1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

あやとり

 
先週末、石川県加賀市の山中温泉に行って来た。
 
山中温泉には、温泉街を流れる大聖寺川に沿って、鶴仙渓(かくせんけい)という渓谷があり、こおろぎ橋から黒谷橋まで約13キロの遊歩道を歩くことが出来る。
紅葉は枯れているものもあったが、それなりに見頃だった。
 
 

 
こおろぎ橋と黒谷橋のほぼ中間地点に「あやとりはし」という橋があった。
まっすぐな橋ではなく、カーブしている、珍しいデザインの橋。
 

 

 
あやとり・・・・
今の子どもたちは、「あやとり」なんてするんだろうか?
「あやとり」は私の子どもの頃の遊びの1つ。
毛糸や紐1本でできるから簡単な遊びだ。
「川」「箒」「橋」・・・作ったな。
「橋」は1段から4段まであったかな。
 
4段「橋」の作り方・・・忘れたあ~
YouTubeにあったので、思い出しながら作ってみようかな。
 

岐阜高校の学年同窓会at関西

 
秋晴れとなった2019年11月23日(土)、岐阜高校の学年の同窓会が奈良で開催されました。
関西では、4年に1回(?)程、開かれています。
首都圏や東海地方からの参加もあり、52名が集いました。
 
奈良は紅葉真っ盛り。
会場へ向かう道の脇の紅葉。
 

 
会場が奈良公園の近くにあり、どこの道も、いつも以上にたくさんの観光客であふれかえっていました。
 
私たちの学年は、生徒数が約500人で、男女混合クラスが4クラス、男子クラスが6クラスでした。
あまりに人数が多いので、特に男性は知らない人もたくさんいます。
1次会は、恒例で、くじ引きで座席が決まります。
初めて言葉を交わす人もいますが、だんだん話すうちに、親しくなっていくから不思議です。
 
現役で働いている人、リタイアして新しいことに挑戦している人、孫の話など、大いに盛り上がりました。
 
2次会は、座席自由なので、主には女性同士、旧交を暖めました。
高校を卒業して、数十年を経る中で、皆、様々な人生を送ってきました。
そんな人生の一部だけを聞くだけでも、とても刺激になりました。
 
元気でまた集いたいものです。
 
 
 
 
 

介護と業務の両立セミナー

 
2019年11月12日、京都弁護士会の男女共同参画推進本部が開催した、弁護士向けの「介護と業務の両立セミナー」に参加しました。
 
私自身が年齢を重ねていく中で今後どのような制度を利用できるのかを知っておきたかったこと、高齢やひとり暮らしの依頼者が少なくない中で弁護士がアドバイスできるのが「遺言」や「後見」だけでは十分ニーズに応えていないのではないかという問題意識があったからです。
 
講師は、大阪弁護士会所属の松宮良典弁護士。
松宮弁護士は、弁護士になる前、介護支援専門員(ケアマネジャー)として働いておられたとのことで、その意味で、福祉の専門家と言えるでしょう。
 

 
介護サービス利用等の手続きの中で、何が最大のポイントか、家族が主治医や認定調査にどのように関わればよいかなど、ケアマネの経験があるからこそ教えてもらえるノウハウを聞くことができました。
 
また、介護施設等において衝撃的な事件がいくつか起こっていますが、難しいのが施設選びだと思います。最近、週刊誌も特集を組んだりしています。
「介護サービス情報公表システム」というネットサイトを活用すれば、たくさんある施設の中で、簡単に問題のある施設を選択肢から外すことが可能なことも教えてもらいました。
 
普段は聞き慣れない福祉の用語がたくさん出てきて、十分消化することはできませんでしたが、とても役に立ったセミナーでした。
 
今後の自分自身の仕事においても役に立てればなあと思っています。
 
 
 
 
 

秋の綿向山へ

 
2019年11月9日(土曜)、快晴のこの日、滋賀県の日野町にある綿向山(わたむきやま、1110m)に登った。
綿向山は、鈴鹿山系の中にあり、山岳信仰の山でもある。
標高にちなんで、11月10日が「綿向きの日」とされており、色々イベントが行われるが、その混雑を避けて、前日に登ることにした。
 

