1. 東京・神奈川・京都・大阪の建設アスベスト訴訟。最高裁で勝訴!
アスベスト訴訟

国と企業への勝訴が最高裁判決で確定したこと(一部破棄差し戻しを含む)、一人親方も救済されたこと、企業の共同不法行為が認められたこと、石綿建材が実際に被害者に到達したことの立証は不要でシェア等による到達の推認は合理的とされたこと等は大きな成果だ。

この訴訟は、最初の判決で国にも企業にも全面敗訴した。そこから各地の原告と弁護団、支援組合が力を合わせて、一歩ずつ道なき道を拓いてきた。東京地裁で国責任を認めさせ、京都地裁で企業責任をこじ開け、大阪地裁では国の責任割合を2分の1に増額させ、東京高裁で一人親方の救済をかち取るなど、10年以上かけてここまでたどり着いた。

しかしこの結果を見ることなく、約7割もの被害者が志半ばに亡くなっている。京都の原告団長の寺前さんは、亡くなる直前、病床で僕に手を合わせて「最後まで頑張れずにすみません」と言って旅立った。

僕らは彼らの思いを背負ってここにいる。いわばこれは彼らの文字どおり命懸けの闘いによって勝ち取られた成果だ。そのことを率直に喜び、亡くなった方々の墓前に捧げたい。

だが大阪高裁判決が平成14.1.1~16.9.30の間、屋根工一人に対する国と企業の責任を認めたのに、最高裁はこれを破棄して救済を否定した。その原告は他ならぬ僕が担当した木村さんだ。自らの責任と無念を痛感する。

屋外は風により換気されるとか、規制値より低いデータもあったから、屋外の危険性について予見可能性がなかったと最高裁は言う。しかし国は平成15年に屋根作業に従事していた屋外工について労災認定していたではないか! 国は屋外の危険性を当時から知っていたのだ。また屋根工の石綿疾患発症数は大工や左官などよりよほど多い。僕らはそれらを訴えた。しかし最高裁は一顧だにしなかった。はっきり言う。最高裁は間違っている。

この問題ではすでに政治も動き始めている。司法が救済しないなら政治が救済の役割を果たすべきだ。救済に無用な線引きを持ち込まず、国の高度成長を支えてきた全ての建築職人を分け隔てなく救済するよう切望したい。