1. 岡根弁護士のぼやき論壇

岡根弁護士のぼやき論壇

うわっ やってまった

先週、土曜日。 とあるところに、「秘密保護法」の学習会に出かけた。 希代の悪法といわれる法律をどうやったらなくせるのか。 どうやったら、適用をできないようにできるのか。 いろんなところで、いろんな弁護士達がこんな恥ずかしい法律を通した政府と安倍を追い詰め、いかに使いにくい法律にするのか、最終的に廃止に追い込むにはどうしたらいいのか、を考え行動している。

 そんな中、初めて行く学習会場に、地図やレジュメ、資料などを準備して、地下鉄に乗り込んだ。
 駅におりて、ちょっと場所を確認してみよう、とカバンを見ると、その資料ファイルが入っていない。 えっと思い何度も見るが、やっぱりない。 行き先も、近くまでは来ているのものの、正確な場所がわからない。電話番号も、資料の中にはあるものの、手元にはない。 どうしよう。 
うわっ やってしまった・・・・・
第二土曜は、事務所も休み。 今更取りに帰る時間もない。
誰かいて! と事務所に電話をかければ、休日出勤?をしていた彼がいた。  
おかげで、何とかレジュメもFAXで送ってもらい、何とか対処できた。 ホッと一息。 あぁたすかった。。。
資料一式は、机の上に置いたまま。 カバンに入れ忘れていた。 何しに行こうと思っていたのやら。
で、秘密保護法は、間違いなく「違憲」の法律である。 だから、違憲の法律は無効である。 いかにも、憲法を知らない安倍・自民党政権が作った法律らしい。 米国では、こんな法律を通した日本政府の質の悪化を嘆く記事が出ていた。 「愛国法」の下でよう言うわ! という気もするが、それほどレベルの低い法律が成立したということだ。 この法律の危険を伝えて、必ず廃止に追い込まないといけない。 1人でも多くの人が立ち上がれば、廃止にもできる。 「嵐が過ぎ去った」なんていってるやつには思いっきり鉄槌を食らわしてやろうじゃないですか。

道路交通法改正 自転車に厳しく

12月1日から道交法が変わったのはご存じでしょうか。 いろんなテレビ番組でも取り上げているようですが、未だに守っていない人がたくさんいるようです。

前から、自転車は、左側通行だったのですが、歩道のない道路の路側帯(歩行者の歩く部分を示すような白線の引いている道路の端側)では、路側帯部分であれば左右どちらを通ってもよかったのです。
これが、曖昧であったり、自転車は右側を通ってもいいという勘違いを生み出しており、事故の元だったので、路側帯でも左側通行を徹底しようということです。 これを守らないと、「3ヶ月以下の懲役又は5万円以下の罰金」となってしまうかもしれませんので、要注意です。
昨日の夜(既に12月になっている)、自転車で丸太町通りを走っていたら、前から無灯火で逆走してくる自転車に2台遭遇しました。 やっぱりあぶない。 
歩道から後も確認せずに車道に飛び出す自転車や(自転車通行可の)歩道を徐行ではなくすごく飛ばして走っている自転車をよく見かけます。 たまたま事故を起こしてないからいいけど、見ていてひやひやします。 
後ろを確認せずに、突然斜行する自転車もよくいて、何度急ブレーキをかけさせられたことか。 そんでもって、「あぶないなぁ」と文句を言う。 「あぶないのはおまえや!!」  事故を誘発させそうになっておいて被害者側に向かって文句を言ったらあかんよ。
車に乗りだして始めて気付く人も多いと思うけど、自転車って、車の運転手からはものすごく見えにくくて、あぶないことこの上ないんだから、自分の身を守るためには、安全運転を心がけましょう。 急いでいるとおろそかになりがちですが・・・・・・

「子ども」

京都市からなにやらアンケートが送られている。保健福祉局子育て支援部 児童家庭課とある。

その封筒に「子ども・子育て支援に関する・・・」との記載がなされていた。

いつもは、京都市のやることは批判的に見るが、さすがに福祉局の子育て支援というだけあって(何をしているのかは資料がないので評価できませんが)、最低限のことは押さえているなぁと感心した。