 
表参道コースを行く。
 

 
表参道コースは、1合目から9合目まで標識があって、標高と山頂までの距離も記されている。
登山道ははっきりしており、よく整備されていて歩きやすい。
うっそうとした木々の中、ジグザグとゆるやかな傾斜の登山道をどんどん登って行く。
 
5合目を過ぎた頃から紅葉があらわれ、8合目からは視界も開け、紅葉の樹林の中を歩く。
紅葉は既に少し茶色くなっていたが、太陽の光を浴びて、とても美しかった。
 

 
 

 
山頂に到着。
 

 
山頂は広々としており、快晴の空の下、360度の眺望が広がっていた。
下の写真は、左の平たい山が雨乞岳、右の尖った山が鎌ガ岳。
 

 
山めしは、焼き肉とピラフを作って食べた。
展望を十分満喫し、下りは駆け下りるように下山した。
 
 

 
 

手書きで書くこと

 
10月27日は、文字・活字文化の日。
パソコンやスマホが普及し、「最近、手書きで書くことが減って、漢字を忘れるわ」とはよく聞く話。
 
私も、仕事用の文書はすべてパソコンで作成する。
手書きよりパソコンで作成する方がずっと早くて楽だ。
でも、個人的な手紙については、急ぎの用件ではない時は、メールではなく、手書きで書くことも少なくない。
手書きの手紙をいただいた時も、それを時間をかけて書いてくれた人の思いがなんとなく感じられて嬉しい。
それにしても、消費税増税と共に、切手代も値上がり、ますます手紙を書くことが減っていくのではないかと危惧する。
 
私の字は、(丁寧に書けば)活字のような文字で、読みやすいとは言われるが、決して美しい文字ではない。
幼い頃からノートのマス目の中にきちんと収まるように書いていたからだろう。
それが、中学生で生徒会の書記をした時、ガリ版の原紙のマス目に1つ1つ文字を書いていくことに役立った。
でも、流れるような文字には憧れがある。
 
ところで、私たちが取り扱う事件で、誰が書いた文字か、その筆跡が問題となるケースがある。
遺言は、自筆証書遺言の場合には、自筆で書かなくてはならないので、筆跡が問題となることも少なくないが、それ以外の事件でも、例えば、契約書の保証人欄に名前を書いたのは誰か?などその筆跡が争われることがある。
しかし、最近では、夫婦の間でも、特に若い人の場合、「(配偶者の)筆跡がよくわかりません」と言われて驚く。
聞けば、日常のやりとりはメール、年賀状もパソコンなどで印刷・・・生活の中で、どこにも手書きの文章が存在しないのである。
大人になると、日常生活の中で、夫婦でさえ、互いの手書き文字を見ることは極端に少なくなっている。
 
歴史の史料などの場合、その内容の真偽を判断するにあたっては、誰が書いたかという筆跡も重視されてきたのではないだろうか。
今後、手書きの文字や文化はどうなっていくんだろう・・・

かぼちゃまでラグビー(!!)

 
ラグビーワールドカップにおける日本の快進撃が止まらない。
 
そんな中、先日、長野県を訪れた際に珍しい野菜をゲットした。
それは、ラグビーボールのような、かぼちゃ。
かぼちゃまで「ラグビー」!!
 
「ロロンかぼちゃ」という名前らしい。
 

 
ネットで調べると、タキイ種苗が開発したかぼちゃのようで、開発者の「ロマン」と甘みの「マロン」が名前の由来とのこと。
大きさもラグビーボールくらい。面白い。
味は、普通のかぼちゃとそれほど変わらない。
かぼちゃ煮とスープを作って食べた。
 
もう1つは、「ていざなす」。
ていざなすは、明治20年頃に長野県の田井澤さんという人が開発したもので、「田井沢なす」がなまって「ていざなす」となったとか。
 

 
写真では大きさのイメージがつかめないが、長さは30㎝もある巨大な、なす。
 
少し実が柔らかいので、半分をなすの含め煮にしたところトロトロとなってしまった。
このなすは、焼いたり炒めたりした方が良いようだ。
 
地方に行くと、京都ではなかなかお目にかかれない野菜もあるので、面白い。
 
 
 
