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2012年3月アーカイブ

 早いもので、今年ももう3月。お正月もはるか彼方ですが、ネタの関係で、今までで一番印象的なお正月の過ごし方。私の場合、これもまた航空部と関わってくるのであります。


 私が過ごした大阪の某大学は、旧帝国大学である。それで、毎年体育会の各部では、「七帝戦(しちていせん)」「七大戦(ななだいせん)」と呼ばれる大会が行われる。これは、北は北海道から南(西?)は九州まで、7つの旧帝国大学で競われる対抗戦なんである。
 七帝戦では、7つの大学が持ち回りで順番に「主管校」を担当する。我が航空部の場合は、3月の全国大会終了の翌日から、「関宿(せきやど)」という千葉県の利根川河川敷にある滑空場でやるのが通例で、6年間は実際にそうなる。でも、7年に1度、東北大学が主管校の年だけは、仙台にある「霞目(かすみのめ)飛行場」という陸上自衛隊の駐屯地で、1月早々に行われるのである。

 さて、私が大学1回生のとき、7年に1度の東北大学が主管校の年がやってきた。何と言っても、仙台である。1年の12月に、「トレーニングセンター」通称「トレセン」という埼玉県は妻沼滑空場での合宿を経験していたが、トレーラーで機体を持っていく合宿としては最遠の、仙台まで行くんである。「陸送(りくそう)、大好き。」な私としては、これは参加せずにいられない。選手としてはもちろん無理なので、クルー(つまり下働き、お手伝い要員)として参加したい!と希望した。

 霞目飛行場への集合日は、1月2日。なにしろ遠いので、1日宿泊したくらいでは仙台まで届かない。2泊3日である。セーターやらダウンジャケットやら毛布やら、大量に防寒具を用意してトラックや機材車に積み込み、12月31日午後に大阪を出発した。
 その日は名古屋で宿泊。今はヘリパイ(ヘリコプターのパイロット)をしておられる名古屋大学の当時4回生、N先輩のご自宅に、合計6~7名で泊めていただいた(何しろ広いお家だったのだ!)。その晩、近くの神社に初詣に行き、盛大なたき火、と呼ぶには大きすぎる篝火に当たって御神酒をいただいた。凍るような寒い晩で、パチパチとはぜる火の粉、そしてこれからの合宿への期待と、大晦日にこんなところにいるんだなあという不思議な浮遊感を抱いて、ぼんやり炎を見ているそのときの自分の姿を、今もまざまざと覚えている。
 翌1月1日の朝、「おめでとうございまーす」と口々に言いながら起きてきて、早速出発。ここからは、名古屋大学のメンバーとも合流し、2台のトラックと2台の機材車で、抜きつ抜かれつの楽しい陸送となった。東名のどこかのSAでだったと思うが、九州大学のトラックとも遭遇。九大は12月30日に出てきているそうで、何と3泊4日。他人のこと言えた義理じゃないけど、「ほんと、好きねえ」という感じ。頭が下がります。
 1日は、東名を降りていわゆるカンパチ、環状8号線(だったと思う)を北上し、和光ICから外環(がいかん)を抜け、川口JCTから東北道へ(記憶で書いてますので、東京方面詳しい方、違っていたら教えてください)。佐野SAで車中泊した。元旦の夜だけど、テレビはない。隠し芸大会も時代劇スペシャルも、おせち料理もない。ただ、ガスコンロを持ってきている先輩がいて(これは先月実に久しぶりの再会をしたM先輩です)、網を載せておもちを焼いた。高速道路を次々に流れていく赤や黄色のテールライト、ヘッドライトを眺めながら、「これがええんや、これが。」などと言いながら、ふうふう吹いて食べたおもちが、何ともお正月だった。
 明けて2日、東北道路を一路北上。途中で確か東●大学のトラックとも併走し、トラックの窓からお尻を出したり出し返したりなどしながら(今考えると軽犯罪法1条20号違反。よい子はまねをしてはいけません)、昼過ぎにようやく仙台・霞目飛行場へ。陸送好きの私もお腹いっぱいな、大変充実した陸送だった。

 大会の結果は不思議と覚えていない。私も一発だけゲストフライトで飛ばせてもらったのだけど、とにかく仙台の市街地がすぐ近くで、離着陸がむちゃくちゃ怖かった。あとは、お約束の松島観光や、とにかく寒くて寒くて雪国育ちの私も身体活動が休止しそうだったのに、東北大学のメンバーだけは元気いっぱいだったことも、今はおぼろげに霞んでいる。
 あ、でもこれだけは言っておきたい。何と私は、東北大学の男子寮に泊まらせられたのである。最初のうちは、クルー・選手も含めて、東北大学を除く6大学の関係者で女性は私1人だけ。途中から東大の女の子が1人来てくれてホッとしたけれど、それまでは男子寮の中の空いている一室に私がのこのこ入っていって寝起きしているので、周りの男性諸君は「なんじゃい」という感じでハシッと見る。まあ男性に囲まれてるという状況は航空部で慣れているから男子寮でもいいといえばいいけど、お風呂には困った。三が日は銭湯も開いてないし、冬とはいえ、年末から1月5日までお風呂に入れなかったのが辛かった。男性の先輩なぞは、「汚ねえ~」と言ってネタにするし、酷いと思いません?

 ・・・と、「あのお正月のおもちの味だけは、はっきり覚えている」なぞ綺麗に結ぼうと思ったのに、結構いろいろ覚えてます。
 何だかんだ言っても、楽しかったのよね。

略歴

京都市右京区太秦で出生。3歳から富山県で育つ

1993年3月
富山県立高岡高校卒業
1993年4月
大阪大学文学部入学
大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる

1999年3月
2年留年の後、大阪大学文学部文学科を卒業
フリーター生活をしていた2000年11月、一念発起して司法試験に挑戦
受験時代は京都の受験予備校(伊藤塾)に通う

2002年11月
司法試験合格
1年間の実務修習を京都で経験
2004年10月
京都法律事務所 入所
2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母

弁護士会委員会所属

【京都弁護士会】
刑事委員会副委員長
司法修習委員
検察審査会PT
死刑制度調査検討PT

【日本弁護士連合会】
刑事弁護センター幹事
法廷技術小委員会

一般民事事件(借地借家・交通事故・不動産・住宅問題・医療過誤問題など)

家事事件(離婚・相続・遺言など)

労働事件、労災事件、刑事事件、少年事件。

債務整理、破産申立事件など。

子どものころより空に憧れ、大学時代はグライダーで日本各地・オーストラリアなどの空を飛び回ってきました。操縦教官の国家資格も取得し、一時はエアラインのパイロットを目指すも受験に失敗。失意のフリーター生活の後、社会に貢献したい、常に自分自身を向上させられる仕事に就きたいと決意し、司法試験を目指しました。
今は、大地にしっかりと足をつけて、依頼者お一人お一人の悩みに寄り添い、ともに歩む弁護士でありたいと思っています。
特に、離婚・親子など女性が抱える問題に、共に悩み、しっかりした解決をお示ししたいと思います。
また、刑事・少年事件にも力を入れています。