いろんなところの表示には未だに「子供」と記載されていることが多い。 これを、子どもの未来とか、子どもの福祉とかいっているところがやっていると、ほんまにちゃんと考えてるのかなぁ、と疑念が生じる。
子どもを、独立した人格の主体とみるのであれば、「子供」と表現したらあかんでしょ。 
とりあえず、「供」の字の意味を調べてみると、「人の後に付き従っていくこと。また、主人に仕え、付き従う人。従者。」とある。
ようするにこの表現は、大人の供え物、お供という意味合いを含んでいる。「従者」である。
子どもを独立した人格主体として考えるのであれば、言葉自体がそのようには捉えているとはいえない表現は避けるべきである。 とはいえ、「こども」という言い方自体は定着しており、これを今更変えるのも困難である。 なので、そのまま受け入れた上で、記載するときは「子ども」「こども」という表現を使ってほしい。
憲法13条にも「すべて国民は、個人として尊重される」とある(憲法の中で最も大事なところ)。 「私権の享有は、出生に始まる」(民法3条1項)として、権利の主体となるためには、この世にオギャーと生まれるだけでいい。それ以外に要件はない。 性別や出身地、税金の額、思想や信条など、全く関係ない。 この世に生を得たら、それだけで、「個人として」尊重されるのである。 大人も子どもも関係ない。 
注意してみていると、本当は子どものことなんてきちんと考えていない人たちは、「子供」という表現を使っているケースが多い。
そして、自民党の改憲案、「個人」を削って、「人」にしてしまった。 本当に1人1人の人を大切にするんであれば、こんな改正はできないはずだ。 自民党のホームページには、「日本の将来を担う子供たち」とある。 やっぱりな、である。 だまされてはいけない。

ただいま当番待機中

今日は、当番弁護士に当たっているので、朝からずっと事務所で待機。

当番弁護士は、たしか1992年(大分県と福岡県で始まった2年後)に全国の各弁護士会で取り組まれるようになっています。 土日も含めて、逮捕、勾留された被疑者がいた場合、待機している弁護士が初回の接見を無料で行う(費用は弁護士会費から賄われる)という制度で、これにより、少しは不当な捜査などの人権侵害をくい止められた場面があったものと思われます。
 かつては、弁護人が接見するのにもいろんな妨害があったようですが(今も時々起こっています)、これまでの時には国賠訴訟を起こすなどの行動で、自由に会える枠がどんどん広がってきています。
 弁護士登録して2~3年の頃、土日の待機中、当番弁護士専用ダイヤルの録音を聞いて、かけ直し、用件を聞くと、法律相談だったりしたこともあり、当番弁護士はそういうことには対応できない、とお断りして怒鳴られたこともありました。 このところは、体制も変わり、直接対応することは少なくなってきたので、そういうトラブルは減ってきています。 
 最近は、犯罪数も減ってきているのでしょう。 かつては、1日3件を超えることもあった(土曜日の電話で10件を超える依頼の留守電が入っていたこともありました。)のですが、このところ、1日待機して1件もないことが増えてきました。1日の待機している弁護士の数も増えてきているので、回ってこないということもあるようですが、それを差し引いても、要請の数は減ってきている印象です。
 今日も、今のところまだありません。 このところ、多いのが、午後4時50分以降の要請です。午後5時までが待機時間なので、今日はないんだ、と思ったところに入ってくるというものです。 それが遠方だったりすると、ちょっとなぁ、という気分になってしまいます。
 それで、1時間以上かけて駆けつけたら、猫が心配だったからえさをあげたかどうか確認して?なんていう要件だと、うーん・・・ ま、不安を少しでも解消することも重要な役目だからと納得させつつ・・・ 真っ暗な帰り道、どこかでラーメンでも食べて帰るか。
特定秘密保護法が国会で議論されている。 「秘密が守られるんだからいいんじゃない。」なんて思っていたら大間違い。 誰から何を守るのか、というと、国民から国家の情報を知られないこと、要するに、国などの情報を(主権者である)国民から秘密にしてしまおうという内容だ(米国にはその情報は流すんですけどね)。
そもそも、今こんな法律は必要がない。 廃案しかないのだけれど、万が一通ってしまったらどういうことになるのだろうか。刑事弁護との関係で考えてみる。 
まず、何が秘密かが明らかにならない(「何が秘密か?それが秘密です」)という状況において、取材したり報道した内容が、秘密に該当してしまっていたら、場合によっては、犯罪となって10年以下の懲役になってしまう(これだけで萎縮してしまい、まともな報道はできなくなろう。権力監視が不可能になる)。
その裁判の中でも、何が秘密なのかは、(本人はもとより)弁護人にも一切明らかにはされない。
検察官は、秘密の内容が書かれていない起訴状を読み上げる。 そこで、弁護人から「秘密」の内容を問いただそうとしても 「特定秘密に指定されている以上、明らかはにできない」 となってしまう。
裁判所も、秘密については、指定されているかどうか以上には突っ込めないまま、「秘密であると推認できる」として有罪としてしまうことになる。
これでは、刑事弁護として何もできないことになってしまう。
刑事訴訟の大原則である「疑わしきは被告人の利益に」(いまでも機能してないが・・・)は全く殺されたも同然となる。
こんな恐ろしい法律を制定させてはならない。

