現在、NHKBSで放映中のドラマ「勿忘草の咲く町で」(8月16日が最終回)がとても面白くかつ考えさせられる医療ドラマなので、その原作本を読んでみた。
作者夏川草介氏は、長野県の病院の現役の内科医。先日初めてNHKの「あさイチ」にも出演していた。2009年に「神様のカルテ」で第10回小学館文庫小説賞を受賞して作家デビュー。
私は、これまで夏川氏の作品を読んだことがなかったが、事務所の金杉弁護士が夏川ファンで、彼女から「面白い」と聞いて、昨年から今年にかけて「神様のカルテ」シリーズ(現在第5作まで)を読んだ。
医療小説については、私は専ら医師で作家の南杏子さんの作品が好きで、こちらはほぼすべて読んできたが、夏川氏の「神様のカルテ」1冊目を読んだ時は、その登場人物のコミカルさなどが「軽く」感じられ、あまり面白いとは思わなかった。それを金杉弁護士に言うと、「もう少しシリーズを読み進めて行くと、面白くなりますよ」とのことだったので、更に読み続けることにした。すると、確かにシリーズが進むにつれ、おそらく作者の経験も裏付けされているのであろう、長野県の地域医療病院や大学病院での医療の現実が浮き彫りにされており、次第に引き込まれていった。
さて、「勿忘草が咲く町で」は、長野県安曇野にある地域医療の梓川病院で働く3年目の看護師月岡美琴と同病院の1年目の研修医桂正太郎が主人公である。梓川病院の入院患者の大半が高齢者だ。
テレビドラマでは、毎回、美しい安曇野の風景が撮し出される。
本書の目次は、
プロローグ 窓辺のサンダーソニア
第一話 秋海棠の季節
第二話 ダリア・ダイアリー
第三話 山茶花の咲く道
第四話 カタクリ賛歌
エピローグ 勿忘草の咲く町で
主人公桂が「花屋の息子」という設定で、どのタイトルにも花も名前が冠せられ、それぞれの花と物語とが絡みあっているところが素敵でいい。
しかし、本題のテーマは、高齢者の生と死を問う、現在の地域病院における深刻な高齢者医療のあり方である。
救命困難な患者にどこまでの薬剤(=限られた医療資源)を使用して延命するのか、回復の見込みもなく口から食べられない患者に胃瘻を施してまた老人施設に戻すのか・・・など
「死神」と呼ばれる循環器内科指導医の谷崎は言う「我々はもう、溢れかえった高齢者たちを支えきれなくなっている。人的にも経済的にもね。20年前と同じことを続けていれば、医療という大樹は、やがて根腐れをして倒れてしまう」
内科部長三島は「人が生きるとはどういうことなのか。歩けることが大事なのか。寝たきりでも会話さえできれば満足なのか。会話ができなくても心臓さえ動いていれば良いのか。こういった問いに、正解があるわけではない。しかし正解のないこの問題に、向き合うことはぜひとも必要だ。」
研修医桂にとっては、初めての地域医療の現場で突きつけられる重い課題だが、彼は、それに対し、正面から悩み、苦しみ、迷いながらも、自分なりに答えを出して、成長していく。
桂は言う「僕は絶望していないんです。たとえ人の命を引き延ばしたりできなくても、それでも人間にはできることがあるはずです」と。
この小説は、私たち読者自身にも、「自分の死に方」「家族の死に方」を問うているような気がした。自分の意思を伝えることができない家族の延命治療をどこまで望むのか、私たち自身がどこまでの自分の延命治療を望むのか・・・人は必ず死ぬ、だからこそ避けて通れない命題なのだ。