1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

4月25日午後、自由法曹団京都支部主催で、JR向日町駅前タワーマンションの工事現場とアリーナ建設地の現地視察の企画があったので参加した。

 

まず、駅前のタワマン工事現場。

JR向日町駅のホームからよく見える。JR向日町駅は、京都府向日市にあり、京都駅からは普通電車で3駅8分という近さである。

下の写真の右側は建設中の5階建ての駅ビル。その向こう側の重機がある辺りがタワマン建設予定地。

 

 

これは、京都府向日市のJR向日町駅前再開発事業として行われ、高さ130m・38階建て・約330戸の高層マンション建設が計画されている。建設されれば、京都府内初のタワーマンションとなる。

現在建設中の5階建て駅ビルでさえ、かなり高く見えるのに、38階建てなど巨大すぎて、およそ想像できない。景観・街並みや環境などが大きく変わることは明らかだろう。

しかも、駅ビルとタワマンとが3階部分の渡り廊下で相互に行き来できるという構造になっているようで、これによって本来可分な2つの棟を「一体」と見て住宅棟の容積率をクリアしているとのことであった。

現在、近隣住民の方々が建築確認取り消しを求め、京都府建築審査会に審査請求中。

 

次は、京都アリーナ(仮称)建設地へ移動。

京都市・北山アリーナ計画が住民の大きな反対運動によって頓挫した後、2024年3月に京都府は、突如、向日市にある向日町競輪場横に、9300人以上の観客が入れる巨大アリーナを建設すると発表した。総額348億円をかけ、3年後の開業を目指している。しかし、住民には事前に何の説明もない発表だった。

 

JR向日町駅から阪急東向日駅を通り、建設予定地へ向かう。

京都市内と違って、道路は片側一車線しかなく、歩道も整備されておらず狭く、競輪場周辺の道路事情は最悪である。

 

建設地は、競輪場の広さを縮小し、その隣接地にアリーナの建物を建てる。

計画の全体像については、北山アリーナが頓挫した「経験」からだろうか、住民が何度求めても明らかにされていない。

 

下の写真は、競輪場の建設地。

 

 

下の写真は、アリーナ建設地。

 

そして、建設地のすぐ横には、閑静な住宅街もある。

 

 

 

最後に、住民の皆さんも交えて、お話を伺った。

 

京都府は、アリーナ来場者の車による来場は想定せず、電車やバスあるいは徒歩での来場を基本として考えているとのこと。

しかし、前記したとおり、周辺の道路事情は最悪で、現在整備計画もなく、イベント終了時に多くの観客がどのように駅まで歩くのか、近隣住居への迷惑、人や車の渋滞、救急車などの運行などを考えると、住民の不安が増すことは明らかだ。

 

長年京都に住んでいても、向日市という町はあまり訪れたことがなく、なじみがなかったが、実際に現地を訪れてみて、行政が町を壊していく様を実感することができた。

 

今後も注目していきたい。

 

「戦争反対」「憲法9条を守ろう!」という声が、これまで声をあげてこなかった普通の若者も含めて、徐々に広がりを見せている。

 

そんな中、私は、2026年4月22日付け朝日新聞夕刊のある記事にとても感銘を受けたので、ここに紹介しておきたい。

 

トランプ大統領は、イランへの軍事攻撃をめぐり、「日本は助けてくれなかった」と不満を口にした。1991年の湾岸戦争の時に続き、再び、日本の「貢献」がとりざたされている。

 

1991年にアメリカが湾岸戦争を始めた時も日本は自衛隊を派遣しなかった。

そんな時、当時高知市の私立高校3年生の柏木文蔵さん(当時17歳)は「憲法9条を知らない米国人は、日本を嫌うかもしれない」と心配になり、アメリカの著名なコラムニストのボブ・グリーン氏に手紙を送った。

「1人の兵士も湾岸に送らない理由がある。日本国憲法9条だ。私たちは45年以来、戦争を放棄している」

そして米国人、なかでも米兵の文通友達を募り、「戦わない理由」を直接説明したいとも書いた。

これがグリーン氏の目に留まり、戦争が終わった直後の1991年4月15日付けシカゴ・トリビューン紙で記事となり、柏木さんの元には、文通を求め、なんと100通を超える航空郵便が届いた。