こんな時に・・・

やっとで来た! と思ったのが、AM1:00  

さてこれで帰ろう、と自転車を取りに行く(ヒザ痛でジョギングにドクターストップがかかってしまったため、ここ2ヶ月は自転車通勤)。
で、こぎ出すと、なぜか重い。 尋常なく重い。 もしやと思い後輪を見ると、かなり空気が抜けている。 あかん。 こんな時にパンクかよ。 とやむなく、自転車を置きに戻る。
仕方なく、とぼとぼ歩いて帰る。 普段なら、歩くときでも1㎞10分弱のペースで歩いていたが、この前、歩いて通勤をと思ったら3㎞地点で、膝が痛くて歩けなくなった。 なので今回はゆるゆると帰る。 結局、家に辿り着いたのは、2時をまわっていた。 
娘のお下がりの自転車なので、結構タイヤにもぼろが来ている。 劣化してひびも入っている。 やむを得ないのでタイヤごと交換した。 5110円。 痛い出費。
でも、自転車をこぎ出すと、ものすごく軽く感じる。 ちょっとうれしい。 地下鉄乗って10日往復したと思ったら元は取れるか。
自転車屋さんから出るとき店員さんから一言「ブレーキパッド、かなり擦り切れてますから、交換して下さいね」  これで、チェーン、タイヤに引き続き、ブレーキまで交換か… 結構お下がりでも掛かるものだ。 

実況見分調書の落とし穴

交通事故が起こると、多くの場合、どのような事故だったのかを明らかにするために、実況見分調書が作成される。 よくあるのが、「最初に相手の車を発見したのが①の位置で、そのとき相手の車はAの位置にいました。」「私が危険を感じたのは②、そのときの相手はB」「ブレーキをかけたのが③」・・・・・

というように続くパターンのもの。
 このような場合、発見してブレーキを踏んだのは、ほぼ同じ地点となっていることが多い。 しかも、それが、ブレーキ痕の着いている場所辺りであることが多かったりする。
運転免許を持っている人なら、免許講習などでよくわかっていると思うが、ブレーキを踏もうとして実際にブレーキがきき出す(そこからしかブレーキ痕は着かない)のは、数メートル先となる。 空走距離といわれる危険を察知しブレーキペダルを踏み込むまでの時間があるからだ。 時速50キロメートルでは、約14メートルの空走距離があるといわれる。
 しかし、実際の実況見分調書を見ると、この空走距離を無視したものがかなりある。 まぁ、そもそも、最初に相手を派遣した位置は? なんて聞かれた、正確にその場所を指示できるような人はまずいない。 急ブレーキなんて必死になっているんだから、ブレーキを踏んだ位置なんて覚えている方が不思議なくらいだろう。
 ところが、これが一旦調書としてできあがってしまうと、かなりいい加減な図面でも裁判の場ではそれがそのまま通用してしまう。 物理的にあり得ないんじゃないか、というような車の傾きになっていたとしても、それがそのまま事実認定の前提となってしまう。
なので、実況見分調書に立ち会わざるを得なくなったような場合には、たとえ実際とは相当異なっていても一旦できた調書の内容が「真実」として扱われるということを覚悟しなくてはならない。
 少しでも、そんな思いをしないためにも、また無駄な争いを避けるためにも、車の標準装備としてドライブレコーダーの設置を検討するような時期にきているように思われる。 

風立ちぬ

ジブリ映画が20日から公開されます。

映画館に足を運ぼう。
その宮崎駿監督の、スタジオジブリの小冊子『熱風』7月号に寄稿している記事、
「憲法を変えるなどもってのほか」
「憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんてもっての外です。本当にそう思います。」

