1. 2011年8月

2011年8月アーカイブ

しょ●べ●小僧のひとりごと

唐突ですが、嘉門達夫氏は偉大であると思う。

おすすめはいろいろあるが、噴飯ものといえば、これ。

「♪ しょ●べ●小僧のひとりごと~ (ジャカジャーン) あ~、ウ●コがしたいー」

古川のイメージからはあまりにかけ離れている、という方のために、念のため伏せ字にしました。

でもさいこーですよね。

 

ちなみに今現在の私のひとりごとは、

「全厚生の支援物品で買ったカレーせんべい、間違って『激辛』だった。あ~辛~~」

という感じです。

マジで辛い。

 「グライダーって,体力使うの? 」「何で体育会なん?運動ちゃうやん」とは学生時代よく友人から聞かれたことである。確かに,機体に乗り込んで操縦桿を握っている分には,さしたる力は要らない。曲技飛行でもしない限りは2G以上のG(重力)がかかることはそうそうないし(失速したり急に大きな沈下に入ったりで,マイナスGはたまにかかるけど),せっせと首の筋肉を鍛える必要もない。
 しかーし,それで体力を使わないかというと大間違いである。航空部は立派な体育会系クラブなのである(鳥人間コンテストに出場するクラブでは,断じてない。)。

 一人ではグライダーは飛ばせない。飛んでる間はラクチンかつハッピーだが,一つの合宿に40人の参加者がいたら,自分が飛んでいる時間(回数)は40分の1。残る40分の39は,仲間を飛ばすために働かなければならない。1発飛ばすのに,機体を発航点(スタートポジション)にセットし,機体の外部点検を行い,索を装着し,降りてきた機体を取りに行って押して帰り,発航点に再度セットし・・・という手順がかかり,そのエンドレスの繰り返し。

 その他にも,合宿の前後には機体の組みバラし。トラックから積みおろすのは結構重い。翼を胴体に突っ込んだまま支えて保持するのもしんどい。機体を組み立てている機体係が下手くそだと腹が立つ。機体係:「じょうはーん(上反),かはーん(下反),もいっかいじょうはーん,ちょっと行き過ぎ,あ,そのままホールド(止めて)!・・・あれ?おかしいな?・・もいっかいぜんしーん(前進)・・・」翼端を持っている人々:「(うぉい!早くしてや~重いっちゅうねん!)」
 それからウインチ曳航の合宿の場合には,20発飛ばすごとに行う1000m以上の長さのワイヤー索の点検(素線が切れていたら,ワイヤーカッターで切断して銅パイ(銅のパイプ,の意である)で挟み,ニコプレスで潰して繋ぐ),飛行機曳航の場合は曳航機(パイパーというセスナ機のような単発機)が発航点付近で落下させる曳航索を走って回収する作業。
 旗振り,道路監視(どうかん),各自の係りの仕事,昼休みの草刈り,飛べない日でも土嚢積みや土掘り等の土方作業。毎朝機体の係留を外して防水用のシートをずるずると外す作業,毎夕にはシートを再びずるずると被せてアンカーとロープで係留・・・・これら全てが,手のかじかむ冬の寒さの中でも,夏の直射日光にうだるような河川敷の草いきれの中でも,変わらず続けられる。風も日差しも,遮るものはピスト(指令本部のようなもの)付近のテント1つのみ。