シカゴ郊外の高校生は「本当に試されるのは戦争を始める能力ではなく、戦争を回避する能力だ」と記していた。

柏木さんの卒業後、学校は、「17歳の若人の投じた一石の行方を平和へのあゆみのシンボルとして残す」との思いから、「文蔵の一石」という冊子をまとめた。

柏木さんは、後に群馬県で医師になったが。、約10年前に若くして他界されたという。

 

もし、柏木さんが生きていたなら、今の国際情勢や日本政府の動きなどについて、どのように語り行動しただろう。

柏木さんのような若者がいたことが何より頼もしい。

 

今こそ憲法9条の精神を本当に実践していく時だと思う。

憲法9条を改悪することなど絶対にあってはならない。

 

 

 

 

たけのこの「あく抜き」

たけのこが美味しい季節となり、先日、友人から皮付きのたけのこを1本いただいた。

昨年は不作だったが、今年はたくさんとれたよう。

 

めざすは、たけのこご飯とたけのことワカメの煮物。ちょうど、生ワカメもいただいたばかり。

 

皮付きたけのこは新鮮で、嬉しいが、「あく抜き」がちょっと億劫。

そんな億劫さを解消できる魔法がある。

古い新聞記事を切り抜いて保管してあった。

魔法は「重曹」。

すぐに近くのスーパーマーケットに食用重曹を買いに行った。

 

方法は簡単。

はじめからたけのこの皮をむいて、重曹で湯がくだけ。1リットルの水に重曹を小さじ半量から1杯。ゆで時間も20~30分くらい。

 

本当にあくが残らず、おいしくゆであがるから不思議。

やはり新鮮なたけのこは柔らかくて美味しい。

ここ数日は、毎日、たけのこご飯と煮物を楽しんでます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和憲法守る」思いに共鳴広がる

衆院選圧勝で改憲に意欲を示す高市首相や同政権内での憲法改悪に向けた動きに対し、憲法が改悪されて日本が戦争に加担する国になっていくのではないかという不安を感じている人は少なくないだろう。

もちろん、私もその一人である。

 

「平和憲法を守りたい」

そんな思いに共鳴する動きが、交流サイト(SNS)を通じて全国に広がっていることは、とても心強い。

 

「スタンディングを行います。おそらく私1人ですが」と4月5日茨城県つくば市在住の20代の女性がXを投稿したところ、8日夕方、つくば駅周辺には100人を超える人が続々と集まった。

JR仙台駅前には約350人が駆けつけた。札幌駅前には約1400人が集まった。

10日夕方までに47都道府県の163カ所で計4万9351人が参加したという。

(2026年4月11日付け京都新聞朝刊)

 

戦争はいやだ、でも、どうやって声を上げたらいいかわからない・・・という人たちをウェブサイト「デモカレンダー」が後押しする。

 

2026年4月19日付け朝日新聞「天声人語」では、日米安保条約改定に反対するデモが広がった1960年、小林トミさんという30代の美術教師が「誰デモ個人として入れる声なき声の会」と書いた横断幕を作り国会に向けて歩き始めたところ、気づけば300人近くが一緒に歩いていたというコラムが掲載されていた。65年以上経った現在も、今月上旬、改憲反対のデモに1人で参加している若い世代がたくさんおり、そこにたくさんの「1人」がいることに励まされ、安心したと話す人もいたとのこと。

 

先週の日曜、大文字山に登り、銀閣寺方面に下山したところ、銀閣寺道で「No WAR」と書いたプラカードを置いて1人でスタンディングしていた女性もいた。

 

日本全国のあちこちで、「平和憲法を守ろう」という共鳴が起こっている。

 

 

 

 

 

私にとっての今冬のスキーシーズンが終わり、これからは登山シーズンが始まる。

2026年3月20日、山仲間3人と一緒に、今年初めての登山に出掛けた。

行き先は、南山城地方の最高峰鷲峰山(682m。「じゅぶさん」とか「じゅうぶさん」とか呼ばれる)。

京都府の宇治田原町と和束町にまたがる南山城地方の最高峰の山だ。

 

以前、知人から「鷲峰山に登ったが、『行者めぐり』がとてもスリルがあって恐かった」と聞き、京都にもそんな険しい山があるのかと思い、1度その『行者めぐり』を歩いてみたかった。

 

登山開始地点は「茶源郷」で知られる和束町。2025年2月に開通した宇治田原町と和束町を結ぶ、その名も鷲峰山トンネルを通って、スムーズに到着した。

和束へは昨年来たばかりである。

https://www.kyotolaw.jp/introduction/muramatsu/blogs/2025/04/7090.html

 

