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2021年5月28日付け京都新聞朝刊に、京都府長岡京市在住の童話作家あまんきみこさんの絵本「あるひあるとき」の原画展(原画は、ささめやゆきさん作)が向日市の絵本書店で開催されていることが載っていた。
 
なんと翌29日までって!
 
実は、あまんきみこさんの絵本「あるひあるとき」(のら書店)は、2020年7月初版なのだが、私が大人になって買った数少ない絵本の1冊だ。
 
あまんさんは、1931年旧満洲(現中国東北部)で生まれ、少女時代である戦中そして敗戦後を旧満洲で過ごし、1947年3月に日本に引き揚げてきた。
あまんさんは、平和への思いを込め、戦争に翻弄される子どもや家族を書いてきたが、長年、満洲については書くことができなかったという。
それは、日本が中国の人たちの土地に土足で踏み込み、中国人が大量虐殺され、他方、敗戦後には多くの日本人が難民収容所で亡くなったという、悲惨な歴史を知ったからだ。
 
でも、そんなあまんさんが、やっと自身の幼少期を絵本「あるひあるとき」にした。「幼い子どもたちの身一杯の喜びと悲しみを届けたい」と。
 
私自身も「満洲」に「こだわり」がある。
 
なぜなら、亡き父も1924年に満洲で産まれた引き揚げ者だったからである。
父は満洲時代のことを語ることはほとんどなく、私も尋ねることはなかった。
しかし、63歳で亡くなる直前には、「もう1度、旧満洲に行ってみたい」と言ったことがあり、父の思いを叶えてあげられなかったことや父から満洲時代の生活について何も聞かなかったことへの後悔の念が私の満洲の「こだわり」になっている。
 
5月29日朝、向日市の書店「ワンダーランド」を訪れた。
「ワンダーランド」はJR向日町駅の目の前にあった。
 
入店した時には他に客がいなかったので、店主の女性とゆっくり話をすることができた。
 
もしかしたら、あまんさんに会えるかも、という淡い期待を持っていたのだが、コロナ禍の下、あまんさんも高齢なので、来るのは控えておられるということだった。
 
絵本の原画19枚が飾られていたが、印刷された絵本の絵よりも、膨らみがあって良かった。
 
絵本というのも、なかなかいいもんだなあと改めて思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
登山を趣味としてきた関係もあって、7-8年前から、山で遭難して行方不明のままで死亡が確認できない事案の家族の方から危難失踪宣告申立の依頼を受けることが増えてきました。
このような事案を扱う弁護士がほとんどいないようで、全国から相談が寄せられます。
●失踪宣告とは
失踪宣告というのは、行方不明の人を「死亡した」とみなす制度です(民法30・31条)。
失踪宣告には、「普通失踪」と「危難失踪」とがあります。
人の生死不明が7年間明らかでないときは「普通失踪」宣告を申立て、戦地に行ったり、沈没した船に乗っていたりなど危難に遭遇して生死不明の場合には、危難が去っても1年間生死が不明の場合には、7年間待たなくても「危難失踪」宣告の申立をすることができます。
山で遭難された方の家族の皆さんは、7年間も待つなんて気持ちの整理がつかないという理由のほか、失踪者が年金を受給していた場合にその年金支給がストップしてしまったり、生命保険をずっとかけ続けなければならないなど経済的負担もあるようです。
自分自身が登山を趣味としているので、山の危険性を裁判官に訴えることができやすいかなと思っています。
●北穂高岳での遭難
Sさん(60代男性)は、2017年8月に一人で北アルプスの北穂高岳(3105m)に向かい、8月7日に涸沢小屋から北穂高岳に向かって登山を開始しましたが、山頂に到着せぬまま行方不明となりました。
帰宅予定日になっても帰宅しないため、家族が長野県松本警察に通報し、松本警察は捜索をしましたが、Sさんも所持品も発見されませんでした。
北穂高岳には過去に2度登ったことがありますが、落石なども多く、死者や行方不明者が多いことで知られています。
Sさんの件で、家族の相談を受けて、調査を行い、2019年3月に危難失踪を申立て、同年10月「不在者Sを失踪者とする」との審判が下りました。
そしてSさんは戸籍上も死亡したこととなりました。
●骨が見つかった!!
審判が下りて約1年後の2020年夏の終わりに、Sさんの家族から電話がありました。
松本警察から電話があり、骨の一部が登山道で発見され、その骨は99%Sさんのものとのこと。
奇しくも、骨が発見されたのが、Sさんが2017年に行方不明になった日と同じ8月7日で、Sさんの骨であると確定されたのがSさんの誕生日の8月21日でした。
骨の発見によって、Sさんの客観的な死亡がはっきりしたので、Sさんの家族の依頼により、失踪宣告の取消の申立を行いました。
これまで数件の山での遭難の危難失踪宣告申立を行いましたが、後になって、骨が発見されたのはこれが初めてでした。
松本警察の話では、動物がどこからか登山道まで運んできたのだろうということでした。
骨が発見され、またそれがSさんと確定された日が誕生日と一致したことなど、不思議さを感じずにはいられませんでした。
北穂高岳へSさんの慰霊登山をしたいと思っていますが、コロナ禍となってしまい、まだ実現していないことが残念です。

新幹線には運転手が一人しかいない!

