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黒澤弁護士の"知ってますか"


無痛分娩麻酔注射事件〜過失の立証責任の軽減

【事案の概略】  Aは産婦人科医院にて無痛分娩の方法として腰部に脊髄硬膜外麻酔注射を受 けた。ところが、注射部位にブドウ状球菌が侵入したため腰部の疼痛と下肢の 麻痺に見舞われ脊髄硬膜外膿瘍に罹患した。Aはいくつかの伝染経路を主張し、 消毒が不完全な状態のままで麻酔注射をした過失がある等として提訴した。  これに対して病院側は、過失の具体的な特定にかけるとして立証が尽くされ ていないと主張した。 【裁判所の判断】  二審は、4つの伝染経路を想定し、その内の1つを伝染経路と推認するのが 相当であると判断した。  これに対し、最高裁は次のように判断した上告棄却(最高裁昭和39年7月 28日判決) 「消毒の不完全は、いずれも、診療行為である麻酔注射にさいしての過失とす るに足るものであり、且つ、医師の診療行為としての特殊性に鑑みれば、具体 的にそのいずれの消毒が不完全であったかを確定しなくても、過失の認定事実 として不完全とはいえないと解すべきである。」 【解説】  損害賠償請求が認められるためには、医療行為に過失が存在することを立証 しなければならない。  本件のような消毒の不完全等による感染事故の場合、感染経路が問題となる。  しかし、具体的な感染経路を特定することは非常に困難を伴う作業であり、 具体的な感染経路を患者側が立証しなければ責任を問えないとすることは患者 側に対して過酷な責任を負わせる事になる。本件判決は、高度な蓋然性を持つ 経験則を基礎として過失の一応の推定を認めたものと理解できる。  このような考え方に立てば、患者側としては、ほぼ不可能に近い具体的な感 染経路の立証までできなくとも高度な蓋然性の存在を立証すればよく、逆に病 院側において高度な蓋然性の存在を否定するだけの「特段の事情」の存在を証 明しなければ、責任が肯定されることとなる。  こうした考え方は医療過誤訴訟に特有の事実認定手法の一つとして採用され ており、患者側による過失の立証の困難性を軽減する大きな役割を果たしてい る。立証が非常に難しい過去の感染経路の特定という特殊性に鑑みた場合、当 事者間の公平の観点からも妥当な判断と思われる。 参考:別冊ジュリスト 医療過誤判例百選(第二版)有斐閣46頁    弁護士  黒 澤 誠 司



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