原山集落を通って、最初は、茶畑の作業道の急坂を登って行く。黄砂のせいか、やや霞んでいるが、さすが「茶源郷」と呼ばれるだけある、見事な景観だ。

 

 

 

茶畑の最上部から、いよいよ登山道に入る。登山道は整備されており。最初は緩やかな道を登って行き、途中急坂の箇所もあるが、道は広くて歩き易い。ジグザグの登りを経ると、参道との分岐に至る。ここから右へ進むと、金胎寺(こんたいじ)という寺に至る。

 

 

「行者めぐり」は、この金胎寺の寺務所を通った奥から始まる。

出入り口には、下の写真のような看板が設置されており、なにやら恐そう・・・

今回の山仲間は誰も行ったことがない。

 

 

行者めぐりの門をくぐってもすぐに険しい道が始まるわけではなく、しばらくはなだらかな道を下っていく。

「行者めぐり」は2時間程の周回コースで、順路は一方向と決められている。一度入ってしまうと、後戻りはできないのだ。

分岐から急坂の下りが始まる。落ち葉で滑らないよう、木を持ったり姿勢を低くしたりして慎重に下る。

千手の滝の上部で昼食。

昼食後、千手の滝(下の写真)と五光の滝を通過する。

 

 

登山道には、テープやペンキで印が付けられているが、たまに見おとしてしまい、引き返すこともあった。

しばらく進むと、今度は岩登りが始まった。

「登りより下りの方が恐いよね」なとど言っていると、私には一人でとうていよじ登れそうにない岩が現れた。滑落すれば、重傷を負うことは明らか。

二人が先に登ってくれて、私は先にリュックを渡し、空身となって二人に引っ張り上げてもらい、やっとよじ登ることができた。

恐かった、良かった・・・ホッとした。(ここの写真はありません)。

その後は、急坂を登り、分岐そして金胎寺に戻ることができた。

 

まだ時間があったので、金胎寺から約10分くらい歩いて鷲峰山の山頂まで登った。山頂には票はなく、多宝塔が建っていた。

 

 

 

帰りは、来た道を戻った。

 

「行者めぐり」は修験道の道で、さすが大変な道だった。

もう2度と行くことはないなと思った。

 

 

 

 

 

 

先日、友人同士の間で「京都に文化庁が来て、何か京都に変化があったかなあ?」「ないなあ」というような会話があった。

市バス停留所の名前が「府庁前」から「文化庁前・府庁前」に変わったくらいか・・・

 

その文化庁が、2026年2月27日策定した2026年度から2030年度までの5年間にわたる第6期中期目標において、国立博物館・美術館に対し、入館料など展示事業に関する自己収入比率について、5年以内に65%以上、10年後までに100%にすることを求めている。

その上、もし2029年度において、自己収入比率が40%を下回るなどした場合、「社会的な役割を十分に果たせていない」とみなされ、「再編」となるという条項も盛り込まれている。

明らかに「稼げ」という圧力だ。

文化庁は公式サイトで、「再編については『閉館』を想定しているものではありません」と明記しているが、統合や合併は想定されているだろう。それは「閉館」と同じではないか。

 

橋下徹氏が大阪市長時代に、人形浄瑠璃への補助金をカットしたことを思い出してしまった。

 

朝日新聞の3月9日付け「天声人語」は、「そんなことをすれば各館とも、客を呼べる企画ばかりに必死になり、それ以外が後回しになってしまわないか。財務諸表だけでは計れない文化的価値というものがあるはずだ」と書いており、もっともだと思う。

 

そもそも博物館や美術館の目的は、文化財の保存や学術研究、教育などであって、金もうけではない。

ICOM(国際博物館会議)も2022年のプラハ大会で採択した定義で、博物館は「社会に奉仕する非営利の常設機関」としている。

年々増えていく膨大な軍事費を削れば、予算的には賄えるものであり、戦争はまさしく文化を破壊するものにほかならず、今回の文化庁の目標も何か「戦争への国家作り」と重なっているようでうすら寒い。

しかも、昨今の国立博物館・美術館の「特別展」の入館料は2000円超のところも多く、市民の誰もが文化的な価値に触れることが出来る機会をなくしているような気がする。

 

文化を守るため、今後も市民の監視が必要である。

 

 

 

 

