1. 2026年5月

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再審見直し案?

5月1日朝日新聞に「再審見直し案 妥結か断念か」という記事が載っている。法制審の再審法改正案について、自民党内での議論で異論が出ている。

再審法の改正は、死刑判決確定から44年(逮捕されてからは58年)という途方もない時間の後、再審が開始され無罪となった袴田事件を契機として、冤罪被害者の救済のためにと議論が始められた(もっと前から議論はされていたが立法化の作業までは全く至っていなかった)。冤罪に苦しめられている人を救うことこそが、改正の課題であった、ハズだった。誰かが解散総選挙をごり押ししたために廃案になってしまった議員立法法案は、まさに冤罪被害者救済のための法案となていた。

ところが、法制審という検察の別組織とでもいうべきところが作ってきたものが、今自民党内で議論のされている改正案であるが、その内容たるや、あまりにもひどすぎる。検察は、冤罪を自ら作ってきたという反省が微塵もない。無実であるにもかかわらず長年に亘り獄中に閉じ込められている人の1年や2年など考慮するに値しない、とでもいっているに等しい。自民党内で議論が紛糾するのは、ある意味当然である。

再審開始決定に対し、検察の異議申立を禁止するということについて、「安易に再審公判に移行すれば、法的安定性が著しく害される」として反対をしているとある。あきれてものが言えない。これまで、「安易に」再審開始決定が出されたことがあったのか。馬鹿も休み休みに言え、と言いたい。無罪に繋がる証拠も何年にも亘り隠し続けておいて、ようやく辿り着いた再審開始が、「安易」とは、これまでの冤罪事件を全く理解していない、理解しようともしていないとしかいいようがない。その姿勢がこの文言に色濃く表れている。

私たち(請求人、日野町事件弁護団や支援者ら)が、26年も掛けてようやく得たものが、「安易」とでも言いたいのか、死刑の恐怖に毎日毎日さらされてきた袴田さんの得た開始決定が「安易」に出されたとでも言いたいのか。確かに、検察は、恥知らずにも袴田事件の再審公判でも、「死刑」を求刑している。1年も味噌に漬かった血のりの付いたシャツの赤みが残っているなど現実的にあり得ない。捜査機関による証拠捏造で1人の命を奪おうとしていたことについて、全く反省もしないし、証拠をまともに見ようともしない。兎に角、1度出した結論は、それが大間違いであっても維持しないといけないというのが、法制審の発想としかいいようがない。

法制審の出した改正案なら、ない方が遙かにましだ。誤った判決が維持されていることが「法的安定性」に資する、とは、被害者の苦しみを全く理解もできない、理解をしようともしない、いかにも検察らしい発想ではある。おそらく、検察には冤罪という概念が存在しないのだろう。しかし、現実には、冤罪に苦しむ人が何人もいる。だから、本来の「公益の代表者」であるのであれば、救済の芽を摘むことがないことにこそ腐心すべきなのである。法制審の案は、それこそ廃案にするしかない。

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