1. 「行動する文学者」瀬戸内寂聴さんの死を悼む
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「行動する文学者」瀬戸内寂聴さんの死を悼む

2021年11月11日、瀬戸内寂聴さん死亡(9日逝去)の報が流れ、少なからぬ人が衝撃を受けたと思う。ネットニュースで体調不良は伝えられていたものの、何事もなかったかのように快復されて、来年5月には満100歳の誕生日を迎えられるものと思っていた。

 

このブログでも、過去3回、瀬戸内さんのことを書いており、私にもそれなりの思いがある(検索欄に「瀬戸内寂聴」と入力してください)。

 

ご存知のとおり、瀬戸内さんは、京都の嵯峨野に住んでおられた。

残念ながら法話を聞いたことはなかったが、「憲法のつどい」などの講演会で話を聴く機会はあった。

東北大震災の被災地訪問・原発反対・安保法制反対・平和を守る取り組みなど、80代90代の高齢になっても、ハンガーストライキや国会前の座り込みに参加されるなど、常に自らを闘いの場に置き積極的に発言されてきた。

信念を貫いた、本当に頭が下がる生き方だった。

瀬戸内さんが原発反対の集会で語った「すぐに政府が変わるとは思わない。それでも集まらなければいけない」という言葉があらためて心にしみる。

 

ところで、以前に所属していた事務所(京都リバティス法律事務所)があった同じ堺町通りに、瀬戸内さんの別宅「羅紗庵」がある。

丸太町通りをはさんで、ちょうど京都御所の堺町御門の真向かいだ。

瀬戸内さんは、毎年、葵祭の日には必ずここに来て、家の中から祭りを見物すると、以前、京都新聞に書いておられた。

 

 

 

 

この「羅沙庵」の裏には、時々ランチを食べに行く店「奏」(かなで)がある。

今日は、瀬戸内さんを偲ぶという気持ちで、「羅紗庵」の前を通って「奏」に行った。

ランチを食べながら、若い女性店主と話していると、なんと店主は「羅紗庵」の内部を見せてもらったことがあると言っていた。

庵の中は、かなり手のこんだ造りとなっているらしい。

 

左が「羅紗庵」の南側、右が「奏」。

 

 

 

主を失い、この「羅紗庵」もどうなるのだろう・・・

 

 

 

 

 

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