マージャン、今昔

2026年3月10日付け毎日新聞夕刊の1面は「マージャン 老若男女に『役満』」というタイトルの記事だった。

 

記事によると、「老若男女の間で今、マージャン人気が高まっている」とのこと。「たばこの煙が充満した部屋で、酒を飲みながら夜通し続けるギャンブル・・・。そんなネガティブなイメージは今は昔」だそうだ。

(賭けマージャンが発覚して、辞めた検事長もいたけどなあ・・・)

 

私の元依頼者の中に、健康マージャン教室の講師という仕事をする当時70代の女性がおられた。

「健康マージャン」は「賭けない、飲まない、吸わない」がルールで、認知症予防などにつながるとして高齢者を中心に人気が広がっており、カルチャーセンターの中には健康マージャン講座があるところもある。

 

私自身は、マージャンを小学生の時に覚えたから、一応、牌の並べ方は知っている。

自宅にもマージャンパイのセットがあり、休日に父親が友人らと自宅でマージャンで遊んでいたのを父の横に座って眺めていたという記憶がある。母もマージャンができたので、親子3人で遊びながらマージャンを覚えた気がする。

私たちの大学時代は、マージャンに明け暮れて大学に来ない男子学生も少なくなかったが、私は、大学時代はマージャンなどせず「品行方正」に(?)学生生活を送った。

司法試験に合格し、司法修習生になると、修習生の娯楽の1つがマージャンだった。マージャンが好きな裁判官もおられ、裁判官・修習生でマージャンをしたことも何回かあった。

最近の大学生や司法修習生はどうなんだろう・・・?

 

弁護士になってからは、京都弁護士会でもマージャン大会が開催されるようだが、弱いし下手なので参加したことはない。

今は、時折マージャンゲームをするくらいである。

 

マージャンはそのルールが面白く、本当によく考えられたゲームだと感心する。

対戦相手が人間であれば「心理戦で、対戦相手との駆け引きが楽しい。相手の癖や打ち筋を読むのが肝になる」(上記毎日新聞)ようで、パソコン相手ではなく、4人で卓を囲めば、もっと楽しめるんだろうなと思う。

 

高齢者の「認知機能の改善や、精神的な健康に非常に効果的との研究結果も複数ある。高齢者を孤立から守る強力なツールにもなる」(上記毎日新聞)というから、マージャンもなかなか魅力的な娯楽である。

 

2026年1月19日付け当ブログで書いたものの「続き」である。

https://www.kyotolaw.jp/introduction/muramatsu/blogs/2026/01/7349.html

 

1月19日付けブログの最後で、私は「こんな裁判官はいない」と書いた。

これはおそらく弁護士の間での共通の感想であろうが、友人弁護士の中には、「だから、このような非現実的な法廷ドラマは好きじゃないから観ない」と言う人もいる。

 

確かに、裁判官・弁護士・検察官そして警察、私たちの仕事に関連する職業のドラマは、現実とは異なる描かれ方をしているものが多い。

しかし、それらドラマの中で、単なる犯人捜しミステリーではない作品であれは、視聴者に何を伝えたいのかを考え、感じることができる。

 

心療内科医の海原純子さんは、このドラマを評して「自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)を隠しながら働く裁判官の主人公を演ずる松山ケンイチさんの演技が非常に素晴らしく生きにくい社会の中でどう生きていくか、という葛藤を見るものに問いかけるドラマになっている」「発達障害を持つ自分がこの仕事をしていいのか、裁かれる人は受け入れられるのか、と悩む主人公の問いかけは本人だけでなく見るものにも与えられた問いかけでもある」と書かれている(2026年2月22日付け毎日新聞)。

 

裁判や法廷の現実を私たち弁護士は知っていても、(私自身も含めて)かような障害を抱えている人たちの悩みや不安そしてその行動の仕方などを知らない弁護士は多く、知らないからこそコミュニケーションが難しく、冷たい対応をしてしまう場合もあるだろう。

そんなことが自分に問いかけられているドラマだと思う。

 

3月3日放映は第7回だから、ドラマももう終わりに近づいていると思うが、2月24日放映分からは「死後再審」というハードなテーマが真正面から取り上げられている。

折しも、同日の2月24日当事務所から岡根・佐藤弁護士が弁護団に加わっている「死後再審」の滋賀県の「日野町事件」について最高裁が再審開始決定を下した。

ドラマでは、証拠隠しなどの検察官の不当な対応により、長年、再審開始決定が決まらないという問題点もきちんと描かれており、法廷ドラマとしてもますます見応えがあると思う。