 だけど何と言っても一番しんどいのは,「機体押し」。上空の機体から「場周(じょうしゅう)」=着陸態勢に入る,という無線連絡があると,ピストから「翼端取り(よくたんとり)出てー」の声がかかる。1機につき4,5人が,機体が着陸しそうな地点50mくらいの間隔に一列に散らばって待機する。そして着陸してくるグライダーを見ながら・・・大抵は後ろ,つまりグライダーの進む方向に走る。着陸帯は幅15m,長さ60mくらいの長方形で,一応その範囲に着陸できれば合格,なのだが,多くの訓練生はそれより手前に着陸(=ショート)するか,着陸帯を飛び越えてそれより前方に着陸(=ロング)してしまう。ときには,ランウェイの半分当たりまで行ってしまう「スーパーロング」「どロング」と言われるようなフライトもあって,そんなときは翼端取りが走って行っても到底追いつかないため,みんなで自分たちの上を飛び越えていくパイロットに向かって地上から手を振ったりする。「さようなら~」「行ってらっしゃ~い」・・無論,パイロットは「しまった!ロングだ!どうしよう~」と頭がパニックになっているため,下で手を振られていることには気付かない。
 スーパーロングの場合は,ランウェイを機材車が走って行って牽引して帰ってくるので,かえって楽である。しかし中途半端なロングの場合は,翼端取りが走っていって着陸している機体に追いつき,それを人力でえっせえっせと押して帰って来るのである。いくら車輪がついているとはいえ,数百キロの機体を押して運ぶのは力がいる。特に,木曽川など河川敷の滑空場の場合は,地面は一面に草が生えているか,めり込む砂地である。抵抗が増えて機体はすこぶる重い。しかも機体を早く押して前方をクリアにしなければ,邪魔になって,発航点にいる次の機体が飛べない。1発でも多く飛ばして,結果として自分も多く飛ぶために,一刻を争うのである。
 気合いの入った合宿であれば,リーダー(以下「リ」):「せえええええっ,セッ」全員:「セッ」リ:「セッ」全員:「セッ」リ:「セッ」全員:「セッ」・・・という交互のかけ声をかけて押し走る。声を出した分体力を極度に消耗するので一見効率は悪そうだが,不思議と押す速度は速くなるので,ここ一番のときに使用される技である。

 ね?聞いてるだけで,体育会でしょう?
 しかし働きアリの法則ではないが,どんな集団でも勤勉な人とNOT勤勉な人な人とが存在するもの。中にはピストから「そろそろ翼端取り行って~」と言われそうな頃合いを見計らって,旗振りや道路監視など遠方で楽な仕事をこっそり交代したり,逆に気象条件が良くて滞空(ソアリング)ができそうな時間帯には,自分に搭乗の声がかかるよう,発航順を決めるピストのまわりをうろちょろしたりする,「合宿上手」と言われる人もいる。
 他方で,頼まれもしないのに自分から進んで毎回翼端取りに行き,汗だくになって機体を押して,疲労困憊して最後にはぶっ倒れてしまうという,考えようによってははた迷惑な人もいる。
 果たして私はどちらのタイプだったのか・・・私を知る人なら容易に想像がつくだろう。

 今ではあんな風に,真夏の炎天下で走り回ることもない。冷たいお茶が最高のご馳走だったあの熱い夏は,ずいぶん遠くなってしまった。

 今日は,傘をさして歩いてもサンダルの足下がぐしょぐしょになるくらいの本格的な雨。そういえば,「雨待機(あめたいき)」が懐かしいなあ。
 航空部の合宿は,カメハメハ大王よろしく,風が吹いたらお休みで,雨が降ったら寝てしまうってなもの。そういうときを,航空部用語では(別に用語というほどのものでもないけど)「○○待機」という。その内容は,「強風待機」「横風待機」「雨待機」「霧待機」或いは「雷待機」などいろいろだ。

 「飛べそうかな?」と思って一応ランウェイに出て準備をした後にポツリポツリと雨が降り出したり,強風が吹き出したりすると,「撤収(てっしゅー)!」の声がかかって,「なんだよー。最初から待機にしろよー」とかブチブチ言いながら片づけることもある。小雨だったり,風が強くなったり弱くなったりしているときは,ランウェイでしばらく待機しながら飛べる条件のときに休み休み飛んだりもする。鼻息の荒い馬をちょっと走らせては止まって「どう,どう」といさめ,また走らせては止まる,みたいで,こういう待機が実はいちばんしんどい。だから今日みたいな雨が朝からざんざん降ってて,「あーこりゃ今日はもう駄目だ」と潔く朝から一日待機の方が,よっぽど嬉しいのだ。

 待機の間にすることは,いろいろである。操縦技術とか,航空気象,航空力学とか,各学年の進度に応じて「学科」と呼ばれる座学をしたり,「宿舎のワックスがけ」なんてこともある。
 でも何と言っても嬉しいのは「自由行動」。疲れがたまってて宿舎で寝ころんで少年マガジンとかスピリッツとか読んでるヒトもいるけど(私も割と好き),木曽川だったら日本三大稲荷の一つ「お千代保稲荷(おちょぼいなり)」の縁日とか,各務ヶ原の航空博物館,木曽三川公園,あとは当時流行のスーパー銭湯(健康ランド?)に行くとか,いろいろある。
 福井空港だったら芦原温泉や三国温泉の公共温泉施設が楽しい。合宿も後半だと,「自由だ!娑婆だ!」という開放感が麻薬みたいに作用して,些細なことでやたらハイテンションになる。
 
