1. 空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ―DAY5:グライダーの限界・高度編
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

                                                  機長:古川美和

 グライダーをやっていると言うと,必ず聞かれる質問が「グライダーって,高さは何メートルくらい飛べるの?」。皆さんは,何メートルくらいだと思われますか?
 現在の世界記録は,1986年に達成された「1万4938メートル」。実に成層圏にまで達しています。写真などを見ると,コックピットの外は青色というより黒,宇宙に近いんですね。

 動力のないグライダーがどうしてそんな高々度に到達できるのか?これは,いろんな種類がある上昇気流の中でも王様と言える,「山岳波」=「マウンテン・ウエーブ」に乗って上昇しているんです。風を待ってヒマラヤを越える鶴の話を聞いたことはないでしょうか。鶴も,このウエーブを使って8000m以上の高みへ昇り,山を越えて行くと言われています。
 強い風が,連なった山脈などに対して垂直に近い角度で吹き付けると,風が山肌を駆け上がり,山を乗り越えます。そうすると,乗り越えた空気が波打ち,山岳の少し風下で,空気がまた持ち上がります。この部分が,ウエーブの第一波(だいいっぱ)。この持ち上がっている部分でグライダーが風上に向かって蛇行飛行を続けると,上昇気流に乗ってグライダーはぐんぐん高度を上げるというわけです。

 風が波打つ,というとちょっと想像しにくいかもしれませんが,流れの速い,浅い小川で水面のすぐ下に石があるとき,石の上を流れている水が少し盛り上がって波打ち,その川下の水面にも波ができるのをご覧になったことはないですか?それと同じなんですね。
 第一波があれば,当然その風下にも第二波,第三波がありますが,基本的には波のうねりがどんどん不明瞭になっていくので,第一波が最もよく上がれます。
 しかし,このウエーブにコンタクトしようと思うと結構大変なんです。地上からウエーブに繋がっている「普通の」上昇気流でぐるぐる螺旋を描いて上がっていくんですが,ウエーブが出るのは風が強い日なので,風下に流されないようにうまく上がるのがまず一苦労。そして難物は「ローター」です。波の下の部分では,図のように空気がくるりと「巻く」んですよ。ここは気流がめちゃめちゃ荒れていて,右翼がガッと持ち上げられてうわっ!ひっくり返る!と焦ったら次は左翼がグワッ!グライダーは木の葉のように揺すられます。吐き気を押さえながら荒れ馬を乗りこなすように機体を操り,何とか上昇し続けると,ある瞬間,すっと静寂が訪れる。バリオメーター(昇降計)を見ると,針は5m/sでぴたりと張り付いている。高度計がぐるぐると回り出します。そう,ウエーブに入ったのです。
 ウエーブの中は,本当に,本当に静か。機体はそれこそ微動だにしません。ただ,地上だけがどんどん小さくなっていく。ときには,雲すらも遙か足下に遠ざかっていく。高く,もっと高く。

 え?私自身は何メートルまで上がったことがあるかって?残念ながら,私は4000メートルちょっとまで。でも,3000メートルを越えて30分以上飛ぶときには,航空法上酸素ボンベを搭載しないといけないんですよ。当然そんな準備をしていない私は,航空法違反。だから,内緒,内緒です。
 でも,いつかフライトを再開したら,ちゃんとボンベを積んで,高々度記録にもトライしたいな。世界記録は無理にしても。
                                               弁護士 古 川 美 和