1. 2013年10月

2013年10月アーカイブ

「集団的自衛権」行使へ安倍政権が暴走 その2

特別対談(2)
京大人文研所長・山室信一x「憲法9条京都の会」事務局長・小笠原伸児

 
過去の事例は自衛と無関係

山室 
第1次の安保法制懇では、集団的自衛権が行使できる4類型(注4)を答申しましたが、今回は類型化ではなく全面的に認める答申を出すとされています。

小笠原
既に北岡(伸一・国際大学学長)座長代理が「情勢が以前より切迫している」として、示唆する発言を行っていますね。

山室 
そもそも、集団的自衛権行使を容認する立場の有識者だけを10数人集めた私的諮問機関の答申で、憲法解釈のみならず国家の存亡に密接に関わる安全保障の根幹までが決定されてしまう事態には根本的な疑問を感じます。
  
小笠原
 「集団的自衛権は国連憲章で権利として認めているのに行使できないのはおかしい」という俗論がありますが、国連憲章は原則として武力行使を違法としています。それを例外的に安全保障理事会が決議して、集団安全保障の措置をとるなかで軍事的行動がありうるというものです。そして、安保理がそういう措置を行うまでの間に個別的・集団的自衛権を認めることを国連憲章51条(注5)で定めている。個別的自衛権であっても本来は非常に制約的な内容です。

山室
同盟する権利を保持しながら永世中立を堅持するスイスという国もあるように、法律論として何の問題もありません。そういう俗論を振りまく政治家や専門家の見識を疑います。とにかく、集団的自衛権そのものが元々、アメリカや旧ソ連が軍事同盟の存在を前提に国連憲章に盛り込んだものです。過去の事例を見れば、自衛とは無関係のものばかりです。

小笠原
アメリカによるベトナム戦争や旧ソ連のチェコ侵攻、近年では、アフガニスタンへの「報復」戦争など侵略戦争・軍事介入の口実にされてきたのが実態ですね。

専守防衛放棄する海兵隊化

山室
本来平和憲法を持つ日本が最も反対の声を上げなければいけないはずです。今回憂慮すべきことは、安保法制懇の「行使容認」の答申を見越して、「防衛大綱づくりに向けた中間報告」(注6)では、戦後維持してきた専守防衛という原則から外れる海兵隊機能の確保などが掲げられています。

小笠原
ええ、防衛省は年末に策定する新しい防衛大綱を先取りするように来年度概算要求で自衛隊の”海兵隊化”と敵基地攻撃能力の保有を進める大軍拡の内容を盛り込みました。具体的には、米海兵隊が使用する水陸両用車両や長距離攻撃と爆撃能力を持つ最新鋭のF35戦闘機の購入などです。もはや専守防衛の大義名分を投げ捨てています。

山室
集団的自衛権行使に向けた動きと新防衛大綱、防衛省の概算要求は一体のものです。しかし、1つひとつの動きは9条の明文改憲のように目立つものではないだけに、今の憲法体制をなし崩し的に変えてしまう施策に警鐘を鳴らさなくてはいけません。

安保条約での従属性強まる

山室
先ほど小笠原さんがおっしゃった「アメリカと一緒に戦争する」ということの中心には当然、日米安保条約の体制があります。湾岸戦争以来、アメリカは日本に対して米軍の軍事的行動の一端を担えという圧力をかけ続けています。一方で安倍首相は、集団的自衛権を行使できるようになって初めて日本は安保条約における「片務性」を解消し、米国と「対等」の関係に立つことができると主張しています。しかし、日本は基地の提供をしており、この理解は根本的に間違っています。
  
小笠原
その通りですね。「アメリカと一緒になって」とは、まるでそこに日本の主体的、自主的な判断があるかのようですが、実際はアメリカの世界的な軍事戦略の中に自衛隊が組み込まれていく従属関係です。

山室
ええ、集団的自衛権行使を容認することで「片務性=従属性」はいっそう強まりますよ。果たして、これによって沖縄の米軍基地を全部撤去せよと主張できるのでしょうか。

小笠原
沖縄県民の総意を無視してオスプレイを強行配備し、今、京丹後市経ヶ岬に近畿初の米軍基地(Xバンドレーダー)を設置する動きもあります。平和憲法と両立しない安保条約の問題は常に問い続けなければいけない問題です。

山室
沖縄の怒りは頂点に達しているのに、安倍首相はアメリカに行って辺野古での新基地建設を約束してくる。国民の声を聞かずにアメリカばかり向いている。しかし、オバマ政権は日本の軍事的役割の拡大を求める一方で、東アジアの緊張を激化させる動きには慎重な姿勢も見せています。

小笠原
中国を刺激したくないという”苦慮”が垣間見えますね。いずれにせよ、軍事同盟が20 世紀の遺物となったもとで、日米軍事同盟を強化し、東アジアに緊張をもたらすようなやり方は時代逆行です。

 

【注4】(1)公海上で米艦船が攻撃され、自衛隊が反撃する(2)米国に向かう可能性がある弾道ミサイルを日本が撃破する(3)国連平和維持活動(PKO)で他国部隊が攻撃され、自衛隊が反撃する(駆けつけ警護)(4)PKO等で自衛隊が外国軍隊を後方支援する―第1次安保法制懇は、これら4類型について自衛隊が対応できるようにすべきと答申しました。

【注5】自衛権について規定。「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」としています。

【注6】今年7月に防衛省が発表。日本の軍事政策や軍事力の規模を決める「防衛大綱」策定に向けて、北朝鮮を念頭に戦闘機やミサイルなどで敵の発射基地を攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有の検討や「島しょ部攻撃への対応」を口実に、自衛隊の「海兵隊的機能」の整備などを求めています。

