1. ピースサインと平和運動の歩み
ブログ マチベンの日々

ピースサインと平和運動の歩み

 
いつからだろうか、私が写真を撮られる時には、ほとんどいつもピースサインを出してしまう。
カメラマン氏からは「いつも同じポーズやんか」と言われ、時々、違うポーズに変えてみたりはするが、やはりピースサインをしている時の自分の顔の方が良くて、結局、ピースサインをすることが多い。
 
京都新聞の連載「時を渡る舟」の「第3部 ピース?」では、5回にわたり、そんなピースサインについて戦後史とからめて紹介されていた。
 
記事によると、
 
第2次世界大戦中、反ナチスの象徴として勝利のビクトリーを意味するVサインが欧州で広まった。
英国のチャーチル首相も公式の場で使った。
60年代後半の米国でベトナム戦争への反戦運動や既製の価値観に抵抗するヒッピーたちが「ピース」の象徴に変え、日本に伝わったとされる。
 
海の向こうで生まれたピースサインが京都の平和運動に流れ着いたのはいつだったのか。
1971(昭和46)年、ベトナム戦争当時、在日米軍基地の米兵と京都の米軍に反対する若者らが1つに固まり、闇に向かってまっすぐに指を2本突き上げていた写真が当時の雑誌にあった。
 
その後、1995(平成7)年に誕生した「プリクラ」は、反戦運動で広がったとされる「ピースサイン」を日常のものへ、さらにポーズの進化や意味を変容させる役割を担った。
 
連載の中で、71年「反戦フェスティバル」にも参加した、当時21歳だった京都のシンガーソングライター豊田勇造さん(65歳)が、「今も安易な気持ちでピースはできない」と語っている言葉が強く私の胸に響いた。
 
折しも、国会では、安保関連法案が審議入りした。
安倍首相は、断定的な口調で「平和な暮らしを守る」と何度も声を張り上げている。
その「平和」は、世界で武力行使をするという意味にほかならない。
 
私たちは、「ピースサイン」のように、「平和」の意味を変容させては絶対にいけない。
これからピースサインをする時には、思いっきり、戦争のない「平和」を願って、しようと思う。
 
 

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