられた。

淡々と語られたが、涙なくしては聴けなかった。
強い人だと思った。
そしてこのような緩和ケア医に出会うことができれば、人生の最期も少しは心安らかになれるかもしれないとも思った。

奇跡が起こることをただただ祈るばかりである。











低山ハイクの危険性

コロナ禍の下、「三密」を回避しようと、低山ハイクをする人が増えているらしい。
確かに、京都近郊の山も結構な人数の登山者でにぎわっている。

しかし、低山ということで気楽に登ると、かえって危険性がある。

なぜなら、低山は、北アルプスや南アルプスなどの2000~3000m級の山々と比べると、道案内(標識)がない所や不鮮明な所が少なくなく、「道迷い」しやすいからだ。
テープが貼ってあっても、木の所有を示す「明認方法」のこともある。
遭難の原因で最も多いのは例年「道迷い」で、全体の4割を占める。

「道迷い」という点からすると、私には、北アルプスより、比良山系を歩く方が怖い。

だから、低山であっても、必ず地図を持参し、現地で、道が分かれていたり、目印のテープが見えなくなったら、その都度、地図を確認した方が良い。
最近は、登山GPSアプリもあるので、便利になっている。

4月25日(日)の朝のNHKテレビのニュースでも低山ハイクの危険性を報じていた。

そのテレビ報道があった日、晴れていたので、私は、銀閣寺登山口から大文字山に登り、山頂から京都一周トレイルを蹴上(けあげ)に向かって歩いていた。

大文字山山頂から蹴上までのちょうど半分位の地点だっただろうか、一人の中高年の男性が蹴上方面から北に向かって歩いてきた。
そして、私とすれ違う時に、「清水寺に下りる道はご存知ですか?」と聞かれた。

「えっ?なんで清水寺?」
蹴上は三条通で、清水寺は五条だから、清水寺は蹴上より南にある。
ということは、彼は、清水寺とは逆の北方向に歩いてきたのだから、この地点で「清水寺に下りる道はどこか」という質問などあり得ない。

「清水寺に行くなら、方向が間違ってますよ」と答えたが、彼は「そうですか」と言いながら、清水寺に行くのはあきらめたのか、大文字山の方へ歩いて行った。

方向感覚が間違っている。
こういう人が道迷いするんだよね、きっと。

私も「道迷い」の経験はある。決して他人事ではない・・・









昨夜(4月27日)は満月ピンクムーン

昨夜テレビの報道番組を観ていたら、アナウンサーが、今夜は満月が綺麗、ピンクムーンと呼ぶと言っていた。

東京は見えても、京都はどうか・・・?
すぐに外に出て夜空を見上げると、28日は雨予報なのに、明るい綺麗な満月が・・・

ほんのひととき、幸せな気分につつまれた・・・

なお、ネット情報によると、ピンクムーンというのは、月がピンク色なわけではなく、アメリカで4月の花の色から命名されたとのこと。

次の満月は、5月26日。スーパームーン。晴れるといいな。


静岡・中東遠総合医療センター院長、宮地正彦医師

「病院長会議」でコロナから命を救う

AERA21年4月26日号の「現代の肖像」に6頁にもわたって取り上げられた宮地正彦医師。
岐阜高校時代の同級生である。

早速、AERAを購入して読んだ。

宮地医師は、2017年から静岡県の中東遠総合医療センターの院長。

今回、宮地医師がAERAに取り上げられたのは、新型コロナウイルスが蔓延し医療体制が逼迫する中、静岡県は死亡者数を相当に抑えているからだ。
静岡県は、人口100万人当たりのコロナによる死亡者数が32.7人と全国の半分以下で、一番多い北海道の約5分の1。
病院の受け入れ体制と無関係ではない。
病院の受け入れ体制を、「病院長会議」によって整えた陰の立て役者が宮地医師という。