 

ちなみに、このドラマを制作しているのは、私が2024年10月21日付けブログで紹介したNHKドラマ「宙(そら)わたる教室」と同じチームだそうで、やっぱりいいな、という感じである。

 

 

 

2026年2月22日午前5時からMBSで放映されたドキュメンタリー「映像’26 弾薬庫が増える町」を観ました。

 

京都・大阪・奈良にまたがる関西文化学術研究都市(通称、学研都市)の中に陸上自衛隊祝園(ほうその)分屯地(京都府精華町、京田辺市)があります。

私も以前、車で通ったことがありますが、樹木に囲まれ、分屯地の様子はあまりわかりませんでした。

京田辺については、私は、これまで京都弁護士会から派遣される出張法律相談を何回か担当しているので、割と身近に感じる市です。それ以上に、私が住む京都府の町の1つです。

 

政府は防衛力強化のため、全国に弾薬庫130棟を建設します。中でも最多の14棟がこの祝園分屯地に計画されているそうです。

敵国の軍事基地を直接攻撃できるような射程1000キロを超える長距離ミサイルが保管される可能性があるそうです。

有事の際には、真っ先に標的になるでしょう。しかし、その弾薬庫に何が保管されるかは、住民に明らかにされていません。

既に、昨年8月から工事は始まっています。

 

映像では、住民たちで作るグループ「ほうそのネット」が学習会や防衛局への申し入れを続け、町議会議員も誕生させました。しかし、議会でも「安全保障は国の専管事項」としてまとも取り上げられません。ひどい話です。

 

また、反対運動の中に、以前の安保法制反対運動の時のような、若者の姿がほとんど見受けられないのが残念であり、日本の将来が心配です。

 

それでも住民たちは、全国の運動と連帯しながら、声を上げ続けます。

 

 

 

 

コルティナダンペッツオとドロミテ戦線

日本勢のメダルラッシュで盛り上がる2026年冬期オリンピック。

今回のオリンピックは、会場が4地域に分かれていることから、ミラノ・コルティナダンペッツオ五輪と呼ばれている。

 

イタリアのコルティナという街は、訪れたこともなく、あまりなじみがない街だが、実は、私の亡夫の部屋には、生前、コルティナにある美しいドロミテ岩峰の大きな写真が飾られてあった。おそらく亡夫自身が撮影した写真を拡大したものだと思う。

それで、私は、コルティナ=ドロミテ岩峰というイメージをずっと持っていた。

亡夫は、海外スキーに何度も行ったことがあり、コルティナでも滑ったことがあると言っていた。その中で、ドロミテ岩峰の写真をずっと飾っていたことからすれば、よほど空に突き刺すようなこの景色が気に入っていたのだと思う。

もし生きていれば、オリンピックを見て、「ここを滑った!」などと大いに盛り上がっていたことだろう。

 

そんなドロミテ岩峰が、1915年、第1次世界大戦中、イタリアとオーストリア・ハンガリー帝国の両軍が爆弾を仕掛けて戦い、山頂を奪い合った場所だったことを、2026年2月17日付け朝日新聞「天声人語」を読んで初めて知った。

「ドロミテ戦線」と呼ばれている。

標高2000メートル超での戦いは、雪と氷で「白い戦争」と呼ばれ、砲弾や雪崩で多くの戦士が命を落としたという。

このような山岳地帯にも、戦争の傷跡が存在していると思うと、より強く平和を願う気持ちになる。

 

亡夫が生きておれば、きっとこんな話もできたのに・・・となんとなくセンチメンタルな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

百万遍・知恩寺の手作り市へ

友人Yさんを通じて友達となった、名古屋在住の4名のオバサマたちが来京され、2月15日の百万遍・手作り市に行くということで、私も久しぶりに手作り市に行ってみることにした。

 

2月15日は、京都マラソン2026が開催され、市民マラソンなので交通規制時間が長く、心配したが、朝はまだ規制はなくブラブラ鴨川べりを歩きながら、午前10時頃には手作り市に到着した。

 

 

