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2011年3月アーカイブ

 私はグライダーの世界において,単なる技術や知識にとどまらない,何か私という一人の人間の核とも言うべきものを獲得してきた。そしてその多くは,自分自身のフライトではなく,「教える」ことによって得られたように思う。
 グライダーに限らず,飛行機の操縦を他人に教えるときには,「操縦教育証明」という国家資格が必要だ。私は大学5回生のとき,この操縦教育証明(滑空機上級)を取った。全国で数百人いる(といってもおそらく300人前後だと思うけれど)同学年の航空部員のうち,この資格を取るのは10人にも満たない。
 資格を取得した人にはライセンス番号が付く。これはこの資格制度が発足した戦前から通算して取った順に振られている番号だけど,私の番号は802。同じように登録順に割り振られる弁護士の登録番号だって,私が32150だからそれだけの人が弁護士資格を取って来たのだ。いかに「操縦教官」という人種が希少種かよくわかる(難しいというより,マニアックなだけですが)。まあ,私だってこれを取るためにわざわざ1年留年したくらいだし,簡単には取れない資格であることは間違いない(自慢)。
 空を飛ぶという技術は,歩くことのように,人間に元来備わっているものではない。訓練生(学生)は,それこそ赤ん坊のように少しずつ,飛ぶことを覚えていくのだ。教えるときは,2人乗りグライダーの前席に訓練生が座り,後席に教官が座って飛行する。操縦桿は,前後席が連動していて,どちらでも操縦できる。最初は教官に全て操縦してもらい,自分は座っているだけ。その後上空の操作から少しずつ練習して,上空である程度グライダーを操れるようになったなら,徐々に離着陸も操縦桿を持たせてもらうようになる。一通り自分で飛べるようになって,教官のOKが出たなら,いよいよ初ソロ(単独飛行)だ。

 最初はいつも練習に使っている2人乗りのグライダーに一人で乗って飛ぶのだが,教官からの技量チェックを繰り返し,少しずつ難易度の高い高性能の単座機(1人乗りグライダー)にステップアップしていく。

 ちょっと考えたらわかってもらえると思うけれど,教官の責任はとても重い。だって,その機体を一人で乗りこなす力のない訓練生にGOサインを出したなら,下手をすれば死亡すらしかねない事故に繋がるんだから。

 私が所属していた日本学生航空連盟の東海・関西支部には,K教官という大教官がいた。同志社大学の航空部OBで,昭和9年生まれ。幾多の学生を育て,滑空界の栄枯盛衰,すべてを見てきた教官の中の教官だった。親分肌で,気にくわない教官は一言で首,出入り禁止にする気性の激しい人だったが,私は学生の頃から本当に可愛がってもらった。私が教官になってからは,「他の子には内緒やぞ。やきもち焼くと困るからな」と言いながら,先斗町の「山とみ」や丸太町の「八起庵」によく連れて行ってくれた。シャンソンが好きで,食事の後は「巴里野郎」というお店によく聞きに行ったものだ。ご自宅にお邪魔して,お屠蘇と奥様お手製のおせち料理を頂戴したことも,K教官が綺麗に手入れをされている竹林を散歩したことも,幾度となくあった。

 そのK教官が,いつも私に言っていたことがある。「教官は,自分の訓練生が上手くなった,と思ったらあかんのや。自分の教え方が上手いと思いたいから,すぐに『ああもう,この子はできるようになった』と思ってしまうけど,それは自分のエゴちゅうもんなんですよ。そう思とったら,訓練生を死なす。」その長いグライダー人生の中で,幾人もの学生の死に立ち会ってきた─偉大なことに,K教官の責任で死んでしまった学生は一人もいないのだけれど─教官の,血を吐くような言葉だった。

 他にもK教官に教えてもらったことは数え切れないけれど,この教えのエッセンスは,私の中のしかとした背骨のようなものになっている。だから私は,自分が伝えたつもりのことが,即座に相手に伝わったとは思わない。「自分が」言いたいことをどう話すか,という自分中心の視点ではなく,「相手が」どれだけ理解しているか,相手により理解してもらうためにはどのように伝えるか,という相手側の視点に立って物事を進めていく。そしてそのことは,弁護士という今の職業においても確実に役立っていると思う。

 K教官は,一昨年に亡くなった。その1年ほど前に,私は自分の結婚のことでK教官の怒りを買い(というのも変な話だけれど,それだけK教官は親身になって私のことを心配してくれていたのだ),絶縁状態になっていた。そのために,私はK教官の死を,数ヶ月後になるまで知らなかった。入院されていたK教官は,私が病の床に駆けつけて謝罪するのを或いは待っていたのではないだろうか。両親とともにご自宅にお邪魔し,お線香を上げながら,あんなに可愛がってもらったのにと涙が止まらなかった。

ゆく人,くる人

今日は年度末。実は,3月下旬~4月下旬というのは,弁護士が比較的「忙しくない」時期である。というのは,3月末が裁判所の人事異動の時期だから。引継等もあって,あまり裁判の日程が入らないのです。

他に日が入らなくて,今日どうしても入れてもらった刑事事件の判決がありました。担当の裁判官は,実は今日を最後に他府県へ移動。保釈で出ていた被告人なので,今日の判決後すぐに再度保釈の請求をして,先ほど無事認めていただきました。最後までお手を患わせて恐縮でしたが,感謝の気持ちで送り出すことができて,一安心(笑)。代わりに来るのはどんな裁判官かな。

