1. 建設アスベスト京都訴訟・10年の歩み
法律アラカルト

1 アスベストによる健康被害

アスベスト(石綿)は、強い発がん性を有する有害物質であり、アスベスト粉じんを吸引することにより、重篤な肺疾患が引き起こされる。しかし、発症するまでに何十年もの長い潜伏期間があるため、被害が顕在化しにくい。そのため、アスベストは「静かな時限爆弾」といわれている。

国とアスベスト含有建材を製造・販売する建材企業は、早くからアスベストの危険性を把握していた。ところが、アスベストは、耐火性・耐熱性等に優れ、安価で大量に入手することのできる利便性の高い物質であったことから、国は、アスベストの使用を規制せず、建材企業は、多種多様なアスベスト含有建材の製造・販売を続けた。

こうして、建設現場においてアスベスト含有建材が多く使われ、現場で働く人たちが、切断や吹き付け等の作業の際に、建材から生じるアスベスト粉じんにさらされ、中皮腫、肺がん、石綿肺などの重篤な疾患に苦しめられることとなった。

2 京都訴訟の経過

(1)京都一陣訴訟

2011年6月3日、原告11名(被災者本人10名、被災者の遺族1名)が、国と建材企業44社に対し損害賠償請求を求める訴訟を京都地裁に提起した(京都一陣訴訟)。被災者は、30年~60年もの間、建設現場で働いて生計をたて、家族を養い、この社会を支えてきた方々である。被災者本人原告は重篤な肺疾患を抱えながら、遺族原告は悲しみと怒りを胸に、この裁判に立ち上がった。

「自分たち以外の被害者のためにも生き証人として闘う」

同じように苦しんでいる被災者、建設現場で働き将来アスベスト関連疾患に罹患するかもしれない人、そして、次世代の人たちの救済のためにも闘い抜くという崇高な目的を、原告全員が共有していた。

京都地裁前で行われた提訴行動には、原告のほか、全京都建築労働組合(京建労)関係者をはじめ、たくさんの支援者が駆けつけた。

原告本人尋問では、被災者が懸命に働く就労実態が語られた。現場で働く人たちは、アスベストの危険性を知らず、無防備な状態で粉じんにさらされ続けた。アスベスト関連疾患の苦しみも語られた。息が苦しい、少し歩くだけでも息切れがする、水の中でおぼれているようだ、と。抗がん剤治療の苦しみや遺族の心境も語られた。

2015年10月、京都及び全国から届いた公正な判決を求める56万6318筆もの署名を、京都地方裁判所に提出した。

2016年1月29日、京都地方裁判所第4民事部(比嘉一美裁判長)は、国と建材企業、両者の責任を認めるという画期的な判決を下した。

この判決までの間に5次提訴まで行われ、原告は27名(被災者数で26名)となっていた。京都一陣訴訟の原告団長は、長年、大工として就労する中でアスベスト粉じんに曝露し、肺がんを発症し右肺の一部を切除した当時76歳の方であった。自らが病に苦しみながらも、常に他の原告の体調を気遣う仲間思いの方で、先頭に立って闘ってこられたが、2015年6月にお亡くなりになった。原告団長を含む11名もの原告が、この判決を見ることなく、提訴して以降にお亡くなりになった。

 建材企業の責任が認められるのは、京都地裁判決が全国で初めてであった。企業責任論に関わった弁護士や研究者の方々による知恵と工夫と粘り強い努力の賜である。裁判所がこれを受けとめ、英断を下したのである。以後、京都以外の訴訟においても、建材企業の責任を認める判決が出されるようになった。

 その後、京都一陣訴訟は、控訴審での審理に入った。

  2018年8月31日、大阪高等裁判所第4民事部(田川直之裁判長)は、国と建材企業10社の責任を認める判決を言い渡した。地裁判決をさらに前進させる非常に画期的な内容であった。

  大阪高等裁判所の門前に、毛筆で書かれた立派な旗が5本立った。

   「全面勝訴」

   「被害者全員を救済」

   「国の責任9たび断罪」

   「一人親方も救済」

   「建材メーカーを厳しく断罪」

   門前を取り囲む大勢の支援者から大歓声が沸き起こった。街宣車の上からは、力強い勝訴報告がなされた。一人親方、中小事業主、屋外作業者を含む一審原告全員について、賠償責任が認められたのである。