 
 
 

10月になりました~消費税が10%に~

 
10月になりました。
 
今年も残るところ、あと3ヶ月しかありませんが、あまりにも「暑い」ので、なんだか10月のような気がしません。
8月の猛暑の時ほどの暑さではありませんが、9月に入っても毎日暑く、未だに夏の服装のままです。
今日は、あまりにも暑いので、事務所で打合せの時、クーラーも入れました。
これも温暖化の現象でしょうか。地球はどうなっていくのでしょう。
 
テレビのトップニュースは、もちろん、今日からの消費税10%UPです。
初めて消費税が導入されたのは、1989(平成元)年4月。3%でした。
導入前には大きな反対運動が起こり、デパートにも「反対」の垂れ幕がかかりました。
でも、今回は、当時ほどの反対の声は上がりませんでした。「慣れ」とは怖いものです。
 
コンビニへ行き、198円の食品を買いました。
消費税が8%(15円)ついて、合計213円でしたが、クレジット支払いにしたので、「キャッシュレス還元額」として2%分(4円)の値引きがその場でなされ、支払額は209円でした。
 
次に、京都の中小スーパー「フレスコ」へ行き、食品ばかり818円買いました。
消費税が8%(65円)ついて、合計883円でした。
こちらもカード払いとしましたので、その場での値引きはありませんが、5%のポイントがつくはずです。
 
私は、カード払いは嫌いなので、来年6月まで、必要最低限だけカードを使うことにするつもりです。
食品を腐らせない、物を大切にする・・・そんな心がけをするつもりですが、それによって人生の豊かさや心のゆとりまで削りとってしまわないよう気をつけたいと思います。
 
それにしても、キャッシュレス還元など、都会に暮らす(都会以外は利用店舗が限定される)、カードを自由自在に使いこなす高齢者以外の人しか恩恵がありません。
消費税自体が不公平な税なのに、「恩恵」までもが不公平。
多くの中小店舗や高齢消費者は悲鳴を上げています。
景気が今以上に悪化するのは目に見えています。
 
すぐに消費税廃止とまではいかないでしょうが、とにかく10%はやめるよう声を上げていきましょう。
 

 
タイトルに惹かれて読んだ。
山ガールでなく、「山小屋ガール」。
 
私は、日帰り登山でない限り、山で泊まる時には、必ず山小屋のお世話になる。
登山仲間の中には、山小屋における、あの登山者のイビキの大きさや1畳に2~3人が眠る時もある窮屈さが嫌で、テント泊を好む人もいるが、テントやマット・シュラフそして食料などをリュックに詰め込んで担いで登ることを考えると、私には無理!
ということで、必ず山小屋に泊まる。
 
山小屋で働いてみたいと思ったこともあった。
でも、夏の期間であろうと、1ヶ月いや2週間でも仕事を休むことなどできるはずもなく、結局、この年齢まで、一登山者として山小屋を利用してきた。
そんな私にとって、山小屋の働き方は興味津々である。
 
著者の吉玉サキ(よしだま さき)さんは、23歳の時に登山未経験で初めて北アルプスの山小屋でアルバイトをし、結局、トータルで10年も山小屋で働いた。
元々、作家志望だったサキさんは、山小屋を辞め、「小屋ガール通信」という山小屋のエッセイを書き、それがコンテストに入選し、まとめたのがこの本だ。
 
山小屋によって、やり方も色々だろうから、この本に書かれていることがすべての山小屋に共通するわけではないが、スタッフ目線から見た山小屋における「労働実態」や「日常生活」などが垣間見られて面白い。
 
山小屋は、山における宿泊施設だが、山小屋によって規模・収容人数や設備の状況、営業期間も異なる。
基本的には、予約がなくても、すべての登山者を受け容れる。さもないと、遭難してしまうからだ。
部屋は、予約すれば個室がある所もあるが、4~5人部屋から何十人もの大部屋。だから、イビキ攻撃が起こりうる。
水が豊富だったり、温泉が湧き出ているようなことがない限り、風呂はない。
トイレは、最近はどこも綺麗になってきた。
食事は、食堂で食べる。たいていは、ご飯と味噌汁はおかわりができる。
これは、私の「客からの目線」での山小屋の概要。
 
