5月19日(火)、大津地裁で三者協議が行われました。弁護団からは、検察官にどのような立証をしていこうとしているのかを明らかにしてほしい、と再三に亘り申し入れていました。しかし、検察とはこういうところだという予想どおり「現在検討中で答えられない」という回答に終始しました。予想できたとはいえ、「早期対応」をすると言っていてこの状況、しかも、その態度表明は、次回期日(6月19日)に「口頭」で行う、それまでギリギリまで検討したい、ということを真顔で宣っておられます。1日か2日前でもいいから書面での意思表明はできないのか、と求めても、応じようとはしません。大津地裁の再審開始決定から既に7年10ヶ月経過していてこの態度です。ありもしない抗告理由を並び立てて、再審公判の開始を妨害し続けてきておいて、更にこれから開始される再審公判でも冤罪被害者の救済を妨害し続ける、これが今の検察組織の実体です。
この人たち(検察≒法務省)の提案する再審法改正案が、冤罪被害者の救済など欠片も考えていない、実質改悪案であることが、こういうところにも現れています。検察異議について、原則抗告禁止にしても、例外があれば、それを主張しないことなど考えられません。なので、完全に禁止でなければ意味がありません。それとも、日野町事件での抗告申立が、改正案なら申立てていなかった、つまりいい加減な根拠しかないけれど申立てていました、ということを「自白」するのでしょうか。今の検察がそんな正直に自らの悪態を認めるとは思われません。そもそも、身代わり犯人発覚のような再審請求(これは検察申立が多い)を除くと、幾多の冤罪事件の中で、再審開始が認められるケースは、数年に1度程度しかありません。それにも関わらず、再審請求審では、本当は当事者でさえない検察に異議を申し立てられることにしていること自体、本来であれば恥ずべき法律制度であることを自覚する必要があります。とある番組で元検察官が「無罪を出したがる裁判官がいる」などと発言していましたが、本当にそんな裁判官がいるのなら「連れてきてくれ!」と言いたい。そんな裁判官が1人もいなかったから、多くの冤罪被害者が泣かされ続けてきている現状を、検察官は、全く理解もできないのでしょう。
同時に(それよりも重要かも)、再審開始を導きうる重要な課題は、捜査側の握っている税で集めた莫大な証拠を、主権者である国民に対し、明らかにすること、つまり、証拠開示を幅広く認めることです。国会審議において、議連提出法案の内容にいかに近づけるか、これが冤罪被害者の救済が期待できる改正になるのかならないのかの試金石です。