1. 宮城県石巻市の被災地(門脇小学校・大川小学校)を訪れました
ブログ マチベンの日々

2026年9月12日(土)に司法研修所時代の同期会が宮城県仙台市で開かれ参加しました。今回は、秋保温泉のホテルでの開催だったので、参加者は皆、同じホテルに宿泊し、旧交を温めました。

 

そして、翌13日(日)は、オプショナル企画として、被災地めぐり(大川小学校と門脇小学校)があったので、それにも参加しました。

 

当ブログでも以前紹介しましたが、大川小学校では、2011年3月11日東日本大震災の際、地震と大津波で児童74名と教師10名が死亡し、死亡した児童19名の遺族23名が後に国家賠償請求訴訟を提起しました。同期の吉岡和弘弁護士と斎藤雅弘弁護士の2人がその事件を担当しました。ドキュメンタリー映画「生きる」が現在も全国各地で自主上映されています。

 

映画「生きる」~大川小学校津波裁判を闘った人たち~

 

もちろん、今回の案内人は、その二人の弁護士です。

まず、石巻市震災遺構である門脇(かどのわき)小学校を訪問しました。

ここでは、当時校長であった鈴木洋子さんから、レジュメを元に、当時の生々しい状況を解説していただいた後、そのままの状態で残されている校舎などの遺構を見学しました。門脇小学校は地震・津波の上に津波火災にまで遭いましたが、幸い児童に被害はなかったそうです。

 

 

 

 

そして次に訪れたのが大川小学校です。亡くなった児童の親で裁判の原告となったお二人の方に案内していただきました。

校舎は当時のままです。

 

 

 

 

小学校の校庭のすぐ裏に山がありました。いつも、しいたけ栽培などで登っている山で、児童らにとっても身近な山でした。地震発生が14時46分。児童らは、机下に避難後、すぐに校庭に避難しました。14時49分大津波警報発令。津波6mと。15時54分、津波は10mと訂正される。15時30分頃、児童らは裏山には避難せず、川の方へ移動。15時37分児童らに大津波が襲いかかる。

「なぜ、すぐに裏山に避難しなかったのか?」・・・これが原告ら親たちの声です。

 

下の写真が裏山。柵の上中央付近に小さく白く見えるのが津波到達地点。その上の段がある所まで登っていれば助かりました。

 

 

私たちが裏山の段がある所に登り、眺めた景色です。簡単に登ることができました。

 

 

裁判には勝ちました。画期的な高裁判決を獲得しました。

でも、原告ら親たちの「なぜ?」という思いに対する回答は未だにありません。原告らの闘いは続いています。

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