京都及び全国で判決が積み重ねられるにつれて、被害者救済に向けた大きな流れが着実に確かなものとなっていった。

   京都一陣訴訟の最終的な結論は、最高裁判所に持ち越された。

   そして、2021年1月28日、最高裁判所第1小法廷(深山卓也裁判長)は、一審被告国の上告受理申立について、被災者1名(屋外作業者)に対する関係を除いて不受理とし、一審被告企業のうち原審で責任が認められた10社の上告及び上告受理申立について、2社(クボタ、ケイミュー)を除き、8社(A&A、太平洋セメント、ニチアス、日鉄ケミカル、大建、ノザワ、MMK、日本バルカー)につき上告棄却・不受理という決定を出した。これにより、被災者25名中24名に対する関係で一審被告国の責任が確定した(総額1億7933万円余り)。建材企業の責任については、被災者25名中21名との関係で、8社の責任が確定した(総額1億0360万円余り)。

   一方、最高裁は、2021年5月17日、屋外作業者について、国と建材企業の責任を否定する判決を下した。

(2)京都二陣訴訟

   2017年1月24日、原告19名(被災者16名)が京都地裁に提訴した。

   全国の他の訴訟でも次々と追加提訴が行われ、被災者と遺族がアスベスト被害を訴え、マスコミ報道がなされた。アスベストによる被害の深刻さ、被害者数が膨大であるということが世の中に伝わり、しだいに大きな社会問題として受けとめられるようになっていった。

3 解決に向けた動き

これまで、神奈川、東京、京都、大阪、福岡、札幌、埼玉、仙台の8つの地域で訴訟が行われており、各訴訟の原告団、弁護団、関係者らが交流を深め、連携しながら共に闘ってきた。

  全国規模で署名活動、国会議員要請、街頭宣伝を展開し、また、早期の抜本解決に向けた国・企業との交渉、アスベスト110番による被害相談会等、様々な運動に、地道にねばり強く取り組んできた。

  2021年1月28日の最高裁判所の決定で国の責任が確定したことを受けて、2021年3月25日、厚生労働省の大臣官房審議官、労働基準局石綿対策室長、同室係長の3名が京都に来訪し、京建労本部会館において、京都一陣訴訟の一審原告に対し、厚生労働大臣の謝罪文を読み上げた。

  2021年5月18日、内閣総理大臣は、建設アスベスト原告団・弁護団に対し直接謝罪の言葉を述べた。そして、原告団・弁護団は、厚生労働大臣との間で、基本合意書を取り交わした。これにより、アスベスト被害の救済と根絶に向けた大きな足掛かりができた。

  残された問題もある。一つは、屋外作業者が救済の対象から外されたことである。屋外は屋内よりも曝露量が少ないという印象を抱くかもしれない。しかし、実際は、建材を電動工具で切断する等の際に、たくさんのアスベスト粉じんに曝露していたのである。大阪高等裁判所は、平成14年1月1日から平成16年9月30日の期間について、国及び建材企業の責任を認めた。最高裁判所は、予見可能性がないとして認めなかった。しかし、平成15年には、国は屋外作業者について労災認定をしている。国は、屋外作業においてもアスベスト関連疾患に罹患する危険性があると認識していたのである。屋外作業者の就労実態や粉じん曝露状況を踏まえれば、屋外作業者も救済されるという結論が導かれるべきなのである。

  また、建材企業との間において、救済に向けた合意は未だ成立していない。建材企業との交渉は継続中である。

さらに、新たな被害を防止するためのしっかりとした対策もとられる必要がある。アスベスト関連疾患による労災認定者は、これまでに約1万8000人にのぼり、その約半数が建設作業従事者である。アスベストの使用は2006年に禁止されたが、アスベストが使用されている建物は今でも数多く存在し、これらが解体されるピークは2030年頃だといわれている。解体に伴うアスベスト被害を防止するための十分な対策が講じられなければならない。

  これからもアスベスト被害の根絶に向けた取り組みに力を尽くしたい。

4 最後に

  この原稿を執筆するにあたり、写真、弁護団が出した声明、新聞記事などの過去の資料を見た。アスベスト問題の解決に向けた取り組みには、様々な立場のたくさんの方々が関わっており、また、多くの人から温かいご支援をいただいた。この原稿の中にその全てを盛り込むことはできないのであるが、心より感謝を申し上げたい。