10月15日、大津地裁で、6回目となる三者の打合せが行われた。その席で、検察側から、一部の証拠開示がなされること(57点)が示された。検察は、メディアに対し、『再審で有罪を主張せず、有罪立証もしないため、弁護側が防御を準備するための新たな証拠開示は必要性が乏しいと考えるとしながらも、「証拠開示をめぐるやりとりを早期に終結させ、再審公判が迅速かつ適切に進められて、できる限り速やかに再審判決に至るよう、証拠開示の要件にかかわらず、幅広に証拠を任意開示することとし」たと、今回の新たな証拠開示は弁護団の求めに応じた対応であることを強調しています。』、と言うような説明をしているようである。
しかし、その説明をそのまま受け容れることはできないであろう。まだ、開示されるとされている証拠を見ていないので(現在謄写の手続中)正確なことは言えないが、本来であれば開示されなければならない証拠が全て含まれているとは思われない。
阪原さんが、アリバイの主張であるH宅での宴会参加につながったその日の行動を、捜査側は、強引に1日ずらせて事件後の行動と仕立て上げた。しかし、その結果、滋賀の人間なら、おそらくあり得ないであろう日程の設定になってしまっている。阪原さんは、28日に訪れたと言っている。他方、訪問先の家に里帰りをしていた人は、餅つきをしていた日に阪原さんがお祓い?(手かざし)に来ていた、と説明をしている。それを、1日ずらすと29日なってしまう。それがどうした?と思われるかもしれないが、田舎の風習を馬鹿にしてはいけない。私は、日野町の隣町にて幼少期を過ごしたが、年末の餅つきは29日には絶対に行わないと言う風習があった。「苦(9)の餅は突かない」と言って、通常は28日に行っていた。30日でもいいのだが、30日だと大晦日の晩(31日)に、餅を切ろうとしても、ちょっと柔らかすぎて切りにくい。28日についた餅が堅さ的に切りやすかった。
正月のお雑煮は、丸餅を使うところも多いと思うが、うちでは大晦日の晩に切った切り餅を使っていた。新年を迎えるのに、苦の餅は使ってはいけないのである。
しかし、捜査機関は、それを証する証拠を集めていたはずであるが、証言をした人が、タイムカードを見てもらえれば分かると言っているのにそのタイムカードはない。証拠収集をしていないはずがないのに、「無い」ことになっている。今回開示をするという証拠の中に、タイムカードと思われるような表題のものは含まれていなかった。捜査側に都合が悪いから、無いことにしてしまっているとしか思われない。被害者の爪と一緒である。ある一定の段階まで、保管されていた記録があるのに、爪は、今回もまた「不見当」という回答であった。証拠物がなぜ突然消えてしまうのか。
要は、「幅広に証拠を任意開示する」と言いながら、肝心の証拠はあくまでも隠している、そうとしか考えられない。そんな姑息なことをしておきながら、公判が始まらないのは、あたかも弁護側が道理のないことを言っているかのように装おうとしているのだ。