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2011年12月アーカイブ

HPの更新が超久しぶりになってしまいました。

でも,言い訳ですが,したくてもできなかったんですよね。私のHPだけ,なぜかうまく書き換えができないナゾの症状で・・・・。

結局,業者さんに聞いたら,「インターネットエクスプローラーのVer.9なら,『互換表示』というところをチェックしてみてください」とのアドバイス。なんじゃそれ,と思いつつイロイロ探してぽちっと押してみたら,・・アラふしぎ,見慣れた更新可能なページが出てきました。

いやーやっぱりネットっちゅうのはわからんわこりゃ。と思った次第。

 

さて,「今年一番の冷え込み」が日々更新される季節になってきました。弁護士もご多分にもれず,忘年会が続くシーズン。皆さまも,体調維持にはお気をつけて・・・・(このところダウン気味の古川でした。)

 グライダー界における女性の比率は、日本の社会における女性の生存比率に比して著しく低い、といっても過言ではない。
 例えば私が属していた某国立大学航空部においては、私が入部した当初、1回生から4回生まで23人の部員のうち、女性は4名だった。そのうち1回生が3名。あとの1人は3回生に1人いるのみ。そして8月を待たず、私以外の女性2名は退部していった。訓練が体力的にきつかったのか、お金ばかりかかって雨が降れば1週間の合宿でほんの数回しか飛べない状況に嫌気が差したのか、やはり木曽川のトイレ等過酷な環境により淘汰されたのか、辞めた理由は心当たりが多すぎて検討もつかない。
 当初入部した1回生10人のうち、3回生までで6人が退部し、最終的に残ったのは4人だけだったのだから、別に辞める比率として女性が高いわけではない。そもそも入部しないんである。どうしてだろうか。女性は空を飛ぶことにあまり興味がないというのが一般的傾向なのだろうか。
 もっとも、こうした傾向も女性の社会進出が進むに連れて(というのは何ら因果関係がない)改善されてきた。私の次の代は最終残ったのが4人中1人、次の代に至っては6人中4人が女性と一気に増え、心なしか華やかになった。私が4回生になったときには、23人中6人が女性と、23人中2人(学内OBも含めると33人中3人と、その比率はもっと低くなる)だったころからすれば隔世の感だ。

 そう、確かにグライダー界は・・・少なくとも私が入学したころの大学航空部は、どちらかといえば男性優位の社会だった。
 でも、女性だからこそ得したこともある。女性だからこそ、注目を集める。2回生のとき参加した東海・関西地区の大学対抗新人戦は、始まって9回目の大会だったが、私が女性として初めての優勝者となった。確か30~40人くらいの選手のうち、女性は3,4人くらいだったから、現在の弁護士会における女性弁護士の比率よりもずっと低い。それで優勝すると、何というかやはり、話題性があるのだろう。その後も大会で戦績を収めると、やはり注目度が違うのか、新聞やテレビの取材、N●Tや大阪●スの情報誌やスカイスポーツ専門誌などでも取材をして取り上げられた。大学の体育会5賞の1つにその年に活躍した女性を表彰するというのがあって、表彰されたりもした(歴代大学学長の名前を冠した嫌らしい賞だった)。その当時は、この先空の世界で食べていけたらなどと夢想していたので、取材に対しては、「女性であるということはハンディもあるけど、それを跳ね返せばこうして注目してもらえる。それを活かして、もっと活躍して、グライダーというスポーツをもっと一般の人たちに知ってもらいたい」とか何とか語っていたと思う。「♪わ~かかあ~った ♪何もか~もが~」という曲が聞こえてきそうである。

 良いことがあれば当然悪いこともあるわけで、それについては来月また話したいと思う。なぜここで唐突に話が終わるのか。それはこの原稿の締切が毎月20日であり、今現在は20日午後11時58分過ぎであり、私が事務所内でこの原稿を集める責任者であるからどうしても締切を守らないわけにはいかないことに加えて、タクシーで駅まで飛ばしても終電ギリギリの時間であるから大変焦っている、などというクリティカルな状況にある人間がこんな余計なことをつらつらと書いているわけがないので、きっとそれは嘘である。

 というわけで(この接続詞に意味はないが)、この続きはまた来月。ちなみにこれで終電を乗り過ごして自宅までタクシーとなると5000円近くタクシー代がかかるのだが、そのお金を誰かが出してくれる、などと言うことはない。大変だ~!

略歴

京都市右京区太秦で出生。3歳から富山県で育つ

1993年3月
富山県立高岡高校卒業
1993年4月
大阪大学文学部入学
大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる

1999年3月
2年留年の後、大阪大学文学部文学科を卒業
フリーター生活をしていた2000年11月、一念発起して司法試験に挑戦
受験時代は京都の受験予備校(伊藤塾)に通う

2002年11月
司法試験合格
1年間の実務修習を京都で経験
2004年10月
京都法律事務所 入所
2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母

弁護士会委員会所属

【京都弁護士会】
刑事委員会副委員長
司法修習委員
検察審査会PT
死刑制度調査検討PT

【日本弁護士連合会】
刑事弁護センター幹事
法廷技術小委員会

一般民事事件(借地借家・交通事故・不動産・住宅問題・医療過誤問題など)

家事事件(離婚・相続・遺言など)

労働事件、労災事件、刑事事件、少年事件。

債務整理、破産申立事件など。

子どものころより空に憧れ、大学時代はグライダーで日本各地・オーストラリアなどの空を飛び回ってきました。操縦教官の国家資格も取得し、一時はエアラインのパイロットを目指すも受験に失敗。失意のフリーター生活の後、社会に貢献したい、常に自分自身を向上させられる仕事に就きたいと決意し、司法試験を目指しました。
今は、大地にしっかりと足をつけて、依頼者お一人お一人の悩みに寄り添い、ともに歩む弁護士でありたいと思っています。
特に、離婚・親子など女性が抱える問題に、共に悩み、しっかりした解決をお示ししたいと思います。
また、刑事・少年事件にも力を入れています。