全く同感です。

憲法は、権力者を縛る道具です。 憲法を守らなければいけないのは、国会議員や大臣です。
ところが、その憲法擁護義務を負っている議員や大臣が、(国民が要望もしていないのに)憲法改正を唱えるなんてとんでもないことです。 自民党の唱えている憲法案の中には「国民に憲法を守らせる」条項を入れようとしています。憲法を知らないにもほどがある。 守らないといけないのは権力者です。

こんな、憲法を知らない不真面目でろくでもない議員は、国会の場から退散を願いましょう。
憲法を知らない、と指摘され、逆ギレした安倍晋三なんて議員ましてや総理大臣の資格はありません。 
 私たちは、政治家に「憲法を守らせないといけない」のです。
 憲法をまもり活かせる議員を選ばないと、未来の子どもたちに禍根を残すことになってしまいます。

取り立て行為に一喝 !!

「大至急 必ず連絡下さい」「誠意を示して、解決に、ご相談下さい。」
怪しげな文字が並ぶ。 
20年以上も前の借金で、判決がとられていることさえ知らなかったということで、本当に借金が残っていたのかも怪しい。 そこで、「消滅時効」を援用しますという書面(内容証明)を送ったところ、なんと、強制執行を申し立ててきた。 請求金額75万となっている。 ところが、なんと、元本は6万円。 年率40%である。
単なる最後の嫌がらせか、と思っていたら、今度は 「執行不能も解決迄請求続行します  為念!!」 と手書文字の付記された「催告状」なる書面を送りつけてきた。 
電話も頻繁に掛かってくる。  本人は、ノイローゼになりそうになり、電話の電源も入れられないような状況に追い詰められている(誰かにかけるときに電源を入れると催促の電話が掛かってくるというような状態)。
そこで、債務不存在確認と、請求行為を違法として損害賠償を求めて提訴した。
その中で、実は、この借金といわれているものは、10数年以上前に連帯保証人が全額支払っていたことも判明した。  訴訟では、争う姿勢は示すものの、法廷には出てこない。 それでも、督促の電話を止めない。
さすがに裁判所もあきれたのか、(もともと)少額ではあるが、損害賠償も全額認める判決を下した。 今年の6月(先月)のこと(まだ控訴期間中)。
まぁ、任意に支払ってくることはない(はずだ)から、どうやって回収しようか、ただいま検討中と言うところ。
なお、判決が出てからは、今のところ、督促の電話は掛かってきていないようだ。

無理をしてでも

今週1週間(6月1日~7日)、映画「約束」(名張毒葡萄酒えん罪事件、無実の死刑囚奥西さんが主人公)が、京都シネマで夕方6:40から上映される。

京都シネマでは、毎日1回の上映で、今週だけ夕方からの上映となる。 6月8日(土)~14日(金)は午前11:20から。
夕方、(本当は余裕がないが・・・)無理をしてでも見に行かねば。 京都シネマは、四条烏丸下ル西側COCON烏丸3階。
奥西さんは、今87歳。 ご存命中になんとか再審開始を、と願うばかり。
司法の誤りは司法しか正せないのだから、裁判所には裁判所の役割を果たしてもらいたい。 命あるうちに。

まる紐と平紐

山用の靴だけではないような気もするが、このところ、靴紐のタイプとして「丸紐」が多くなってきているような気がする。 値段だけ見ると、これまで一般的だったと思う平紐とそんなに変わらない。 なので、コストだけで、丸紐が増えてきたということでもないような気もするが、たいがい、経費の問題とか手間暇の問題が絡んでいるので、この場合は本当はどうなのか気になるところだ。

仮にコストの問題ではないとしても、この傾向で気になるのは、平紐と比べて、丸紐はほどけやすい、ということが余り認識されていないように思われる点だ。 山靴で、紐がほどけるということは、一歩間違えると 気がついたら谷底へ、ということも生じかねないという危険が伴う。 大袈裟と思われるかもしれないが、山の事故なんて、ほんのちょっとの油断から起きることの方が多いといってもいい。 アイゼンでスパッツを引っかけてバランスを崩した、とか、ザイルを踏んでしまってよろけた、とかで、運が悪ければ何百メートルも滑落する。 
なので、私としては、できるだけ平紐を選ぶ。 やむなく丸紐しかない場合は、フックに掛けるところは、上から下に輪っかができるように通す。 最後のむすびは、蝶々結びのところを二重に捻るようにする。 そうすると、少しはほどけにくくなる。 マラソンの時などにもちょっとのことで解けにくくなるから便利。
ところで、飛行機や鉄道でも、儲けようと思うと儲けに繋がらない安全対策に掛ける費用から削ってしまうのが企業論理。 安全神話にしがみつく原発なんて典型的(原発の場合対策のしようがないが)。 身近なところからでも、安全を考える傾向からは、やっぱり、電気は自然エネルギーに切り替えた方がいい。 