昨年11月下旬、宮地医師は、静岡県内のコロナを診る15の医療機関のトップに「病院長会議」を提案。
どの病院に何人の患者が入院しているかの情報を共有して、カバーし合わなくては救える命が救えなくなる、という思いからだ。
そして、第3波の到来の中でも、それまでコロナを診ていなかった大病院が門戸を開き、圏域を超えた長距離搬送はほとんどなくなったという。


私たち岐阜高校の同級生は、メーリングリストを作っているので、宮地さんのコロナ禍での医療従事者として苦労や取り組みなどは、宮地さん自身のメールを読んで、ある程度知っていた。
でも、今回のAERAを読み、あらためて、その行動力には脱帽する思いである。

このような、コロナ禍で支えてくれる人達の存在を是非知ってほしいと思う。






















大山崎山荘美術館開館25年周年記念「夢をめぐる」

京都府乙訓郡大山崎町の天王山中腹にある「アサヒビール大山崎山荘美術館」が、1996年4月の開館から25周年を迎えた。

美術館は、JR京都駅からJR京都線で約15分のJR山崎駅から徒歩10分くらいで行かれる便利な場所にある。

この美術館は、別荘「大山崎山荘」がマンション開発で取り壊される危機を経て修復整備されたもの。

長年京都に住んでいても1度も訪れたことがなかった。
7月4日まで25周年記念展「夢をめぐる」が開かれているということで、初めて行ってみた。

確かにJR山崎駅から徒歩で行かれる場所に位置しているが、天王山の麓だけあって、かなりの急坂(無料送迎バスあり)。

やっと門に到着。

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門から更に庭園内の急坂が続くが、新緑が生い茂り、それは素晴らしい庭園である。

急坂を登り切った所に美術館がある。
通常の美術館の建物とは異なり、山荘だから洋館風。


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今回の記念展では、約70点が展示されている。

中でも圧巻なのは、モネの絵画。
8点所蔵するうち7点が、「地中館」に展示されている。
モネのこれらの作品がこの庭園の雰囲気にも、とてもマッチしていた。




マスクと「季語」

この1年のコロナ禍の下、マスク姿が世相を表す象徴となっている。

私は、遠方に住む友人の誕生日には毎年バースデーカードを送っているが、今年は猫がマスクをしている絵が描かれているカードを見つけたので選んだ。マスク姿は今年だけになるようにと願って・・・・

南八ヶ岳の赤岳鉱泉・行者小屋では、「カモシー」が描かれているTシャツが販売されているが、昨年のTシャツは、その「カモシー」はマスクを着けていた。ちなみに、そのTシャツはすぐに完売となったとのこと。

ところで、2021年4月18日付け京都新聞朝刊の「天眼」の欄で、歌人でJT生命誌研究館館長の永田和宏さんが「季語」について書かれていた。

それによると、俳句の世界では、マスクは冬の季語。

 眼はうごき眉はしづかにマスクの上      山口誓子

この1句では、当然、オーバーを着たり、マフラーをした相手を思い浮かべる。

永田さんは、「いまマスクはいかにも宙ぶらりんの存在として、俳人はなんとなくマスクを詠むことをためらっているようにも映る」と書かれていた。

それにたいし、「季語」がない短歌は、「マスク」は、ウイルスという目に見えない感染をもっとも端的に見せてくれるものとして、投稿欄に溢れていたという。

 疑えばすべて罹患者バスの中 マスクがマスクを監視している
                          牛島政行

 街中で会う人会う人みなマスク どこの店でも売ってないのに  
                       伊藤次郎

そうか、短歌には「季語」がないのか・・・・子どもの頃に習ったはずだったのに、すっかり忘れていた。
確かに、「季語」を考えなくてよいなら、その分、自由だよね。

永田さんも「俳句でリアルな時代状況が詠えない理由の1つは、案外、このあたりにあるかもしれない」と結んでおられた。

納得

いずれにしても、マスクという時代状況が今年で終わることを願う。





福井県は恐竜だけじゃない~年縞博物館~

今日(4月17日)は、「恐竜の日」だそうである。

1923年4月17日に、ロイ・チャップマン・アンドリュースという米探検家がゴビ砂漠へ旅立った日という。アンドリュースは、化石ハンターの先駆者で、映画「インディー・ジョーンズ」の主人公のモデルの一人とのこと(4月17日付け朝日新聞朝刊「天声人語」より)。