京都には、毎月、色々な場所で手作り市が開かれているが、ここ知恩寺の市は境内で開催されるので、店舗数が多いものの回りやすい。

名古屋のオバサマたちは、毎年1回は来られており、もう買う物も決まっているとのこと。

私は、手作り市に行くといつも購入する京都かすみ亭の「京淡雪」の甘酒と、オバサマらオススメの滋賀県のカントリーJamの燻製品を購入した。

たくさんの店舗が出ているので、見ているだけでも楽しいし、店の人と他愛のない会話をしながら品物を見られることもいい。1時間半くらいは見て回ったかな。

 

オバサマたちとは、昼食を一緒に食べた後別れ、マラソンランナーが駆け抜けるのを眺めながら、また鴨川べりを歩いて帰った。

 

 

 

 

最悪の衆院選投票日

朝、いつもどおり午前5時過ぎに起きた。雪はまだ降っていない?ちらちら舞っているくらい?

 

今日は、衆議院選挙の投票日。

 

天気予報どおり、京都市内でも雪・・・。ネットで天気予報を検索すると、京都市内でも1日中雪マークがついている。投票所は、自宅から歩いて20分くらいかかる。寒いし、嫌やなあ・・・。雪が積もる前に行こうと思い、午前7時に投票所へ着くように出掛けた。帰る頃には、少し青空も見えていたが、その後は今も激しく雪が降り続いている。

 

 

 

東北などの豪雪地帯は、選挙ポスターを貼る掲示板が雪に埋もれてしまって見られない状態になっているところもあるという。投票所まで行くことですら容易でない地域もあるだろう。

 

そもそも今回の高市早苗首相による突然の衆議院解散は、自民党の裏金問題や統一教会との関係、そしてそれ以外の重要政策の論戦が始まる前に強引に行われ、「私が首相でいいか教えて」と850億円超の国費を投入しての無茶ぶりな選挙である。

こんなことがまかり通る世の中って、一体・・・?って思ってしまう。

 

どのような政治を選ぶかは、主権者の権利。

「雪が降って寒い」「面倒くさい」などと思っても、権利を行使するため、投票に行きましょう。

 

 

 

 

初めてのバードウオッチング

2025年10月28日付け当ブログで紹介した、鈴木俊貴さんの著書「僕には鳥の言葉がわかる」を読んで以来、自分の目で「鳥を見てみたい」という思いが強くなった。

 

観劇用の双眼鏡しか持っていないが、さっそく昨年のある日曜、それを持って京都御苑に出掛けた。

しかし、鳥の鳴き声はあちこちから聞こえるものの、目に入るのは、カラスや雀ばかりで、それ以外の鳥は見つけられず、失意のうちに帰宅した。

 

そうしたところ、カルチャーセンターで「初心者のためのバードウオッチング」という講座があることを知り、場所も京都御苑だったので、すぐに申し込み参加した。

 

 

とても寒い日だったが、天気は良い。参加者は5名。私以外の参加者は、皆、バードウオッチング用双眼鏡を持参されていたので、どうやら純粋「初心者」は私だけのよう。

 

講師から「どこに鳥がいるか、自分で見つけらるようになりますよ」と言われたが、前に見つけられなかったので、本当に見つけられるだろうか?と不安を感じながら、講師の後をついていった。

 

まず、京都御苑の南西端にある「閑院宮家」に入る。長く京都に住み、京都御苑も何度も来ているのに、ここに入るのは初めて。

 

 

敷地に入ると、池があり、そこで観察が始まった。

 

 

「カワセミ」がいるとのこと。「カワセミ」は、冬の間は、大体、同じような場所を移動するとのこと。

講師は、まず肉眼で確認されて、その位置を教えてくれる。池の周辺に1羽だけいるとのこと。

教えられても、最初はなかなか自分の双眼鏡にその姿が現れなかったが、何度か探しまくり、とうとう、鳥の姿が目に飛び込んできた。

感動!

講師は、大きなカメラをセットしてくれて、そのレンズを除くと、背中と羽根が青色、おなかはオレンジ色をした美しい鳥がそこにいる。

これが「カワセミ」!? 美しい!

1度見つけると、どれだけ見ていても、見飽きない。場所を教えてもらいながらも、自分の目で、自分の双眼鏡で確認できるのが楽しい。

 

次の場所に移動。

京都御苑の木立の中。枯れ木と思われる背の高い木をジッと見上げていると、同じ種類の鳥たちが上方に何羽も止まっている。

「イカル」という鳥とのこと。講師の大きなカメラを覗くと、嘴が黄色だ。

枯れ木に何羽もとまっている。そして、枯れ木と見えたが、実は、小さな実がついており、鳥たちはそれを食べているのである。面白い!