境界争い

建物を建てる場合、境界線から50センチメートル以上離さないといけないというルールがあります(民法234条)。 ですので、原則どおりだと、家と家の間には1メートルの空間ができるはずです。 ただ、それとは違う慣習があればそれによるのですが(236条)、どんな慣習があるのかは地域により異なることもあって正直はっきりしないことがむしろ普通でしょう。 
 京都の町並みで、そんな原則どおりに家が建っているところは返って少ないかもしれません。 
 それは兎も角、家を建て替えようとしたところ、突然境界争いが表面化することがよくあります。 実は、役所の図面でも、はっきりしていないところがかなりあります。 建築が終わってしまうと、越境していても回復することは非常に困難となってしまいます。
では、これをどうすれば解決できるのでしょうか。

 土地の境界(公法上の境界で、筆界(ひっかい)ともいいます)について争いがある場合、これまでは「境界確定訴訟」によって定めるしかなかったのですが、2005年には筆界特定制度が創設されました。 
 これは、境界紛争の当事者から申請があった場合に、各地の法務局長が専門家を筆界調査委員に任命して、法務局に新設する「筆界特定登記官」が筆界調査委員の意見を参考にしながら境界を特定するというものです。

 ただ、この「筆界特定」によって境界を特定しても、実は、新たな筆界の形成、確定までの効力はありません。 ですので、やはり従来の境界確定訴訟も必要となります。 
 実際に境界について争いが生じる場合、境界石などの目印になるものがない場合が多く、ひさしなども空間的に重なっているケースもあって、もともとどうなっていたのかよくわからないことも多々あります。 測量図や登記所の公図、古地図、土地の利用状況、昔の事情を知る近所の人の話など、いろんな資料に基づいて決めるしかありません。 ただ、一般の訴訟と違い、裁判所は争いになっている当事者の主張を無視して独自の判断で境界の位置を決めることもできます。 境界争いはまさに隣の人との争いになるので、できれば避けたいところですが、紛争を今後に残さないためにもある時期はっきりさせるようにした方がいいのかもしれません。 放っておくと、時効取得とか主張されかねませんので、権利は自分で守る必要があります。

日常的な出来事は、ブログ「歩け。あるけ。」ものぞいてみてください。

財産分与と退職金

離婚の際、離婚自体は合意できる場合でも、子どもの問題と財産関係の処理については、問題となることが多くあります。 

今回は、財産をどうするのか、の中から、財産分与を取り上げてみました。 この財産分与(民法768条)は、離婚の時から2年経つと請求できなくなります。
既に支払われた「退職金」が残っているのであれば、もちろん分与の対象財産となります。退職金は、給与の後払いという性質もあるといわれていますので、給与の中から貯蓄した預金などと同じように扱われます。
ただ、支払われた「退職金」を既に使ってしまって残っていない、という場合には、対象となる財産自体がないわけですから、分与の対象とはなりません。 多くの場合、やっぱり無い人からは取れないんですね。
では、支払われるとしても2年以上先という将来の見込みの場合であればどうでしょうか。
裁判所での扱いとしては、近い将来退職金を受領できる蓋然性が高い場合には分与の対象とされる可能性が高くなります。
 ただし「近い将来」は何年先をいうのかは明確ではありません。 非常に曖昧ですね。
裁判例では、5年先、8年先という場合にも対象としたケースがあります。
今のような不安定雇用状況の下でも同じようになるのかどうかは、不透明ですが、退職金しか対象となる財産がない、というような場合には、比較的長期でも認められるようです。
ただ、対象となるといっても、現時点ではないのですから、どう計算するのかについては、いろんな方法があり、これといって定まっているわけではありません。 ケースバイケースで対応するしかないというのが実際のところでしょうか。 

自転車(に・も)注意!

