1. 2026年4月

2026年4月アーカイブ

さくらの季節は過ぎ去った・・・

トリノオリンピック(冬期)の翌年(2007年)2月、我が家に小さな黒い塊がやってきた。スリッパにも入るくらいの1㎏くらいの子犬の名前を「さくら」と名付けた。うちの娘が当時小学5年生だった?ころで、毎日毎日ちょっとずつ大きくなっていくのが分かるくらい大きくなっていった。といっても、標準のラブラドールレトリバーは、成犬で、当時25㎏~40㎏といわれていたが、さくらは22~23㎏くらいの大型犬にしては小さなサイズで、大きめの中型犬と変わらないくらいだった。

毎朝、1時間ちょっと双ヶ丘を中心に散歩に行っていた。

平均寿命は、大型犬は14~5歳といわれていて、16歳なら「長生きですねぇ」と言われる。そんな中で,さくらは、16歳、17歳でもかなり足は弱ってきてはいたけど、毎日双ヶ丘に通っていた。双ヶ丘で毎日走り回っていたから、筋肉もしっかり付いていて、長生きできたんだと思う。双ヶ丘で出会うワンちゃんは,結構長生きが多い(個人的な感想です)のは、運動量が多いからだろう。

そんなさくらも、双ヶ丘まではカートに乗せて,山の中だけ自力でゆっくりゆっくり歩いていたころから、18歳になると、なかなか自力では歩けなくなってきた。18歳半ば頃からは,ほぼ寝たきりで、要介護5といってもいい状態だった。それでも、1月の誕生日に19歳を迎えるまでは、流動食をスポイドで流し込むと、コクコクと飲めていた。固形のご飯も気分によってはゆっくりかんで食べられていた。それが、だんだん食べられる量が減り、最後は水も口を素通りするようになった4月16日の翌朝、遂に虹の橋を渡っていった。家族が起きてくるまでは待っていてくれたみたいで、でも、娘が帰ってくる夜までは待てなかった。

4月半ば、遅咲きの仁和寺の御室桜も、4月17日にはほとんど散っていた。19回目の桜の季節を迎えること自体、奇跡みたいなものだけど、今年の桜の季節を迎えてから(今年もさくらと一緒にちょっとした花見はできた)、さくらは旅立っていった。

19年も一緒に暮らしていると、家族そのものだから、いなくなると、なんか違和感がある。毎朝、起きてきても、さくらがいない。小さな骨壺と薄い紙1枚の遺影だけになってしまった。火葬で見送ってから今日で5日経つが、まだ、なんか帰ったら迎えてくれそうな気がする。

 

再審法の改正・日野町事件から

今、自民党内で再審法改正について、法制審案が叩かれています。法制審の案が自民党内でダメ出しされることは珍しいことですが、ここは、なんとしてでも大幅な内容修正がされないと、将来に亘って取り返しの付かない禍根を残すことになります。

なぜか。それは、法制審の案では、多くの救済されるべき冤罪被害者の救済が図られなくなってしまう可能性が今よりも大きくなってしまうからです。

日野町事件では、再審開始が確定するまでだけで、事件から41年、阪原さんが逮捕されてから38年、大津地裁で最初の再審開始決定が出てからでも7年7ヶ月もかかっています。その間に阪原さんは受刑者のまま病気で亡くなっています。これまで、再審開始は、針の穴にらくだを通すがごとし困難(普通考えたら不可能)なこととされてきました。それほど、確定した判決が完璧なものだから(再審が認められない)、のでは全くありません。なぜこんなので有罪になるの?と思えるような判決は、今でもかなりの数を数えることができます。ところが、そんな有罪方向に偏ったとしか考えられない判決でも再審は認められて来ませんでした。

それは、税金で集めた証拠であるにもかかわらず、冤罪者側はその存否さえ把握できない状況におかれており、それを打開する法律が存在しなかったからです。これまで、再審が認められて、無罪となった多くの事件では、捜査側の手元に隠されていた証拠が明らかになったことで、道が開けてきました。日野町事件でも、捜査の不正とも思えるような、調書に使われた写真の利用方法がわかる証拠が、約30年後に開示されたことから、再審請求審の流れが大きく変わってきました。しかも、この証拠は、当初、弁護団でもまさかこんなことがあるか、とは思っていなかったものでした。湖東事件でも、まさか捜査段階で、事件ではなく事故の可能性がある,とした法医学者の書面が出てくるとは思っていなかったのではないでしょうか(再審開始が確定してから開示されたものだったと思いますが)。

ですので、証拠は全面的に開示がなされるべきで、請求する側が再審開始の理由として位置づけた論点との関連性があるものに限られるなどとの制限は絶対に行ってはなりません。このような制限があれば、日野町事件では、ひょっとしたら再審開始はまだ出ていなかったかもしれないのです。それほど切実な問題です。冤罪被害者を救済する、という再審法改正の当初の問題意識からは、ここに制限を持ち込むなどあり得ない発想です。法制審≒法務省≒検察官という、本来は改善の対象となるべき当事者が、その問題点を改正をしようとしても、だいたい組織防衛に走ってしまいます。案の定、法制審の「改正案」は、現状よりも悪くしかなっていません。再審法の改正は、検察の影響が少ない、立法府である国会にこそ任せる必要があるのです。

再審開始の決定に対する検察の異議(抗告)についてもしかりです。が、ここはまた機会を改めて。

 

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