 

松林の中にも、鳥はいた。

「ビンズイ」

何個も地面に落ちている松ぼっくりをよく見ていると、何やら茶色の動く物体が。

これが「ビンズイ」。

雀の歩き方はホッピングだが、「ビンズイ」は「歩いている」。茶色なので、遠くからだと松ぼっくりと見分けがつかない。

 

講師によると、今日だけで、15種類位の鳥を確認したとのこと。私自身は、そこまで確認はできなかった。

でも、とにかく、自分の安物の双眼鏡でも、自分の目で鳥を確認できたことは、とても感動的だったし、いつまでも見飽きないものだ。実に面白かった。

これからは、鳥にももっと興味がわいてきそうな予感。

 

後日談。

カルチャー終了数日後の昼休み、再度、一人で、京都御苑に行き、再び「閑院宮家」に行ってみた。

すると、大きなカメラ持参でバードウオッチングをしている男性から「さっきまで、カワセミがいたよ」と話かけられ、また、京都出身で関東に住んでいるという女性も、自分で映したという京都御苑の鳥の写真を見せてくれた。

 

 

なんか鳥だけでなく、人の輪も広がりそう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年1月6日からNHKで毎週火曜夜10時から放映されているドラマ「テミスの不確かな法廷」が面白い。

最近、NHKで夜放映されるドラマはどれも面白いと思う。NHK、頑張ってるなあって感じがする。

 

主演は、松山ケンイチ。なんと言っても、彼の演技がいい。

松山は、NHKの朝ドラ「虎に翼」でも裁判官桂場等一郎を演じたが、今回、その桂場裁判官とは全く異なったキャラクターの裁判官を演じており、さすがだなあと思って観ている。

 

東京から前橋地裁に異動してきた任官7年目の裁判官安堂清春は、幼い時にASD(自閉症スペクトラム)及びADHD(注意欠陥多動症)の診断を受け、裁判官となった今も、主治医で精神科医の山路薫子(和久井映見)から助言をもらったりしている。職場ではカミングアウトしていない。

安堂は、前橋赴任前にも2度の無罪判決を出しており、起訴された事件に真っ直ぐに向き合い、疑問を持つと、およそ普通では考えられない行動に出る。

「わからないことをわかっていないと、わからないことはわからない」というのが彼の信念のような言葉だ。

そして、「真実」に沿った判決を下す。

 

今のところ、以前、民放テレビで放映された、竹ノ内豊主演の「イチケイのカラス」の裁判官像に似ているような気がする。

 

先日会った友人も、「『テミスの不確かな法廷』って面白いよね」と言っていた。

そして「こんな裁判官いる?」と聞かれたので、残念ながら「おらへんなあ~」と即答した。

 

まだ2回しか放映されていないので、今後の展開が楽しみなドラマである。

大学入学共通テストに「ベルばら」が登場

2026年1月18日付け朝刊各紙は、どれも、昨日から始まった大学入学共通テストの「歴史総合、世界史探究」の第3問で、「ベルサイユのばら」(ベルばら)が素材として出題されたことに触れていた。

 

「ベルサイユのばら」は、池田理代子さん原作の人気漫画で、1972~1973年に少女漫画「マーガレット」に連載された。

その後も人気は続き、ちょうど私が大学生の頃、宝塚で「マリーアントワネット編」「オスカルとアンドレ編」が上演されたり、また、海外で映画化もされたりした。もちろん、私は、宝塚公演も映画も観た。

原作の漫画自体は読んでいなかったので、友人に漫画の単行本を借り、司法試験の論文試験が終わった夜、徹夜して読んだという記憶が残っている。

 

さて、今回の入試問題の「ベルばら」関係部分だけを解いてみた。なんとか正解することは出来たが、かような歴史の出来事の詳細はもう記憶のかなたとなっている。

 

でも、振り返ると、テレビドラマや漫画・小説などは、すべてが史実ではないにしても、世界史・日本史を身近に感じることができて、記憶にも定着し、入試に役に立ったと今でも思っている。

 

 

 

明けましておめでとうございます

2026年、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申しあげます。

 

今年も、「内に籠もる」ことなく、色んな場所に出掛け、多くの人と出会い交流することを楽しみたいと思っています。

そして平和との関係では、本当に日本が「新しい戦前」になってしまわないよう、声を上げ続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2025年、今年1年有り難うございました

