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2012年12月アーカイブ

恥ずかしくなるくらい久しぶりの更新。

この間,PCを2度変えた。

PCを使って仕事をされている方は想像が付くと思うけれど,マイPCの変更って本当にストレスフルである。

特にメール!私はWindowsLiveメールを使っているのだが,フォルダの自動振り分け機能を,60個近く登録している。手で仕分けをするアドレスも多いから,フォルダだけで80個くらいはあるのではないだろうか。

これが,今までどうしたって次のPCに引き継ぎができない。PCが変わるとまた一々メッセージルールを登録しなおさないといけない。

1日に下手をすると1000通近くのメールが来るので,自動振り分けしないと何がなんだかわからないのである。

メーリングリストが多すぎる・・・・。メールを読むだけで半日仕事・・・。

 

なんか,PCって便利なんだか不便なんだかホントわかりませんよね。

それでもって,PCが変わったからブログの更新方法もまたわかんなくなってさ,ぶつぶつ。

 

・・・というわけで,更新ができなかったのもすべてPCが悪いのです。

これが正しいかどうかは,私の今後の更新頻度によりますね。どきどき。

 「手」の話。
 私事ですが,最近またもや車のバッテリーが切れ,エンジンを他の車と直結してかけることに。前にも書いたとおり,こーゆーことは我が家では私がやるというのが定番(?)。で,軍手をせずに作業をしていたせいで真っ黒にそそけだった自分の手を見て,しみじみ懐かしく思った。
 ああそうだ,学生時代の私の手と言えば,こんな風に,汚いことこの上なかったなあ。

 もともと,祖母・母・私と代々我が家の女性は手が大きいのが伝統で,しかも骨太ときている。ごつくて逞しくて女性らしいところは一つもないこの手が,思春期の私にとっては結構なコンプレックスだった。高校時代は手を見られるのが何とはなしに恥ずかしかったし,大学1回生のときに先輩から「昔,松田聖子の握手会で手を握ったとき,信じられないくらい小さくて柔らかかった。それに比べて・・・」などと失礼極まりない言われ方をしてからは,「もう手なんて知らんわい」とばかり,手入れもせずにヘビーユーズドしていたものだから,いつもガサガサ・ぼろぼろだった。
 なにしろ,ただでさえ,航空部の生活はお肌の大敵がいっぱいである。外で紫外線をたっぷり浴びるし,朝の機体シート外しから係留時はハンマーでアンカー(杭)を打ち込んでロープを縛るのも手だし,索点検時は軍手をしててもささくれだった鋼鉄のワイヤーが手に突き刺さる。ワイヤーブラシで銅パイプをこすって土を落としたり,ワイヤーカッターで索を切る,切ったワイヤーを銅パイプに差し込んでニコプレスで打ち付けてつなぐ,パラシュートの先端のO(オー)リングを機体の胴体レリーズに装着する・・・。操縦桿を握る以外に,ランウェイでの普段の作業も,手を使わないことはない。しかもみんな,何というか,荒っぽいことばかりである。
 さらに,私は「機体係」で「ウインチマン」。スパナやメガネレンチ,ラチェット,ラジオペンチにニッパーはお友達だし,銅線やステンレス線もよく使います。こういうワイヤー系ってささると痛いんですよね。何より,機体の整備や修理のときには,シンナーやアセトンを大量に使います。女性の皆さんは,マニキュアの除光液を強力にしたやつを手指に浴びるところを想像してください。これ一発で相当の期間,手はガサガサ。しかもその後ウインチ側で廃油やグリースをハンドクリーム代わりに大量に塗りつけたりすれば,もう最高。
 本当に,航空部以外の人とデートをしたら,「君,何してるヒト?」と怪訝な顔をされかねない手でした。

 そんなこんなで痛めつけていたキライな自分の手ですが,操縦教育証明という「教官」の資格を取ったとき,試験官に「大きな,いい手ですね。操縦の上手なパイロットは,大きな手の人が多いんですよ。」と褒めていただきました。いえ,手ではなく,操縦を(たぶん)。今では色気づく年でもなし,「働きものの,ええ手じゃろ。文句あるかい。」とばかり開き直ってます。
 だって,料理は作るし洗濯はするし(するのは洗濯機ですが),その上ボルトを締めたり釘を打ったりといった大工仕事だって,下手したら配偶者(♂)より上手いはず。ああ,私の配偶者って幸せだなあ・・・なのに周囲の男性諸君からは「古川さんの配偶者になるのって,ホント大変だよね。(俺じゃなくて良かった)」と言われるのはいったい何故? 

略歴

京都市右京区太秦で出生。3歳から富山県で育つ

1993年3月
富山県立高岡高校卒業
1993年4月
大阪大学文学部入学
大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる

1999年3月
2年留年の後、大阪大学文学部文学科を卒業
フリーター生活をしていた2000年11月、一念発起して司法試験に挑戦
受験時代は京都の受験予備校(伊藤塾)に通う

2002年11月
司法試験合格
1年間の実務修習を京都で経験
2004年10月
京都法律事務所 入所
2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母

弁護士会委員会所属

【京都弁護士会】
刑事委員会副委員長
司法修習委員
検察審査会PT
死刑制度調査検討PT

【日本弁護士連合会】
刑事弁護センター幹事
法廷技術小委員会

一般民事事件(借地借家・交通事故・不動産・住宅問題・医療過誤問題など)

家事事件(離婚・相続・遺言など)

労働事件、労災事件、刑事事件、少年事件。

債務整理、破産申立事件など。

子どものころより空に憧れ、大学時代はグライダーで日本各地・オーストラリアなどの空を飛び回ってきました。操縦教官の国家資格も取得し、一時はエアラインのパイロットを目指すも受験に失敗。失意のフリーター生活の後、社会に貢献したい、常に自分自身を向上させられる仕事に就きたいと決意し、司法試験を目指しました。
今は、大地にしっかりと足をつけて、依頼者お一人お一人の悩みに寄り添い、ともに歩む弁護士でありたいと思っています。
特に、離婚・親子など女性が抱える問題に、共に悩み、しっかりした解決をお示ししたいと思います。
また、刑事・少年事件にも力を入れています。