トリノオリンピック(冬期)の翌年(2007年)2月、我が家に小さな黒い塊がやってきた。スリッパにも入るくらいの1㎏くらいの子犬の名前を「さくら」と名付けた。うちの娘が当時小学5年生だった?ころで、毎日毎日ちょっとずつ大きくなっていくのが分かるくらい大きくなっていった。といっても、標準のラブラドールレトリバーは、成犬で、当時25㎏~40㎏といわれていたが、さくらは22~23㎏くらいの大型犬にしては小さなサイズで、大きめの中型犬と変わらないくらいだった。
毎朝、1時間ちょっと双ヶ丘を中心に散歩に行っていた。
平均寿命は、大型犬は14~5歳といわれていて、16歳なら「長生きですねぇ」と言われる。そんな中で,さくらは、16歳、17歳でもかなり足は弱ってきてはいたけど、毎日双ヶ丘に通っていた。双ヶ丘で毎日走り回っていたから、筋肉もしっかり付いていて、長生きできたんだと思う。双ヶ丘で出会うワンちゃんは,結構長生きが多い(個人的な感想です)のは、運動量が多いからだろう。
そんなさくらも、双ヶ丘まではカートに乗せて,山の中だけ自力でゆっくりゆっくり歩いていたころから、18歳になると、なかなか自力では歩けなくなってきた。18歳半ば頃からは,ほぼ寝たきりで、要介護5といってもいい状態だった。それでも、1月の誕生日に19歳を迎えるまでは、流動食をスポイドで流し込むと、コクコクと飲めていた。固形のご飯も気分によってはゆっくりかんで食べられていた。それが、だんだん食べられる量が減り、最後は水も口を素通りするようになった4月16日の翌朝、遂に虹の橋を渡っていった。家族が起きてくるまでは待っていてくれたみたいで、でも、娘が帰ってくる夜までは待てなかった。
4月半ば、遅咲きの仁和寺の御室桜も、4月17日にはほとんど散っていた。19回目の桜の季節を迎えること自体、奇跡みたいなものだけど、今年の桜の季節を迎えてから(今年もさくらと一緒にちょっとした花見はできた)、さくらは旅立っていった。
19年も一緒に暮らしていると、家族そのものだから、いなくなると、なんか違和感がある。毎朝、起きてきても、さくらがいない。小さな骨壺と薄い紙1枚の遺影だけになってしまった。火葬で見送ってから今日で5日経つが、まだ、なんか帰ったら迎えてくれそうな気がする。