 

(「週刊しんぶん京都民報」2013年9月15日付掲載)

「集団的自衛権」行使へ安倍政権が暴走~京大人文研所長の山室信一さんと「憲法9条京都の会」事務局長を務める小笠原伸児弁護士との特別対談が、「京都民報」9月15日付け、22日付けに掲載されました。全文を3回にわたってご紹介します。

 

 特別対談 その1

 安倍政権は歴代政権が憲法上、許されないとしてきた「集団的自衛権」の行使(注1)に向けて暴走を始めています。集団的自衛権行使の狙いは何か、憲法9条の価値をどう広げていくか――京都大学人文科学研究所所長の山室信一教授(法政思想連鎖史)と「憲法9条京都の会」事務局長の小笠原伸児弁護士が対談しました。

「法の番人」から「内閣の番犬」に

 

小笠原伸児さん(小笠原)  

はじめまして。2008年に京都憲法会議や自由法曹団京都支部が共催した「憲法記念春の集い」で講演を聞きました。
  
 

山室信一さん(山室) 

そうでしたか。前年(07年6月)に出版した「憲法9条の思想水脈」についてお話ししましたね。この本を出したのは、第1次安倍内閣で憲法改正手続きを定めた国民投票法が国会提出されたことがきっかけでした(07年5月成立)。
  

 小笠原 

いわゆる改憲手続き法ですね。政府は「単なる手続き法」と強調しましたが、あくまで狙いは9条改憲でした。
  

山室 

その通りです。昨年の総選挙の結果、再び安倍政権が誕生し、「憲法改正は私の歴史的使命」とまで述べて、改憲に意欲に見せている、その手法に危機感を抱いています。

 

小笠原 

同感です。今、焦点は「集団的自衛権」行使に向けた激しい動きです。狙いの本質は、アメリカと一緒になって戦争する国にすることにあると思います。17日には「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇、注2)が行使容認に向けた議論を再開しますし、何より極めて乱暴なのは、従来の政府解釈を変更するために内閣法制局長官を「行使容認派」の人物(前駐仏大使・小松一郎氏)に強引にすげ替えたことです。
  
 

山室 

彼(小松氏)は第1次安倍内閣の時の安保法制懇で事務方を務めた人物です。狙いははっきりしています。政府が提案を予定する「国家安全保障基本法案」(注3)は集団的自衛権の行使を前提にしていますので、従来の法制局見解では9条に抵触して提出できないからです。この人事で内閣法制局の存在理由は大きく変わりました。内閣法制局は護憲の府ではありませんが、「法の番人」から、「内閣の番犬」になります。法治国家として、将来に禍根を残すでしょう。

歴代の長官が異例の「異議」

 

小笠原 

小松氏は長官就任後、メディアのインタビューなどで集団的自衛権行使について、「隣家に強盗が入って殺されそうだが、パトカーがすぐ来ないかもしれないので隣人を守る」という例示で正当化していますね。おかしな理屈です。
  
 

山室 

ええ、実際の国際関係で、”隣家に強盗が押し入る=他国が何の前触れもなく攻撃してくる”なんていう状況がありえるでしょうか。事前に何らかの紛争があって、それにどう対処するかという問題です。現実を見ない俗論です。
  
 

小笠原 

山室さんは衆議院法制局での勤務経験があると聞きました。
  
 

山室 

70年代後半です。衆院各党が提案する修正案や議員立法の審査が主な内容ですが、「とにかく憲法に違反してはいけない」と言われながら仕事をしたのを覚えています。結局、ここで働いたことで明治憲法下で法制局長官を務めた井上毅こわし(1844─1895)に興味を持ち、研究の道に進むきっかけになりました。
  
 

小笠原 

そうだったんですか。今回の事態で特徴的なのは、歴代の長官経験者が「国会の憲法論議の蓄積を無視していいのか」「解釈変更はできない」など相次いで異議の声を上げていることです。内閣法制局は戦後の自民党政権のもとで、憲法学界の多数説では違憲とされる自衛隊を「戦力」ではなく「自衛に必要な最小限度の実力」であるという理屈で合憲と解釈するなど悪い役割を果たしてきた面がありますが、そうした立場からも認められないほど無理な解釈だということです。

96条先行改正に通じる邪道

 

山室 

法制局が戦後一貫して憲法9条と相容れない安保条約の体制をさまざまな理屈をつけて承認してきたことは事実です。結局、9条のもとで自衛隊の存在や海外派遣も許容してきたけれども、最後の守るべき一線まで来てしまったということでしょう。それが集団的自衛権行使なんです。これを許したら9条そのものが瓦解します。
  
 

小笠原 

まさに9条の有名無実化です。また、時々の政権の意思で憲法解釈の変更を可能とするなら、憲法への国民の信頼は揺らぎ、法治国家の土台を崩します。立憲主義を無視した96条改憲にも共通する姑息こそくで邪道なやり方です。(「週刊しんぶん京都民報」2013年9月15日付掲載)

【注1】 

自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利。日本政府は、集団的自衛権は憲法9条が許容する「自衛の必要最小限度」を超えるものであり、行使できないとしています。

 

【注2】 

集団的自衛権の行使を全面的に可能にすることを検討する安倍首相の私的諮問機関。委員は13人で、座長は柳井俊二元駐米大使。第1次安倍政権期の07年5月に発足し、翌年集団的自衛権の行使を求める報告書を提出。今年2月に再開しました。

 

【注3】 

自民党が政権復帰前の昨年7月に法案を決定。集団的自衛権の行使を解禁する内容になっています。