さて、ここからが、サキさんが紹介する山小屋スタッフの日常。
午前4時から朝食出しの準備が始まり、消灯は午後9時。
仕事内容は、
フロント:宿泊受付・売店など
厨房:食事
喫茶:飲料などの提供
設備:食材などを運ぶ・登山道整備など
そして全員で掃除
大きな山小屋であれば、役割分担があるが、小さな山小屋であれば、力仕事は男性ということになろうか。
 
食事は、夏山シーズンの週末だと、100人以上分を作る。
おかずは、業務用の冷凍食品。
最盛期には休みがないが、休暇の時には、下山するか、山歩きを楽しむ。
山小屋が閉鎖している冬の間は、何もしない人、旅に出る人、他のアルバイトをする人など様々。
 
大自然の中で働いていたら癒される?
サキさんは「私は、癒しを感じたことは1度もない」
特に、夏の山小屋は戦場。労働時間が長い上に業務はすべて立ち仕事で、精神的にも肉体的にもボロボロになる。
 
スタッフ用の風呂はある。ただし、寒い!
 
このような日常生活以外に、山小屋での楽しさや濃すぎる人間関係などもたくさん語られている。
 
やっぱり憧れるなあ。
ちなみに、小屋のスタッフの募集年齢は、多くは20代から40代までだが、中には60歳くらいまでと書かれているものもあり、ひょっとすると、まだいけるかな?と思ってしまう私でした。

「新聞記者」(望月衣塑子 著)を読んで

 
前回のブログで書いた、著者望月衣塑子さんにサインをしてもらった本「新聞記者」(角川新書)。
森友・加計学園問題が発覚する中で、ネットニュースなどで話題となっている、管官房長官の定例記者会見の場で堂々と質問する望月さんって、どんな記者なのだろうかと思い、昨年、買って読んだのが「新聞記者」。
 
2019年9月21日に彼女の生の肉声を聴くことができたので、帰宅後、再度、読み返してみた。
 
これまで、作家、学者そして新聞記者の講演をいくつも聴いたことがあるが、たいていは文章は面白くても、話はあまり面白くないということが多かった気がする。
でも、前回ブログで書いたとおり、望月さんの話は、とてもわかりやすく、面白かった!
 
再度、本を読み直して、そのワケが少しわかった。
「新聞記者」には、生い立ちも書かれており、実は、望月さんは、子どもの頃から「女優になりたい」と思い、中学生から高校入学までは芸能事務所に所属されていた。
そんな才能が、彼女の話力につながっているのだろう。
 
次に、官邸から「嫌われても」「嫌われても」、信念を曲げず、パワフルに行動できるのはなぜか?
これは、講演の最後に会場から出された質問でもあった。
 
私たちは、一定の信念を持っていても、力の強い者や何らか自分に影響力を持つ者に対して、時に「迎合」「忖度」したり、あるいは「萎縮」したり「屈して」しまったりすることもある。
まして、望月さんが対峙しているのは、強大な国家権力であり、その権力側に立って彼女を批判したり圧力をかけたりする人間も少なくない。
本来、同じ側の人間であるはずの記者までもが、彼女の発言を妨害しようとする。
 
本には「頑張りたいけど意味あるのかな・・・なぜこれほど叩かれるんだろう・・・こんなことならもう会見に行くのはやめようか・・・弱気な思いが何度も頭をよぎる」と書かれていた。
 
それでも、なぜ、頑張れるのか?
 
彼女は言う。
「やはり新聞記者として、権力側が隠そうとしていることが何かを常に探り、それらを明るみに出すことをテーマとしてきたから」と。
そして、支えとなったのは、駆け出しの千葉支局時代にベテラン警部に言われた、「俺が話すかどうかは、どこの社とかじゃない。その記者がどれだけ事件への情熱を持って本気でかんがえているかどうか」という言葉だった。
 
彼女が大切にしているインド独立の父ガンジーの言葉がある。これは講演の最後にも引用された。
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」
これに続けて、望月さんの言葉。
「簡単には変えられないけど、私自身が環境や周りに流され変わらないためにも。自分自身が正義と信じられるものを見失わないためにも。たとえ最後の一人になろうとも」
 
では、私たちができることは何か?
 