このところ、自転車の絡む交通事故が多発しているようです。 自転車事故についての、「過失相殺」について、まとめたような書籍も出ています。

ところで、自転車は、日本だとどうしても「歩行者」に近いものというイメージが強くあるように思われます。 そのため、自転車は歩道を走るべきだと考えている人も多いといわれています。
しかし、これは日本に限定されているような発想なんだそうで、ヨーロッパなどでは、自転車は、「車両」なんだから、歩道は走ってはいけない、車道を走るべきだ、という指導がなされています。
交差点に進入してくる自転車を車道を走行している車からどれくらい認識できるのか、という調査がなされたことがあります(左折の際の巻き込み事故中心)。 その結果、車道を走行してきた自転車は7割程度の車両が認識する(見落としにくい)のに対し、歩道を走行していた自転車が交差点に進入する場合4割程度しか認識できない(見落としやすい)のだそうです。 
車に乗っている感覚からすると、なるほど、と思うような割合です。 
ある団体では、日本でも、自転車は車道を走るようにした方がいいという提言も出されているようです。
道交法上、自転車も立派な「車両」です。 左側通行が大原則。 夜間「無灯火」は御法度です。
歩道上では、対歩行者との関係で「徐行義務」もおっています。 自転車で人をはねて、数千万の賠償義務を負わされた過去の例もあります。 注意して走行するとともに自転車でも任意保険に入っていた方が万一の時には助かります。 自動車保険のオプションにも入っているのもあるようですので、検討されることをおすすめします(保険会社の回し者ではありませんが)。

財産分与と税金

財産分与。 離婚の時には大体問題になり、争いの種になったりします。 慰謝料とともに、離婚給付の一つです。

財産分与は、マジックワードのようなところもあって、基本は結婚中に築いた財産の清算ですが、今後の扶養や慰謝料的な意味合いも含めることもあります(最判昭和46年)。 気分的に「慰謝料」と言われると抵抗があることが多いので、「財産分与」の中に含めてしまおうというものです。 「解決金」というような言い方をするのも同じような発想でしょう。
ところで、この財産分与、金銭で支払われるような場合には、給付する者に課税は生じません。 ところが、家などの資産でもって行うと譲渡所得の「資産の譲渡」に当たってしまいます。 
これについて、実質的に夫婦共有財産だから、分かれるんだったら、それを分けるだけなのに、なんで「資産の譲渡」に当たるんだ、と言う強い反対の意見もあります。 私も、これはおかしいと思っています。 ですが、裁判上は、確定していると言われており、当分変わりそうにありません。
仕方がないので、この対策を考えないといけません。
婚姻期間が20年以上であれば、夫婦間の土地建物の分与には、贈与税の配偶者控除の特例を受けられる道があります(相続税法21条の6)。 この控除を受けるためには、離婚をする前に贈与をしましょう。 控除されるのは2000万円まで。
20年に満たない場合、相続税法の配偶者特別控除は受けられません。
さてどうしたものか。
この場合には、給付する側が、居住していた建物(土地も含む)を譲渡する場合には、居住用財産の特別控除が受けられる可能性を追及してみましょう(租税特別措置法)。 注意がいるのは、この場合、譲渡を受ける相手が、配偶者や身内のような関係にある場合には、適用されないことです。
そこで、まず離婚を成立させ、当事者間は赤の他人になった後に(事実婚関係があるとまずいので、完全に別れる必要があります)贈与をすれば、この適用の可能性があります。 控除は3000万円まで。
離婚届を出す前にするか、後にするか、これは結構影響が大きいので、慎重に対処する必要があります。 
もともと、実質的共有財産を分ける財産分与に課税をすることが根本的におかしいとは思いますが、一般人から税金を取ることには目の色を変えるお役所相手では通じないようです。