「恐竜」と言うと、「福井県」を思い出す。
恐竜博物館のある勝山市にはスキーをしに何度も訪れたが、恐竜博物館は通り道ではあるものの、残念ながら今まで1度も立ち寄ったことがない。

ところで、福井県には、「恐竜」以外にも、興味深い博物館があることを、先月初めて知った。

「年縞(ねんこう)博物館」

2018年9月15日に出来た、この、まだ新しい博物館に、今年3月、福井に住む友人に連れて行ってもらった。

年縞とは、長い年月の間に湖沼に堆積した沈殿物のこと。
春から秋にかけてと、晩秋から冬にかけてとが、堆積物が異なることから、それが湖底で層になって沈殿する。

この博物館には、三方五湖の中の水月湖の年縞が7万年にわたり連続して残り、それが綺麗に採取され、陳列されている。
驚きとしか言いようがない。
これほどまでに長い間の年縞が残っているのは、世界でも水月湖しかないという。

その訳は・・・・? 是非、実際に博物館を訪れてみてください。

私には、恐竜以上に、興味深いものだった。












「いちごバター」を作ってみました

成城石井の「いちごバター」は即日完売される、数量限定のネット予約でしか買えない、などというネット記事を読み、「いちごバター」というものに興味を持っていた。

そんな折り、テレビ番組の「相葉マナブ」で、いちご特集が放映され、その中で「いちごバター」のレシピも紹介されていたので、そのレシピで作ってみることにした。

今、いちごは旬だし、生で食べるわけではないので、一番安いいちごを購入。

作り方は、いたって簡単。

  いちご    100グラム
  バター(加塩) 80グラム
  練乳       50グラム
いちごとバターを適当な大きさに切り、それを一緒に容器に入れて、電子レンジ(500W)で3分チンするだけ。
その後、練乳を加え、4時間ほど冷蔵庫で冷やすと出来上がり。


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パンに塗ると、こんな感じ。
練乳が入るので、ピンク色になる。

味は、スイーツのようになって、美味しい。
いちごはもう少し大きく切った方が、ゴロゴロ感があっていいかも。

簡単だし、自家製の方が添加物が入っていなくていいよね。

梅小路公園「手作り市」へ

今年2月、十数年ぶりに亀岡市在住の知人Nさんから電話があった。

手先が器用な彼女は、梅小路公園の「手作り市」に出店していたそうで、しかしコロナのため、しばらく手作り市が開かれていないと語った。

「手作り市が再開されたら、連絡してね」と言ったところ、先日再び電話があり、4月3日(土)に手作り市が開かれて、彼女も出店すると連絡をくれた。

京都では、あちこちで「手作り市」が開催されており、私もそのいくつかに行ったことがあるが、梅小路公園には行ったことがなかった。

土曜日の他の予定が長引き、約束の時間まであまり時間がなかったので、「今日はもう行けない」と電話すると、「天気もいいし、来るまで待ってる」と言ってくれたので、急いで出掛けた。

JR京都駅から嵯峨野線に乗って、次の駅「梅小路京都西駅」で下車すると、目の前が梅小路公園。

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Nさんの店舗は、入り口近くにあった。

久々の再会。

Nさんは、着物を洋服にリメイクして販売しているとのこと。
私も、普段用の帽子を購入。
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Nさんとその友達

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最後は、手作り市をグルッと回る。
愛飲している甘酒「京淡雪」の店舗も出店されていたので購入。


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また、行くからね~。


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