報道の自由ひいては国民の知る権利を守り、真実を伝えるべく頑張っているジャーナリストは望月さんだけでなく、少なからず存在する。
そんな彼らに呼応して、SNSあるいはFAXや電話あるいは集会参加など、様々な形で連帯のメッセージを送ったり声を上げたりすることが大きな力となるはずだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

望月衣塑子さん(東京新聞社会部記者)の講演

 
2019年9月21日、私が2011年末まで在籍していた京都法律事務所の創立40周年記念企画として、望月衣塑子(いそこ)さんの講演「真実は現場に~私たちが変える未来~」がウイングス京都で開催されたので、参加した。
 
望月さんは、東京新聞社会部記者。1975年生。
2017年4月以降、森友学園・加計学園問題の取材チームとなり、管官房長官の定例記者会見に出席し、官邸から「嫌われても、嫌われても」鋭い質問を行っている女性記者である。
現在、彼女をモデルとした映画「新聞記者」が全国で上映されており、正に「時の人」。
 
開会時間の午後2時に会場に行くと、240名の会場はもう満席。大盛況だ。
早い人は午前11時から並んだとか。
 
講演は、今、政治(特に、安倍首相・管官房長官をはじめとする官邸)と報道の現場で何が起こっているのかを中心に話された。
いやあ、とにかく、身振り手振りも交え、早口だが、話がパワフルで、かつ、面白くわかりやすい。
国民から真実を覆い隠そうとする安倍内閣の恐ろしさ、報道の自由や国民の知る権利の危機、そしてその報道の自由を守ろうと闘う記者らジャーナリストの存在・・・
講演時間は40分も超過したが、もっと聴きたいと思う内容だった。
 

 
講演終了後にロビーに行くと、望月さんが出てこられたので、持参した彼女の本「新聞記者」(角川新書)にサインをもらう。
 

事務所の40周年にふさわしい、とても良い企画だった。
準備、大変だったと思う。
所員の皆さん、お疲れ様でした。
 

 
 
 
 
 

ラグビー

 
今日9月20日からラグビーのワールドカップ(W杯)が日本で開催される。
 
私の大学時代のクラスメートがこのワールドカップの大会組織委員会に関わっているので、数年前から日本開催のことは知っていたものの、これまでラグビーというスポーツそのものには、あまり関心がなかった。
 
でも、9月15日に最終回を迎えた池井戸潤原作のTBSドラマ「ノーサイド・ゲーム」は、巨悪うずまく企業社会、その企業の中でのラグビーと人間模様が面白く、欠かさず観てしまった。
また、昨年、NHKで放映された「不惑のスクラム」もラグビーにかける中高年のオッサンたちの熱い思いが伝わってきたドラマだった。
 
これらのドラマを通じて、ラグビーの試合終了を「ノーサイド」と呼び、それぞれのサイドで闘うが、試合が終われば敵も味方も区別がなくなるという意味があることを知った。
ノーサイドは敵意を友情に変えるのである。
単に勝敗を競うだけではない、そんなスピリットのあるスポーツは、他にあるのだろうか。
 
9月19日付京都新聞朝刊1面には、亡平尾誠二さんの記事が掲載されていた。
平尾さんは、京都市出身。伏見工業高校3年で全国高校大会優勝。同志社大学で全国大学選手権3連覇。W杯には1987年の1回大会から3大会連続で出場。4回大会は、監督を務めた。
今では当たり前になった外国人選手の起用についても、当初は反対や批判があったが、彼は意思を貫いたという。
「日本ラグビーが今、世界と渡り合えるまで成長したのは平尾の功績に尽きる」とは伏見工業高校でバックスのコンビを組んだ高崎利明さんの言葉。
 
2019年のW杯を通じて、私の中でも、もう少しラグビーが身近なものになるかもしれない。

 
書店をブラブラして、ふと手に取って買ったのが「がん外科医の本音」(SB新書)。
2019年6月初版で、買った時は、まだ出版されたばかりだった。
著者は、1980年生の若い外科医だ。大腸ガンの専門医とのこと。
 
