長く人生を過ごしていると、ずっと以前に一時期だけ関わりのあった人が、今、どうしているのだろうと、無性に会いたくなることがある。
それがN子ちゃんだった。
郷里の岐阜で、両親が私の3歳頃まで間借りしていた家主さんの娘さんがN子ちゃんで、ほぼ同じ年だった。
N子ちゃんの実家はとても大きな旧家で、私の両親は、その2階の2部屋を間借りしていた。
私が3歳頃にはそこから引っ越したのだが、親からは「あんたが朝早くからN子ちゃんの所に遊びに行って迷惑かけていたから、引っ越した」と本当か嘘かわからないような話を聞かされていた。
当時の記憶はないが、2人で写っている写真が何枚もあり、そこには、N子ちゃんと二人でとても楽しそうな顔をしている私が写っている。兄弟姉妹のいない私は、きっとN子ちゃんのことを姉のように慕っていたのだと思う。
引越後、小学校に行くようになって、学校は違っていたが、たまにN子ちゃんが私の自宅に来たり、私が母に連れられてN子ちゃんの家に行ったりしたことはあった。でも、それも小学生までだった。
それから40年以上経った時、なぜか、どうしてもN子ちゃんがどうしているのか知りたくなった。そろそろ岐阜の私の実家を手放さなくてはと考え始め、実家を手放すと頻繁には岐阜に行かれなくなると考えたからかもしれない。
N子ちゃんの消息はわからないので、2011年8月、一大決心して、N子ちゃんの実家を訪ねてみた。実家はN子ちゃんの弟さんが継いでおられ、応対してくれた弟さんの配偶者の方に事情を話し、N子ちゃんの現住所などを教えてもらった。関東に住んでいるとのことだった。
すぐに手紙を出し、幸い返事が来た。そして10月東京に出かけた帰り、何十年ぶりかの再会が実現した。
その後はほぼ年賀状を交換するだけだったが、昨年、N子ちゃんから法律相談を受けることになり、再びメール交換などで近況を伝え合った。
そして、今年15年ぶりの再会も実現した。
先日、N子ちゃんの岐阜の実家にもお邪魔した。私と両親が住んでいた部屋も見せてもらったが、その部屋の記憶だけがぼんやりと思い出されたのが不思議だった。
「縁は異なもの」ということわざがあるが、3歳頃の出会いが現在につながっていることを思うと、何かとても不思議な気がしてならない。