1. 福山弁護士の「飲み法題」

福山弁護士の「飲み法題」

ボクが建設アスベスト訴訟に取り組む理由

 アスベスト(石綿)と聞いて、何を思い浮かべますか? 僕は小学校の理科の授業で、アルコールランプでお湯を沸かすとき、石綿付きの金網をビーカーの下に敷いていたことを思い出します。
 今、大工や左官など、建設現場で働く人たちの中で、アスベストが原因の肺ガン、中皮腫などの病気が増えています。
 アスベストは、耐熱性、耐火性等に優れており、安価であったことから、高度成長期やバブル期の建設ラッシュの時期に大量に輸入され、多くは建材に使われました。その結果、建設現場で建材を切断・加工したり、解体する際に、大量の石綿粉じんが発生し、建設業従事者がそれを吸い込みました。アスベスト輸入のピークは1974年と1988年です。アスベストは「静かな時限爆弾」と言われ、長期の潜伏期間を経て発病するため、今ごろになって患者が増加しているのです。
 本当は、国や企業はアスベストが危険なことを知っていました。戦前から、外国での報告や国内の調査で、石綿の危険性の報告がされていたのです。1972年には、肺ガンや中皮腫を発症しないという安全値はないこと、つまり低濃度でもガンになるということも明確になりました。ところが、企業は危険と知りながら、大量の石綿含有建材を製造・流通させ、政府も2006年まで使用禁止せず、流通を促進し続けました。これは人災です。
 経済のために、人の命が軽んじられる構造は、イタイイタイ病や水俣病、四日市公害訴訟をはじめ、エイズ、ヤコブ、肝炎等の薬害事件でも繰り返されてきました。これ以上繰り返されてはならない。そう思います。
 2011年6月3日、私たちは、関西建設アスベスト京都訴訟の提訴を行いました。同年12月には2時提訴、今年7月には3時提訴を行い、現在、原告は20名となっています。被告は国と企業43社です。
 今年5月には、横浜地裁で同種事件について、原告敗訴の判決が言い渡されました。
人の命より産業の方が大事という不当判決です。今、東日本大震災などで、震災がれきの処理が問題となっていますが、原告たちは、ボランティアの人たちがアスベスト粉じんを浴びるのではないかと心配しています。自分のことより人の心配をする、それが職人の心意気です。格好いいと思いませんか? それがボクがアスベスト訴訟に取り組んでいる理由です。(2012.7.24)

 

ワシも国会で考えた(その2)

◆国会や米大使館周辺ではデモは許可されないのだ!

 そもそもなぜこのような扱いがなされているか調べてみると、国会やアメリカ大使館前では東京都公安委員会がデモ自体を許可していないのだ。
 だから、もしも旗やのぼりの所持等を認めると、それが許可されていないデモに該当することになってしまうから、警視庁は主催者に対して「必要な指導」を行っているというのである。

 要するに、私は国会周辺でもデモを行っていたと思っていたのだが、あれはデモではなく「請願行進」だったということのようだ。
 何だか詐欺にあったような気分である。

◆根拠は東京都条例

 こうした扱いの根拠規定は、「道路その他公共の場所で集会若しくは集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは、東京都公安委員会の許可を受けなければならない」と定める東京都「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」第1条である。

◆条例によるデモ規制は違憲だ!

 しかし、この条例の規定によっても、なにゆえに国会議事堂周辺及びアメリカ大使館周辺だけ、デモを認めないのかということの説明にはなっていない。

 そもそも憲法21条の表現の自由は、人権の中でも優越的地位に立つと言われ、その規制については厳格な審査が必要というのが憲法学のイロハである。
 デモ行進を全て許可制として、国会議事堂及びアメリカ大使館周辺のデモについては一切認めないとか、旗や幟の使用を認めないといった扱いは、全く合理的根拠を欠くもので、上述の条例によっても合理化できないと思う。

 こういう時代錯誤の規制は一刻も早くやめるべきだ。
 デモを行う側も、これを既成事実として受け入れる雰囲気があるとしたら、それは由々しきことだ。
 不合理な規制はやめさせることを本気で考えるべきだと思う。

(第169回国会における山内徳信参議院議員の「国会ならびに駐日米国大使館周辺でのデモ行進などの規制に関する質問」及び平成20年6月13日付答弁書第143号参照)