 まあ,そんなこんなで何かと楽しい「待機」だけど,後にも先にもない待機として,「たまご待機」というのがある。前にも書いたことがあるK大教官,朝起きてきて,宿当(しゅくとう:宿舎当番)が卵を買い忘れたため1日1人1個と定められている卵がまったくないことを知り,いきなり「たるんどんのちゃうか!ちゃんとタンパク質採らないとダメなんだよ。今日は待機だ待機!」そしてその日は晴れていてバッチリ飛べるにも関わらず,1日待機になったのである。
 K教官の真意については,たまたま虫の居所が悪かった説,待機にして自分がお千代保稲荷に行きたかった説等,諸説様々であるが,「いやいや,ベテランK教官のこと。合宿も後半で疲れが出ており,このまま続けたら事故がおこるかもしれないという兆候を直感的に察知して,ああいう形で待機にしたのではあるまいか。」という意見もかなり有力に主張されているところである。
 いずれにせよ,K教官が亡くなられた今も,こうして「たまご待機伝説」は脈々と語り継がれている。

手足口病の恐怖

あまりに久しぶりの更新すぎて、更新サイトにサインインできなくなってしまった古川です。

この間、イロイロなことがありましたが(パンツではなく今度はスカートが破れて恥ずかしいことになった話とか)、まあ一番大変だったのは「手足口病」かなあ。

お子さんがいらっしゃる方なら、「ああ~」とわかる「手足口病(てあしくちびょう)」。でもぱっと耳にしただけでは「なんじゃそりゃ?」、病気の名前とも一瞬わからない。でもホントにこんな病気、あるんですよね。しかも今年は1982年の調査開始以来、患者数最多の大流行。結構報道されているので、初めて耳にしたという方もおられるはず。

で、3歳以下でかかることの多いこの病気、実は大人もかかるんですね。そして他の子どもの病気と同様、大人がかかるとエライことになります。

私の場合、まずある土曜日の午前に熱が出そうな予感が。喉も痛い。やばい、風邪を引いたか・・・と思っていたら案の定、午後から熱が出始めた。翌日曜日には、朝から38℃超の熱が出て、何か水も喉を通らないし、ふらふら。でも何とか自力で休日診療所に行きました。先生は喉を見るなり、「こりゃいかん。真っ赤に腫れて化膿してますね」で、抗生物質とか痛み止めとかもらいました。でも実は、そのとき既に、両手に発疹が出てたんですね。でも、庭いじりをしてて虫刺されとか、木にかぶれたのかと思っていて、まさか熱と関連があると思わないから、手の発疹は先生に見せなかったのです。

熱は結局38.8℃まで上がり、喉が強烈に痛くて真剣にダウン。翌月曜日も何とかはずせない仕事だけは這うようにして行きましたが、事務所には出られずぐったり。火曜日になり、熱は微熱程度に下がったが、手の発疹だけでなく足の裏にも発疹が。痛くて歩けない。これはおかしいと思い、皮膚科を受診。「あー、これは手足口病ですね。口の中、口内炎とかできてませんか?」「!!いや、口内炎じゃないですけど、一昨日くらいから喉が腫れて熱が出て・・」「それも、手足口病ですね」「!!!」

手足口病には薬がないとのことで、対症療法だそうです。抗アレルギー薬で多少ましになるかも、ということで、飲んだらようやく水曜日には事務所に出ることができました。でも、痛む足の裏をかばいながらの歩行なので、歩き方が何かヘン・・・・。

その後、発疹は3~4日続き、赤みが消えたと思ったら、今度は皮が向け始めた。それも、むける、なんてかわいらしいものではなく、ごそっと皮が剥がれる感じ。

手はすっかりきれいになりましたが、1ヶ月以上経った今でも、足の裏はボロボロです。でも、白癬菌ぢゃないので、引かないでね。