2021年5月16日に、東海道新幹線の運転士が走行中トイレに行きたくなり、操縦する資格のない車掌に頼んで、新幹線を時速約150㎞で走行させたまま3分22秒の間、運転席を離れたことが問題となり、ニュースとして報じられた。
 
規定では、どうしてもトイレが我慢できない時など体調不良の場合には、指令所に報告の上、運転資格を持つ車掌や別の運転士と交代するか、新幹線を停車することになっていたとのこと。
でも、今回のような場合に、「停車」できるような雰囲気が社内にあったのだろうか。
 
 
この「事件」で驚いたのは、新幹線の運転士が一人しかいないこと。
知らんかった・・・
今回は停止という判断もできた事案だが、脳や心臓などの病気で突然意識不明になることも十分あり得ること。
車掌に連絡する間もなく・・・
どんなことが起こっても、人命優先・安全優先の走行にしてほしいと思う。

琵琶湖にもマイクロプラスティック

プラスティックゴミの海洋流出には、本当に脅威を感じている。

海に漂うマイクロプラスティックごみをプランクトンが食べ、そのプランクトンを魚が食べ、その魚を動物や人が食べる。
人体に影響がないわけがない。

今朝(5月19日)の京都新聞朝刊には、滋賀県が琵琶湖のマイクロプラスティック調査に乗り出し、調査結果を発表したことが掲載されていた。
それによると、日本近海よりは少なかったが、琵琶湖にも存在しており、レジ袋などに使われるポリエチレンだけでなく、洗濯ばさみや人工芝に多用されているポリプロピレンが多かったとのこと。

琵琶湖の水は、水道水として、京都も取水している。

このプラごみ問題について、はがゆいのは、家庭からのごみも多いのに、あまりにも世の中にプラスティック製品があふれ、出来る限り使わない買わないよう心がけてはいるものの、その多くを断ち切ることができないことである。

とりあえず、常に問題意識を持って、できることをやっていくしかない。



GPSやアプリの悪用を禁じた改正ストーカー法が、2021年5月18日成立しました(2021年5月19日付け京都新聞朝刊)。

GPSで監視する手口は、昨年7月最高裁が、ストーカー規制法の「見張り行為」に当たらないという判断を示したことから、摘発が難しく、改正が求められていました。

今回の改正では、GPS機器を相手の承諾なく車や持ち物に取り付けたり、スマホのアプリで位置情報を取得したりすることも規制の対象となります。

また、規制の場所についても、これまでの被害者の住居や勤務先などの通常の場所だけでなく、被害者が「現に所在する場所」にも拡大しました。

そのほか、手紙などを連続して送ることもメールと同様に規制の対象となります。

更に、禁止命令については、加害者が所在不明であったり、受領を拒否した場合でも、郵送や都道府県の公安委員会の掲示板張り出しなどでも有効としました。

罰則は、最大で懲役2年以下または200万円以下の罰金です。





シュクメルリ

「シュクメルリ」って何?と思われる人も少なくないだろう。

シュクメルリは、現役力士「栃ノ心」の母国として知られるようになったジョージア(グルジア)の郷土料理の名前である。

私も、昨年末にテレビ番組の「家事ヤロウ」を観ていて初めて知った。
その番組では、「2020年話題の簡単おうちレシピベスト20」が放映され、「シュクメルリ」を観たとき、食べたい!と思った。
「シュクメルリ」は、にんにくとチーズが入った鶏肉とサツマイモの煮込み料理である(レシピはネットで検索できる)。

テレビでは、大手牛丼チェーン「松屋」の限定メニューで評判だったことから人気に火がついたことも紹介されていた。
そこで、確か2021年2月頃だったと思うが、松屋がこの「シュクメルリ」を季節限定で扱っていることを知り、まず、どのような味か食べてみたいと思い、初めて「松屋」に食べに行ってみた。
近所に新しく出来たホテルの1階に「松屋」が入っている。