与島

連休、瀬戸大橋を通る機会があり、瀬戸大橋を渡る途中に、与島PAに立ち寄ってみた。 

橋ができるまで、与島は、瀬戸内海に浮かぶ静かな島だったはずだが、巨大な橋桁が島全体を覆い隠すかのようにそびえ、多数の車両や、電車が走っている。
与島PAの外周に、歩道が設けられている。 いったいどこまで行くのかと歩いてみる。 途中、このまま行ってて果たしてPAに戻れるのかと不安になるが、遊歩道? は続いている。 巨大な橋桁と道路が頭の上の方にある。 なんか不思議な光景に思える。 遊歩道のトンネルをくぐって、階段になっている道が続いている。 ここまで来たら、引き返す方が長くなるような気もしてきた。 で、更に進むことにする。
そうすると、どんどん橋桁の下の方に行き、民家に通じる道路におりてしまった。 丁度そのとき、頭上をJR列車が走っていった。 橋桁の下は、結構な騒音と、何となく振動も感じる。 
JRは、人が寝静まっている深夜(というか早朝)にも走っている(と以前ニュースで聞いた)。 この騒音は、安眠を妨害するだろう。 それまでの静かな町は、あっという間に橋桁に日光や風を遮られる、騒音だらけの町にされてしまった。 住んでいる人にしたら堪ったもんではないだろう。 
下におりなければ、こんな実情を感じることさえなかった。 単なる観光客の1人として、騒音と排気ガスを残していくだけだ。 通過する人は島に降りる訳ではないので(あくまで自動車道路の一部であるPA止まり)、町には外貨も落ちない。 
島に暮らす人にとっては、かけがえのないものを奪われ、公害のみをもたらされた、そんな印象を受けた。
たしかに島の道から一応PAに入っていく道はあるようだったが、それがどれほど生活の利益(や島の経済的利益)になるのだろうか。 舟を使わず、車で四国や本州に移れることは、便利と言えば便利だけど・・・ 奪われたものの方が遙かに大きいように感じた。

成年後見人と横領(最高裁判決)

先日(10月9日)出た最高裁判決。

成年後見人が、被後見人である養子の財産を横領した事件で、親族関係のある場合の特則を適用しないとした。

刑法244条には「配偶者、直系血族又は同居の親族との間で(中略、窃盗罪等)を犯した者は、その刑を免除する」と定められている。 その他の親族との間での一定の財産犯は「親告罪」とされている。
なんだ、これは? と思われる方も多いかもしれませんが、ようは、「法は家庭に入らず」。 家の中でのもめ事はその家の中で解決してね、そこまで国家が入り込みませんよ、ということだ。 家制度の名残なのかもしれない。
横領罪についても244条が準用されているので(刑法255条)、親族間で、横領罪となる行為をしても、「免除」つまり罰を受けなくてもいい、となる。 なので、普通は、起訴もされない。
しかし、後見人は、家庭裁判所により選任されており(任意後見は少し違うが)、その取り扱う事務には「公的性格」があるので、後見人は、被後見人のためにその財産を 「誠実に管理すべき法律上の義務」を負っている。 
つまり、後見人という地位にある以上、単純に「家庭の問題」にはとどまらないですよ、ということである。
そこで、最高裁の判決では、「成年後見人が業務上占有する成年被後見人所有の財物を横領した場合、成年後見人と成年被後見人との間に刑法244条1項所定の親族関係があっても、同条項を準用して刑法上の処罰を免除することができないことはもとより、その量刑に当たりこの関係を汲むべき事情として考慮するのも相当でないというべきである」 と判示した。
養子の後見人となった養親が、その養子の財産を使い込んだ場合、実刑となっても仕方がないとの判断だ。
成年後見人として、他人の財産を誠実に管理すべき立場にあれば、そこは、親族間であっても他人と同じ、ということになる。 
成年後見人の地位を濫用して、財産を自分の物みたいにして使い込むと、処罰されても仕方ない。ただ、財産の使い方によっては「横領」とは当たらない、としないとややこしい事態にもなりかねない。
その当たりは、常識的な判断にまかされると思われるが、いずれにしても、後見人になった場合は、襟を正さないといけない。

