1. 空飛ぶ弁護士のフライト日誌─DAY26:手に汗握る夢.機長:古川美和
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

 久し振りに,グライダーの夢を見ました。でも気持ちイイ夢ではなくて,手に汗握る夢。

 ウインチに座って,グライダーを曳航している私,でもスロットルの加減が難しくて,無線機からは「ウインチ速いぃー!」と絶叫が聞こえてきて「マズイっっ!!」と思って慌ててるところでした。あー,ヒヤヒヤした。グライダーに搭乗してたのは何故か当事務所の事務員Hさんだった,というのが何とも夢らしく不合理でしたが。

 

 ウインチの曳航というのは,ヘタをするとグライダーの操縦よりキケンで責任が重いんです。
 ウインチは,トラックの荷台の上に,直径1m強の釣り糸のリール状のドラムが載っています。荷台の上にはエンジン(排気量10000CCくらいです)も積んであって,エンジンから伸びているプロペラシャフトが回転してドラムを回し,ぐるぐると鋼鉄の索を巻き取っていく・・という仕組み。エンジンのさらに上にはトラックの運転席のような操縦席が積んであり,そこに座ってスロットルレバー(車でいうアクセル)とシフトノブ(普通に1速~6速,バッグギアがあります)を操作するんですね。
 言葉で説明すると,何ともイメージしにくいんですが,・・・うーん,まあとにかく,車の運転の要領で,左足でクラッチレバーを,左手でシフトノブを操作して,違うのはハンドルがないことと,アクセル操作が右足ではなくて右手になる,という状態です。
 
 無線で「阪大ピスト380(さんはちまる・機体のナンバーです)準備よし,出発用意」の声がかかると,ウインチマンは「ウインチ出発用意」と告げてギアを4速に入れ,ワイヤーで繋がっている遙か1km先のグライダーを睨みながら徐々にクラッチをつなぎます。ドラムはゆっくり回転を始め,蛇行している余分な索を巻き取っていきます。このときは,いわゆる半クラッチの状態。余分な索が巻き取られて,ウインチとグライダーの間の索がピンと張ると,ドラムはぐっと重くなります。引っ張られてグライダーもぐっ,とかすかに動く。その瞬間を捉えて,グライダーの真横にあるピストから,「380,出発しゅっぱーつ!(ナゼか2回言う)」の無線がかかるとウインチマンは「ウインチしゅっぱーつ」,スロットルを上げながらなめらかにクラッチをつなぎ,完全に繋がればスロットルを足していく。グライダーはぐいぐい引っ張られていき,時速50~70km/hの失速速度(機体や搭乗者の重量によって違う)に達すると,ふわりと浮き上がって徐々に機首を上げていきます。
 この,曳航初期が特に緊張するんですね。早くスロットルを足しすぎれば,「ウインチ速い!」と絶叫されるし,遅すぎると,グライダーが低い速度で地面近くにいるわけですから,失速でもすればグライダーは地面に激突してしまう。
 曳航中期に入ると,空を上がっていくグライダーの動きをよく見上げながら,同じテンポで上がっていくようスロットルを維持します。グライダーを見上げる角度が60~80度くらいまで上がってくると,そろそろ離脱,索の切り離しの準備。グライダーが機首を押さえて滑空姿勢に移行するのにあわせてスロットルを抜いていき,最後はアイドリング状態になって離脱。グライダーから離れた索を今度はスロットルを上げてぎゅんぎゅん巻き取っていきます。索の先端には落下速度を落とすためのパラシュートが付いていて,その開き具合が悪いとものすごい速さで索が落ちてくるのでそれも見ながら,速さを調節しながらの巻き取りです。ウインチの手前50mくらいのところに索の先端パラシュートがぱさりと落ちれば,それでようやく曳航終了。
 ウインチマンが1人しかいない,というような状況だと,これを朝から夕方まで1日50~70回,繰り返すわけですね。

 なにしろ,直径5ミリの鋼鉄の命綱1本でグライダーを支えていて,それをウインチマンただ1人が預かっているわけですから,むちゃくちゃ緊張します。初ソロより,ウインチを最初から最後まで初めて1人で引いた初曳航の方が,なんぼ緊張したかわかりません。
 曳航中期で速く曳きすぎて,危険を感じたグライダーが「ウインチ速い,ひゃ,ひゃくよんじゅううぅ!!(グライダーのウインチ曳航限界速度は140km/hくらいです)」と叫んだ後ぶちっと自ら索を切り,そのまま直線でウインチ手前50mの距離に着陸。後席から頭に湯気を立てた教官が降りてきて,ウインチマンに駆け寄りながら「オレを殺す気かぁ~!!」と叫んだというオソロしい話もあります。

 いえ,曳いていたのは私ではありません,くわばらくわばら。

 

 でもほんとに,曳き方によっては人を殺せてしまうんですよね,ウインチって。その場合,業務上過失致死かなあ,これって業務性あるんかなあ,などと法律家的なことを考えつつ,ウインチマンとパイロットの呼吸がぴたりと合ってその日最高の離脱高度を獲得したときのゾクゾク感を思うと,またいつか曳いてもみたいなあなどと思う私でした。