熱々で濃厚でとても美味しかったので、これなら作ってみようと思った。
そして、実際に作ってみて、とても満足した。
以来、ことある毎に、友人に紹介している。

ところで、2021年5月14日付け毎日新聞夕刊に、思いがけず「シュクメルリ」が取り上げられていた。
同記事は、福岡市の調味料メーカー「松原食品」がレトルト食品を開発して2020年7月に売り出したところ半年で約1万1000個を売り上げたが、この商品開発には、同社専務とジョージア駐日臨時大使の物語があったという内容だった。
こんな裏話があったのね。

この記事を読んで、「シュクメルリ」は鶏肉をニンニクやクリームソースなどで煮込んだ料理で、サツマイモやチーズを入れたのは松屋のアレンジであることも知った。

松原食品のレトルト「シュクメルリ」は、スーパーや通販で購入できるとのこと。
1度食べてみたいものだ。











奨学金の保証人の返済義務をめぐり、札幌地裁で、2021年5月13日、初めての判決が下されました。

これは、日本学生支援機構が半額の支払義務しかない保証人に全額を求めてきた事案で、知らずに全額を返済してしまった保証人が過払い金の返還等を求めた訴訟です。

2018年の朝日新聞の報道によると、機構は、過去8年間に延べ825人に総額13億円を全額請求し、9割以上が応じたとのことです。

単なる「保証人」は、連帯保証人と異なり、「分別の利益」(民法456条)があります。

保証人が2人以上いるとき、連帯保証人は全額返す義務がありますが、単なる保証人は頭割になります。
ですから、奨学金のように、連帯保証人と保証人が1人ずついる場合には、保証人は半額だけ返済すればよいわけです。

判決は、「分別の利益」は保証人が主張しなくても効果が生じるとし、「分別の利益」を知らずに返済してしまった場合には、不当利得として返済を求める権利があると判示しました。

当然の判決と思われます。



葉山椒ご飯

事務所のF弁護士から、自宅の庭で育てている葉山椒をいただいた。
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以前から、葉山椒ご飯を作ってみたいと思っていた。

2019年7月に尾瀬に行った時に、前夜に宿泊した旅館の夕食時の最後に饗されたのが、葉山椒ご飯だった。
その時、初めて食べたのだが、香りも風味も口いっぱいに「さわやか」に広がり、とても美味しいと思った。

1度作ってみたいと思っていたが、葉山椒には時期もあり、手に入れることがなかなか出来なかった。

それがやっと実現した。

ネットで、以前食べた葉山椒ご飯に一番近いと思われるレシピを選び、作ってみた。
尾瀬の旅館の葉山椒ご飯には入っていなかった「じゃこ」も入れた。


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冷凍ご飯を解凍して混ぜこんだので、ややベチャとなったが、風薫る5月にピッタリの「さわやか」な味で満足できた。









深田久弥の最初の山と最後の頂の山

 
「日本百名山」の著者で有名な随筆家・登山家の深田久弥は、1971(昭和46)年3月26日、山梨県の茅ヶ岳(かやがたけ、1704m)の山頂近くで脳卒中のため亡くなった(享年68歳)。
今年で没後50年になる。
茅ヶ岳の登山口には、直筆の碑「百の頂に百の喜びあり」がある。
しかし、深田は茅ヶ岳の山頂に達する前に亡くなったようで、最後に頂を踏んだ山は茅ヶ岳ではない。
 
深田が最初に登った山、そして最後に頂を踏んだ山はあまり知られていない。
私も、茅ヶ岳で亡くなったことは知っていて登ったことがあるが、それらの山のことはつい最近初めて知ったので、登りに行って来た。
 
1、最初の山~富士写ヶ岳(942m)~
 
富士写ヶ岳(ふじしゃがたけ)は、深田の出身地である石川県にある。
深田が小学校6年(11歳)の時に初めてこの山に登り、以来、登山を愛好するようになったという、きっかけの山だ。
 
5月のGW前後には、登山道にはシャクナゲが満開に咲く。
ブナ林も素晴らしい。
しかし、いくつかある、どの登山道も急登で、しかも土が粘土質で滑りやすい。
 
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富士写ヶ岳山頂
 
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山頂にある深田久弥のレリーフがついた山頂方位盤
 
 
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雪を冠した白山が美しく見える
 
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この山の近くに深田が産まれた場所があり、また深田久弥の「山の文化館」がある。
 
富士写ヶ岳に登った後、「山の文化館」に立ち寄り、深田の最後の頂が「蛇峠山(じゃとうげやま)」であることを知った。
「蛇峠山」は長野県の山「阿智セブンサミット」の1つ。
 