世の中には、医師が書いた本があふれている。
健康関連の本をはじめ、ガンについては、手術や抗がん治療を否定したもの、民間療法的なものを勧めるものまで、多種多様だ。
ただ、これまで「医者の本音」を語る本はなかった。
 
中山さんは、その理由を次のように解説する。
「がんの専門家は通常、中年以降の医師で、病院でも何らかの「役職についています」「この年齢とポジションの医者で、一般の方向けに本を書く人はほぼいません」「医者としての出世には何の役にも立ちません」
しかし、中山さんは、がんの専門家であるとともに、もの書きでもあるため、「現場の人間」として「医学研究の結果+現場の経験」をわかりやすく説明したと言う。
 
この「がん外科医の本音」の中には、私たちが普段疑問に思っていることが、データとともにわかりやすく、しかもきれいごとでなく率直に書かれているところがいい。
例えば、
「医者はがんを切りたがる」は本当か?
「切れば治る」となぜ断言できないのか
がんはなぜ「再発」するのか?
「医者は自分には抗がん剤を使わない」は本当か?
「がんは放置すべきか?」現場の医者の本音は
医者は「民間療法」を腹の底でどう思っているのか?
セカンドオピニオンで医者は気分を害すのか?
「医者100人がやっている」は信じていいのか?
「がんが消えた!?」トンデモ健康本はなぜ出版されるか
ネット情報はどこまで信頼できるか
先進医療は治療に必要なのか?
先進医療の特約を保険につけるべきか
等々
 
どれも日常、私たちが「どうなんかな?」と思うようなテーマについて、わかりやすく説明がなされ、また、過去に私が会ったあの医者が言っていたことはこういう意味だったんだなと思い至るところもあり、少なくとも私自身は得心できるところが多々存在した。
 
なお、この本を読んで初めて、中山さんが2018年8月に出版した「医者の本音」という本が10万部突破のベストセラーになっていることを知り、次は、これも読んでみることにした。
(続く)
 

 
今朝、古くからの友人から、突然、「NHKの、逆転人生に、いづみさん出てましたね!」というメールをもらった。
いやいや、出演してたわけではないです。
法律事務所の看板(ネームプレート)が映し出され、そこに私の名前もあったというだけ。
私もビックリでした。
 
昨夜午後10時からNHKテレビで放映された「逆転人生」は、京都で活動する全盲の竹下義樹弁護士の人生だった。
竹下さんは、私が司法試験に合格した当時、京都大学の中にあった同じ(私的な)勉強会に所属し、私が合格して2年後に竹下さんも司法試験に合格した。
司法修習生となった竹下さんは、京都修習となり、弁護修習は、当時、私が働いていた京都法律事務所に配属された。
そして、竹下さんは、1984年4月に弁護士となって京都法律事務所に入所し、1994年に彼が独立するまでの約10年間、私と竹下さんは同じ法律事務所で弁護士活動を行った。
昨夜のテレビには、竹下さんが事務所に入った頃の所員のネームプレートが画面に映し出され、私も自分の名前が出てビックリだった。
 
同じ京都で弁護士をしていても、竹下さんとは、もうずいぶん長い間、顔を合わせたり、ゆっくり話をしたことはない。
テレビに登場していた竹下さんは、若い頃よりは少し声は小さくなった(?)ものの、ユーモアとバイタリティーあふれる姿は、一緒に仕事をしていた頃と変わっていない。
 
テレビでは、柳園さんの国家賠償請求訴訟が取り上げられていたが、私には竹下さんと一緒に取り組んだ思い出の事件がある。
 
竹下さんが弁護士となった翌年の1985年に京都地裁に提訴したその事件は、自ら聴覚障害を抱えながら、昭和28年9月から京都府立聾学校の教師となった西田先生が、その障害のために、長年「助手」という地位に据え置かれ、教諭に採用されなかったという、被告京都府による聴覚障害者差別を問うものであった。
 
竹下さんは、新人弁護士ながら、弁護団会議での議論をリードし、また法廷では、あの大きな声で、裁判所や被告側を圧倒した。
 
元教え子、元同僚そして学者など、多くの支援を得て、1990年7月18日に京都地裁が下した判決は、西田先生の全面勝訴であり、京都府は控訴することなく、判決は確定した。
 
