空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
  1. >
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ ─ DAY34:「不時着水」

                      機長:古川美和  先日、アメリカはニューヨーク・ハドソン川にエアバスが不時着水し、 機長の英断や沈着な対応が賞賛されたのは記憶に新しいところです。  なんだか「事故シリーズ」みたいになってしまいましたが、先日に引 き続きグライダーの不時着水について。    不時着水、つまりランウェイではなく、川や海などに着陸…ではなく 「着水」してしまう、という事態は、前回お話しした「胴体着陸」ほど よくある(と言っても胴体着陸も数年に1度ですが・・・)事故ではあ りません。そして、起こったときには悲しい結果が伴うこともあります。  私が大学時代所属していた「学連」=日本学生航空連盟の東海・関西 支部で伝説となっていたのは、私が入部する20年以上前のことだった でしょうか、木曽川に不時着水したASK-13の話でした。  ASK-13は前席と後席が縦に並んでいる複座の練習機で、通常前席に訓 練生が、後席に教官が乗って操縦練習をします。  その13は、なぜか河川敷にあるランウェイに届かず、手前の木曽川に 着水してしまった、そして後席の教官は自力で脱出しましたが、前席の 訓練生は脱出できず、そのまま機体とともに遺体となって引き上げられ たということでした。  同じ学連でも関東支部は「つなぎ服」で訓練をしている大学がほとん どなく、東海・関西支部ではほぼ例外なく、訓練中はつなぎの作業着に 帽子着用でした。これは、学連東海・関西支部の大教官・故K教官によ れば(真偽のほどはわかりませんが・・)、「上下がつながっているつ なぎ服なら、着水した際に、外からでも服を掴んで引っ張り上げれば身 体も付いてくる=救助がしやすい」という、この事故の苦い経験に基づ く習慣だ、ということでした。  そういえば、複座の練習機には、オレンジ色のライフ・ジャケットが いつも積んであったなあ。それが使える余裕があるかどうかが、問題な んですけど。  私も教官になって、もし自分が不時着水しないといけない状況になっ たら、ということは時々イメージしました。  木曽川滑空場の場合、河川敷の滑空場ですから川からほんの十数メー トルのブッシュ(草原、藪、雑木林)を超えればランウェイに届くし、 そこまで高度が足りないなんてことはそうそうあるはずがないんですが、 それでも。  いろんな技(速度を出して突っ込んで、水面付近で「水面効果」で揚 力を増加(抗力を減少)させてふいっ、と機種上げする『ピッケ』とか) を駆使してもランウェイに届かなかったら、早めに前席に声を掛ける。  水面に着水すること、縛帯(シートベルト)を外すタイミング。訓練 生の熟練度や機体の種類によっては、着水前に縛帯を外させた方が良い かもしれない。着水してからだと、脱出しようと焦ってシートベルトが うまく外せないかもしれないから。シートベルトを事前に外させる場合 は、衝撃に備えること。操縦は後席の教官である自分がすること、その 間怖くても操縦桿から手を離し横に突っ張っておくこと。着水してすぐ 自分がキャノピー(風防)を開けるから、機体が沈む前にすぐに外に脱 出しなければならない。その際季節によっては、服を着たままだと水を 含んで重くて泳ぎづらいから、つなぎをすぐ脱ぎ捨てて下着で泳ぐよう にした方が良いかもしれない。  それだけの指示を素早くしてから(伝わるだろうか)、自分はなるべ く水面近くで、しかし波等にさらわれない高度で、できるだけ速度を殺 して着水する。着水時に速度が残っていればいるほど、水の抵抗で前に つんのめってしまい、下手をすると機体が裏返るかもしれないから。水 面近くでストールして、ぼっちゃん、と機首を派手に落とすような感じ の方が良いかもしれない(わからないけど)。  そうそう、ASK-13の場合はキャノピーは前後席つながっているから、 私がレバーを操作すれば開けられるけど、ASK-21は前席のキャノピーは 前席からしか開けられないから困ったな。小窓を開けてコックピット内 に水が早く入るようにした方が、内外の圧力差でキャノピーが開かない →パニック、という事態を避けることができるだろうか。その場合、コ ックピット内に水が急激に流れ込んでも落ちついて、縛帯を外して大き く息を吸い込んで待ってから、開けるように指示しなければいけないな。 そんなこと、できるだろうか・・・。  このように、ごく単純な機構のグライダーですが、不時着水するまで には考えなければいけないことがたくさんあります。こうして書いてい るだけでも、心臓がドキドキしてくるくらい。  もちろん、そもそもこうした事態にならないように操縦し、高度に余 裕を持って帰投するのが大前提ですが、いざというときの対処も考えて おかなければなりませんよね。  不時着水した機長は、グライダーよりはるかに多くの乗客乗員の命を 背負っているわけですから、本当に重圧だったと思います。  どんな仕事でもそうですが、特に、多くの人命に責任を持ち、想像力 と集中力を失わないことを仕事にしているパイロットの皆さんに、深い 敬意を感じるのでありました。                         弁護士 古 川 美 和 




<トップページへ>