2、最後の頂の山~蛇峠山(1667m)~
 
蛇峠山の標高は1667mと高いが、治部坂高原(約1180m)に駐車場があり、標高差は500m位なので、簡単に登ることができる。
 
武田信玄が狼煙を上げた山でもあるという。
 
山頂手前には、NTTdocomoのアンテナや雨量レーダーなどがいくつか立っている。
 
深田は、1971年正月にこの雪山に登り、南アルプスまで見える晴れた素晴らしい展望を楽しんだという。
私が登った日は、晴天予報であったにもかかわらず、山頂に着いた頃には風雨の中。
1時間程で雨は止んだものの、アルプスまでの展望は実現しなかった。
 
 
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それでも、1週間のうちに、深田久弥の最初の山と最後の山に登ることができ、大いに満足した。
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「がんになった緩和ケア医」関本剛医師の講演

5月3日(月・祝)は憲法記念日。
コロナ禍の折り、各地でZOOMによるオンラインで憲法集会が開催されていたと思う。

兵庫県弁護士会では、憲法記念日記念行事として、「がんになった緩和ケア医が語る 命、家族、仕事について」と題して、関本剛医師の講演をZOOMで行った。
ZOOMが苦手な私だが、関本医師の話がどうしても聴きたくて申し込んだ。
この日だけは、ZOOMがあって良かったと思った。

関本医師は、緩和ケア医の第一人者で、在宅ホスピス「関本クリニック」(神戸市灘区)の院長である。
医師として日々活躍していたところ、2019年10月に自身がステージ4の肺がんであるとの診断を受けた。当時43歳だった。
関本医師は、葛藤しつつも、命ある限り、仕事そして生きることを全力で全うされている。

私の家族は、約2年間の抗がん治療の末、昨年3月に亡くなった。
私は、家族の闘病中そして死後も、がんに関するたくさんの本を読んだ。
がん宣告後も生きようとする力を目の当たりにしたが、やがて緩和ケアを宣告された後、その苦しみやつらさ、悲しさを言葉でぶつけられることはなかった。

どんな思いだったのだろう・・・
1年が過ぎた今も、私も頭の中に時折湧き上がってくる、もどかしさがある。

関本医師が末期がん宣告という葛藤を乗り越えて、決意を新たにされた経緯については、「覚者のことば」をいくつか紹介された。例えば、
   柏本哲夫 「人は生きてきたように死んでいく」
   関 牧翁 「良く生きることは良く死ぬことなり」
   Alfons Decken  「自分でどうにもコントロールできないことを心配しても仕方が無い

また、必ず訪れる死までの準備として、経済的な準備・家族との交流・葬儀の準備・自分が生きた証を残すなどの項目を掲げられた。

淡々と語られたが、涙なくしては聴けなかった。
強い人だと思った。
そしてこのような緩和ケア医に出会うことができれば、人生の最期も少しは心安らかになれるかもしれないとも思った。

奇跡が起こることをただただ祈るばかりである。











低山ハイクの危険性

コロナ禍の下、「三密」を回避しようと、低山ハイクをする人が増えているらしい。
確かに、京都近郊の山も結構な人数の登山者でにぎわっている。

しかし、低山ということで気楽に登ると、かえって危険性がある。

なぜなら、低山は、北アルプスや南アルプスなどの2000~3000m級の山々と比べると、道案内(標識)がない所や不鮮明な所が少なくなく、「道迷い」しやすいからだ。
テープが貼ってあっても、木の所有を示す「明認方法」のこともある。
遭難の原因で最も多いのは例年「道迷い」で、全体の4割を占める。

「道迷い」という点からすると、私には、北アルプスより、比良山系を歩く方が怖い。

だから、低山であっても、必ず地図を持参し、現地で、道が分かれていたり、目印のテープが見えなくなったら、その都度、地図を確認した方が良い。
最近は、登山GPSアプリもあるので、便利になっている。

4月25日(日)の朝のNHKテレビのニュースでも低山ハイクの危険性を報じていた。

そのテレビ報道があった日、晴れていたので、私は、銀閣寺登山口から大文字山に登り、山頂から京都一周トレイルを蹴上(けあげ)に向かって歩いていた。

大文字山山頂から蹴上までのちょうど半分位の地点だっただろうか、一人の中高年の男性が蹴上方面から北に向かって歩いてきた。
そして、私とすれ違う時に、「清水寺に下りる道はご存知ですか?」と聞かれた。

「えっ?なんで清水寺?」
蹴上は三条通で、清水寺は五条だから、清水寺は蹴上より南にある。
ということは、彼は、清水寺とは逆の北方向に歩いてきたのだから、この地点で「清水寺に下りる道はどこか」という質問などあり得ない。

「清水寺に行くなら、方向が間違ってますよ」と答えたが、彼は「そうですか」と言いながら、清水寺に行くのはあきらめたのか、大文字山の方へ歩いて行った。

方向感覚が間違っている。
こういう人が道迷いするんだよね、きっと。

私も「道迷い」の経験はある。決して他人事ではない・・・









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