前科

前科があると、「あーまたやったのか」という発想になりがちです。 そんな前科という事実によって、犯人かどうかを決めてもいいものでしょうか。

先週、最高裁で、前科による事実認定に関するひとつの判決が出されました。 似たような犯罪を前にもしたことがあるから有罪だ、という原判決に対して、前科によって犯人だと判断するためには、単に似たような前科があるだけではだめで、余程特別な特徴を持っていなければ、犯人性を判断する証拠としては使ってはいけません、というものです。
なぜか。 
前科を事実認定(特に犯人との同一性)に使わないといけない、という事態は、要するに証拠が足りない場面です。 事件現場に犯人が残した証拠だけでは、誰が犯人であるのかは決められないという時に、「またやったのか」という先入観を抱きやすい証拠(前科)で持って事実認定をすると、どうしても思い込みが優先してしまい、誤判が生じる危険があります。 
そこで、最高裁の判決では、「前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似するこから、それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって、初めて証拠として採用できる」としました。
この事件では、盗みに入ったが、満足するものがなかったので、腹いせに放火した、という事案でした。 それについて、動機としては窃盗犯にはあり得ることであるし、放火の方法も別段特殊ではない、ということから、前科犯罪事実と似たような犯罪ではあるけれども、それだけで、今回も犯人だという決定的な証拠とは出来ません、と判断しました。
怪しい、というだけでは、犯人には出来ません、という至極もっともな認定です。 
これが、例えば、特別な発火装置を用いた犯行だ、なんてことであれば、有罪となり得るのでしょう。
「前科」は、とても危険な証拠です。 模擬裁判の時にも、30年くらい前の前科が出されたとたん、それまで「無罪」としていた裁判員が多数「有罪」に変わりました。 扱いには本当に慎重な態度が必要になります。 そのあたりに警鐘を鳴らす判決だったんだと思われます。

接見室

逮捕されたり、勾留されたりした場合、留置施設等に閉じ込められてしまう。 それでも、普通は誰でも会うこと(接見)ができる。 ところが、とにかく孤独にして自白をとりたいという捜査官は、すぐに「接見禁止」を求め、裁判官がこれまたすぐに認めてしまう。 困ったものだ。 身体拘束中に外の世界との連絡が取れないことがどれだけ人を圧迫するのか、全然わかっていない。

そんなときでも、弁護人は会うことができる。  それも、一般の接見と異なり、立会人はない。
そんなとき、「職員からこづかれてけがをした」と訴えられたらどうするか。 けがは時間とともに治ってしまう。 そうかといって、留置所内で「証拠保全」なんてそう簡単にはできない。 
そんなときは、ためらわず写真を撮って、私的に「証拠」を「保全」する必要がある。
ところが、とりわけ、拘置所は、写真撮影を禁止、といって圧力をかけてくるケースが目立ってきた。 福岡で軟禁された弁護人のケースもあるが、東京では、写真撮影をしたというだけで弁護士会に対し「懲戒請求」をしてきた。 岐阜でも問題になっている。
国家機関(拘置所)が、懲戒請求なんかしていいのか、という問題はさておき(これはこれで大問題)、写真撮影がなぜ問題なのか。 
拘置所側は、個人(被疑者ら)のプライバシーなども理由の一つにしていたが、こんなのは当然同意の上でやってるんだから問題にならない。 根強くいうのが、施設管理権、写真撮影により逃亡の恐れが生じるらしい。 正直「何を馬鹿なことを!」という気がするが、理屈の上ではそれくらいしかないのだろう。 ただ、そんな理由で制約の根拠となるとは思われない。 弁護活動として必要がある場合には、拘置所からなんといわれても譲れない。 そういう場面には遭遇したくはないが・・・

再審開始決定、、、異議・・・

東京高裁で、再審開始決定が出た。

東電OL殺人事件で、第三者の関与が疑われる、確定した裁判でこの証拠が出されていたら有罪とはできなかった可能性が高い、ということで、高裁は再審を開始するのが相当であると判断した。
もともと、第1審が無罪の事件である。 その時点で、「合理的な疑い」が有ったわけだ。 もし、それでも控訴審で逆転「有罪」とするのであれば、本来なら、あらゆる「無罪仮説(無罪の可能性)」が成り立ち得ないことを具体的に示さなければならないはずであった(今年2月13日に出た最高裁判決がその旨を判示した)。 本当なら、原審で無罪となり、再審なんて問題にしなくてもいいはずの事件だった。 それをいい加減な推論だけで(科学的な鑑定を無視して)逆転有罪としたのが、元々の判決で、それを最高裁が追認してしまっていたのだ。
その重要な「証拠」は、原審段階から検察の手元にあった。  それを隠してきた。 国家機関が、圧倒的な権力の元でかき集めた証拠の内、有罪となりそうな証拠だけ出し、無罪方向に働く証拠は「隠す」。 それで「有罪」となったからといって本当に治安の維持になるのか。 「無実」の人を苦しめ、真犯人をほくそ笑ますだけではないのか。  国家が集めた証拠は、少なくとも弁護人には明らかにすべきだ。 99.9%有罪の裏にはこんな事情も隠されている。 えん罪がなくならないはずだ。
ところが、またまた検察は、異議申立。 恥の上塗りはやめた方が国益にかなうと思うが・・・

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