私にとっても竹下さんにとっても、初めて取り組んだ障害者差別事件だったと思う。
私の弁護士人生において心に残る貴重な事件の1つを、竹下さんと一緒に取り組めて本当に良かったと思う。
 
 

 
今週の「なつぞら」は、主人公なつの幼なじみで初恋の人であり、なつの絵や人生に大きな影響を与えた山田天陽くんが30代の若さで死亡するというストーリー。
 
天陽くんの優しさ、子育てと仕事との狭間で悩むなつへの彼の言葉は、朝から涙、涙である。
 
そんな天陽くんのモデルは、やはり32歳でこの世を去った、北海道十勝の画家神田日勝(かんだにっしょう)と言われている。
 
北海道十勝に「神田日勝記念美術館」がある。
もうずいぶん前だが、1度、訪れたことがあった。
実は、作家内田康夫の浅見光彦シリーズの大フアンであった私は、「幸福の手紙」という作品の中で神田日勝美術館が登場していたので、北海道十勝に行った時には是非訪れてみたいと思っていた。
 
見たかったのは、未完の馬の絵。
 
天陽くんは、死ぬ前日に自分の家のアトリエに戻り、馬の絵を完成させたが、神田日勝美術館には、馬の下半身が描かれていない未完の絵が飾られている。
死後発見されたというその絵がとても印象的だった。
 
また十勝を訪れる機会があれば、もう1度訪れてみたい美術館である。
 
 
 
 

「きっぷってなに?」

 
先日、NHKの朝のテレビニュースで、最近の若者が切符を知らないという話題を取り上げていた。
ある鉄道の駅では、わざわざ「きっぷってなに?」というポスターを作成して、貼ってあるそうだ。
外国人向けではなく、日本人の若者向けということ。
 
驚いたなあ。
 
そういえば、私はよくバスを利用するが、若者や中年はカードを機械にあてるだけ、老人はバスカードを使う。私のように回数券や現金で支払う人はほとんど見かけない。
 
世の中は、気がつかないうちに、どんどん変化してる。
 
 
 
 
 

 
毎年、夏の時期になると、立命館法科大学院(ロースクール)では、、女性のための無料法律相談が開かれる。
大学院生の勉強の一環として、大学院生2人と女性弁護士とが一緒に、市民(女性に限る)の皆さんに対し法律相談を行うというもの。
弁護士が相談を聞いて学生が傍聴する日と、弁護士が横について学生が相談を聞く日とがある。
時間は1件につき1時間あるので、京都市内の区役所などで行われている通常の無料法律相談(1件20分)よりは、十分話を聞くことができる。
 
8月31日が私の担当日であった。
この日は、私が相談を聞いて学生が傍聴する日だった。
 
相談は2件。1件目は、夫と別居中の妻の婚姻費用請求の相談、もう1件は、相続の相談であった。
1件目は、家庭裁判所における調停や審判の流れあるいは調停委員の対応まで話が及び、学生にとっては、法律相談を受ける場合には、単に法律知識だけでなく実務の現状も知っていなくてはならないということが感じられたのではないだろうか。
2件目は、主に税金のことを頭に置いて相談を受けなければならなかった。税金の専門家は税理士だが、弁護士も最低知っておかなければならない税金知識もあり、相談終了後、そのことを簡単に解説した。
 
同席した学生さんたちは、次回は、自分で法律相談を担当することになる。
緊張するだろうな。
でも、実際に弁護士になって、数をこなさなければ「慣れる」ことはないだろう。
これも勉強。頑張ってください。

奈良地裁に行って来ました

 
昨日、何年かぶりに奈良地裁に行って来た。
最後に行った時は、裁判所の庁舎が建て替え中だったので、もう10年以上行っていなかったかもしれない。
 
奈良地裁は、近鉄奈良駅から歩いてすぐの所にあり、東大寺や興福寺に行く道の途中にある。
その意味では、観光地の間近にあるということ。
近鉄奈良駅から外に出ると、悪天候にもかかわらず、たくさんの外国人観光客がおり、主に中国語が飛び交い、「ここは、どこ?」といった感じ。
奈良も、京都と同様に、多くの外国人観光客が押し寄せ、雰囲気が一変していた。
 
