1. コルティナダンペッツオとドロミテ戦線
ブログ マチベンの日々

コルティナダンペッツオとドロミテ戦線

日本勢のメダルラッシュで盛り上がる2026年冬期オリンピック。

今回のオリンピックは、会場が4地域に分かれていることから、ミラノ・コルティナダンペッツオ五輪と呼ばれている。

 

イタリアのコルティナという街は、訪れたこともなく、あまりなじみがない街だが、実は、私の亡夫の部屋には、生前、コルティナにある美しいドロミテ岩峰の大きな写真が飾られてあった。おそらく亡夫自身が撮影した写真を拡大したものだと思う。

それで、私は、コルティナ=ドロミテ岩峰というイメージをずっと持っていた。

亡夫は、海外スキーに何度も行ったことがあり、コルティナでも滑ったことがあると言っていた。その中で、ドロミテ岩峰の写真をずっと飾っていたことからすれば、よほど空に突き刺すようなこの景色が気に入っていたのだと思う。

もし生きていれば、オリンピックを見て、「ここを滑った!」などと大いに盛り上がっていたことだろう。

 

そんなドロミテ岩峰が、1915年、第1次世界大戦中、イタリアとオーストリア・ハンガリー帝国の両軍が爆弾を仕掛けて戦い、山頂を奪い合った場所だったことを、2026年2月18日付け朝日新聞「天声人語」を読んで初めて知った。

「ドロミテ戦線」と呼ばれている。

標高2000メートル超での戦いは、雪と氷で「白い戦争」と呼ばれ、砲弾や雪崩で多くの戦士が命を落としたという。

このような山岳地帯にも、戦争の傷跡が存在していると思うと、より強く平和を願う気持ちになる。

 

亡夫が生きておれば、きっとこんな話もできたのに・・・となんとなくセンチメンタルな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

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