2025年も今日で終わりです。

この1年有り難うございました。

猛暑が秋まで続いたので、なんだかアッという間に年末が来てしまったという感がぬぐえません。

今年は親しい友人を亡くしました。自分の命が有限であることを痛感します。

1日1日できることを精一杯やっていきたいと思っています。

 

 

 

今年も第九コンサートへ、そしてスキー初滑り

今年も昨年に引き続き、12月27日京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第九コンサートを聴いた。

年の指揮者は、京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどかさん。

沖澤さんが京響の第九を指揮するのは初めてとのこと。私にとっては沖澤指揮の演奏にも初めて触れるので期待が一杯。

 

 

クラッシックに精通しているわけではないので、他の指揮者との演奏の違いはわからないが、後でクラッシックに詳しいと思われる人のブログを読むと、「いつもの京響とは違い、旧東独のオーケストラのような燻し銀の響きを出していた」と書かれてあった。

座席が昨年より後方だったため、私には昨年の方が音の迫力があったと感じられたが、もちろん素晴らしい演奏で十分楽しみ堪能することができた。

 

終演後はそのまま京都駅に向かい、電車で長野へ。

12月28日・29日は、久々の白馬五竜スキー場で、今シーズン初滑りをした。

雪不足を心配したが、それもなく、2日間共快晴で、絶好の出だしだった。

 

 

 

 

不便で仕方がない「元号」

2025年12月11日付け毎日新聞夕刊の「れきし箱」というコラムに、「歴史を分断する元号」という記事が掲載されていた。

 

私は生まれてから、「元号」としては、昭和・平成・令和の3つの時代を生きてきた。

 

子どもの頃、西暦換算するには、昭和の場合は、例えば、昭和50年の「50」に「25」を足して19「75」年と簡単に行うことができた。

しかし、それ以降の平成と令和は、もう簡単に西暦換算ができなくなってしまった。

 

一番困るのは、裁判の書面を書く時である。

裁判所は、今でもすべての書類について「元号」を使用している。

1979(昭和54)年に元号法が制定されたため、行政や政治は元号を優先してきたからだ。

 

弁護士が裁判所に提出する書面は「元号でなければならない」という決まりはないが、私は、裁判官がわかりやすいようと配慮して、西暦と元号とを併記するようにしている。

例えば、離婚事件などは、夫婦の長い歴史を書面に書かなくてはならない場合も少なくなく、平成や令和だけだと、それが今から何年前の出来事なのかがすぐにピンと来ない弊害がある。

従って、とりわけ書面を書く時には、手帳の付録に付いている換算表が必須である。

 

上記の新聞コラムは、かような不便だけではなく、「元号が歴史的理解の妨げになっていないかと危惧する」としている。

「我々は過去の事件が何年前、何十年前のことかと把握し、連続する時間軸の中に置き、その時の自分や他の物事と関連づけて事件を実感し、理解し、評価する。これが歴史的考察というものだ。しかし、元号使用に伴う年代計算の複雑さは、この事件の流れを分断する」と。

 

もうそろそろ元号使用をやめてもいいんじゃないですか?

 

 

 

 

「鼓童」12月公演へ(京都芸術劇場春秋座)

思いがけず、10数年ぶりに大学時代の友人から、京都芸術劇場春秋座で上演される太鼓芸能集団「鼓童」公演に行かないかとのお誘いがあった。

 

その友人は大学での学部は違ったが、大学1回生から3回生まで同じ下宿に住んでいたこともあり、ずっと親しかった。大学卒業後も、彼女が高槻に住み京都で働いていたこともあって、たまに会ったりしていた。でも、ここ10年以上会っていなかったので、お誘いはとても嬉しかった。

 

太鼓の公演は、元フラメンコ仲間が太鼓を習っていたこともあって、何回か一緒に観に行ったことがあった。また「鼓童」の公演は、若い頃に1度観たことがあったような記憶・・・

一方、友人の方は20年以上太鼓を習っているとのことで、「鼓童」京都公演も毎年のように観に来ているとのこと。

 

 

「鼓童」は、来年45周年を迎え、新潟県佐渡を拠点に、日本全国そして世界で公演活動を行っている。

アンコールも含めて全12曲の演奏だったが、約2時間の上演がアッという間で、その迫力には圧倒された。とても素晴らしかった。

 

また友人と旧交を温めることができたことは言うまでもない。

 

 

 

 

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