しかし、奈良地裁自体は、そんな喧噪もなく、庭にたくさんの鹿がいるという、なんとも奈良らしい風情があった。
 

 
 
 
 
 
 

 
NHKの朝ドラは、クールによって観たり観なかったり。
今回の「なつぞら」は最初から観ている。
 
「なつぞら」は、戦争孤児の主人公「なつ」が、北海道十勝の開拓農家・柴田家に引き取られて成長し、高校卒業後、東京でアニメーターになって活躍するという話。
現在の放映内容は、昭和40年代、「なつ」の結婚・妊娠・出産という段階。
なつが妊娠する前、職場の同僚女性が妊娠し、会社から契約社員になることを迫られ退職した。
自分は出産後も仕事を辞めたくないと悩むなつ。
夫から、自分も一緒に子育てする、子育てしながら仕事を続ける「君がその道をつくるんだよ」と励まされ、なつは子どもを産む決心を固めた。
事情を知った職場の仲間たちも立ち上がって経営者に談判し、なつは社員のままで作画監督という重要な仕事を任されることになる。
 
実は、これは、ドラマの舞台とされている当時の「東映動画」で実際にあった話とのこと。
なつのモデルという言われる奥山玲子さんは、職場の中の労働条件などについて、高畑勲さんや宮崎駿さんらがいた東映動画労働組合の仲間とともにたたかい続けた。
そして、女性として出産後も働き続ける先駆けとなった。
 
結婚退職制が無効という判決が下ったのが昭和41年(住友セメント事件)、出産退職制が無効という判決が下ったのが昭和46年(三井造船事件)で、なつの時代である昭和40年代には、まだまだ結婚や出産による退職強制の制度は横行していた。
 
昭和の時代の女性たちが、この「なつ」のように、1つ1つの女性差別とたたかってきたからこそ、働き続ける権利を勝ち取ることができた。
 
しかし、約50年経った今も、「マタハラ」という言葉が生まれているように、妊娠や出産に対する女性差別は根強く残っている。
「保育園に落ちた」問題もある。
「仕事と子育て・家庭」との両立の問題は、まだまだ闘わなければならない課題である。
 
これからも、「なつぞら」から目が離せない。
 
 
 
 

冷蔵庫が壊れた!

 
それは、突然のことだった。
うちの冷蔵庫。朝食時までは、普通に動いていたはず(?)
でも、昼食の時になって、冷凍庫内の野菜が柔らかくなっていることに気がついた。
最初は、冷凍庫の扉が少し開いていたのかな?と思ったが、何時間経過しても、冷凍機能は復活しない。
 
壊れたんや!しかも、真夏のこの猛暑の時に!ショック!
 
とりあえず、緊急避難で事務所に行き、事務所の冷凍庫に食材を入れる。助かった!
そして、電気店へ駆け込んで注文する。
なんとか、2日後には配達してくれるとのこと。
 
世の中には、「冷蔵庫なし生活」を送っている人がいる。
そんなことをふと思い出したので、そのネット記事を読んだりした。
でも、私にはできないわ・・・・
 

スパイスカレーにはまっています

 
子どもの頃からカレーライスが大好き。
最近、レトルトカレーも色んな種類が発売されて美味しいが、やはり自分が作るカレーライスの味が一番いい。
 
ここ数年、スパイスカレーにはまっている。
市販のカレールーは使用せず、カレー粉、ターメリック、ガラムマサラ、クミンなどのスパイスでカレー味を作る。量は適当。
しかも小麦粉は使わない。
タマネギをたくさん炒めたり、すりおろしたリンゴを入れると、結構トロトロになる。
ジャガイモや人参は入れず、ナス・おくら・トマトなど夏野菜中心。
 
鍋ではなく、フライパンで作るのだが、小麦粉を使用しないせいか、食べ終わった後はフライパンを水で洗えば、カレーがフライパンにこびりつくこともなく、後片付けも簡単。
 
真夏はやっぱりカレーでしょ!!
 

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