このように,この時期は,法曹界でも一応は別れと出会いの季節なのでした。


 生まれてきて口にした物の中で何が一番美味しかったか―こう聞かれて,すぐに頭に浮かぶのは,あのクリスマスの木曽川で飲んだ,灰入りのコーヒーだ。


 私たちが普段フライトに使っていた木曽川滑空場は,河川敷の占有許可を取って,学生たちが代々草刈りをしたり,或いは草を植えたり,土嚢を積んで道を補修したり,泥と汗にまみれて綿々と維持してきた手作りの滑空場である。
 ここにはいろんな物が置いてある。夏用のテントや土方作業用のスコップ,土嚢袋,ワイヤーカッター,ニコプレスといった機材を積んで置いておく機材車や,ウインチ曳航をするためのワイヤー索を機体の前まで引っ張ってくるリトリブカー,8人乗りのワゴン車など,10台近くの車が置いてある。中には荷台に簡易トイレを積んだ軽トラ,通称「ババトラ」なんてモノまである。
 それから,機体=グライダーも,2~5機くらい地面に係留してある。
 あとは,「ウインチ」が3台くらい。ウインチとは,グライダーを繋いだ鋼鉄の索を巻き取って,凧揚げの要領で上空に飛ばすための巨大な「巻き取り機」であり,大型トラックの荷台の床板に穴を開け,別のトラックのエンジンと,巨大なドラムと,ウインチの操縦席としてトラックの運転席を積み込んで組み立て,あちこちをボルトで締めたり溶接したりして作ってある。恐ろしいことに,これも学生の手作りなのである。何せお金がない,暇だけはあるということで,廃車にするトラックやらエンジンやら部品をもらってきて,必要最低限の物は買ってきて,昔の学生たちが作ったものを,修理しながら大事に使っているのだ。

 さて,普段はランウェイに置きっぱなしで,1週間毎に合宿をする大学が交代する間も,引継をしてそのまま使っているこれらの機材。これを全部,約4km離れた宿舎まで引き上げるときがある。それが「総撤収」と呼ばれるものである。

 基本的には,合宿がなくなってしまう学生の試験期間中だとか,年末年始などに行われるが,やれ台風が来た(ランウェイが浸水して水浸し→グライダーがぷかぷか浮いちゃう),大雪が降りそうだ(雪がグライダーに積もる→機体が折れてしまう)という非常事態にも,その合宿に教えに来ているOB教官が判断をして,「うむ,では,総撤収しよう。」ということになる。
 言うはやすし,行うは大事業。限られた人数で,機体を次々にばらし(解体し)たり,車をどんどん宿舎に持って行くのだが,悪路で時間がかかる。車はみんなナンバーなしだから,一応公道を走るときにはそれぞれナンバーの付いた車を前に走らせてロープをたらし,牽引されているようにみせかけるので,大行列になる。
 中でも大変なのが,ウインチの撤収だ(ホントは,悲惨さで上回るのは,大量の汚物を溜め込んだ「ババトラ」の撤収で,これができる人は「ババ認定」といって,総撤収合宿のときに重宝されるというくらいのシロモノなんだけど,ここでは割愛します。)。
 その冬,私は新進気鋭の(?)女性ウインチマン(ウインチウーマン,というべきか)として,合宿に参加していた。12月23日の夜,急に冷え込んできて,翌朝起きると,富山県出身の私にはなじみの深い,鉛色の雲が広がっていた。学生の間に広がる嫌~な予感。案の定,お昼前には粒の大きい,重そうな雪片が,ほたっ,ほたっと落ちてきた。天気図や気象台の情報を取り,「総撤収ー!」の号令がかかる。雪の降るスピードは速く,あっという間に全長約1.2kmのランウェイは真っ白になってしまう。
 私はウインチ側にいて,黙々と撤収作業を進めていく。合宿に参加している数十人の学生のほとんどは,ウインチがあるランウェイエンド(滑走路の端)とは反対の「ピスト側」にいて,ウインチ側にいるのはウインチマン1~2名と,リトリブカーを運転する「リトマン」がときどき来るだけ。普段のウインチ側は,あくせく機体を押したり重い荷物を運んだりするピスト側の学生と比べて,お菓子食べ放題,漫画読み放題のウインチマン天国なんである。ただし,一旦ウインチのトラブルが起こると(「ウインチ赤(あか)ー!!」)夜を徹しての作業になる。
 その日,私と4回生の先輩ウインチマンは,降りしきる雪の中,ドラムに索を巻き取り,錆びないように真っ黒の廃油をかけ,巻き取り機やローラーベアリングにグリースを盛り付けて(塗り付け,などという可愛らしいレベルではない)シートを被せ,せっせと撤収した。普段の一日の訓練の終わりであれば,それだけで済むのだが,総撤収の場合はこのウインチが乗っている台車のトラックを運転して,宿舎の駐車場に運んでいかねばならない。3台のウインチのうち,2台をそれぞれ1人ずつのウインチマンが運転して,宿舎へ出発する。
 道はもの凄い悪路(某ト○タ自動車のテストドライバーをしているOB教官曰く,「この道は『マレーシアレベル』だな」),そこをナンバー車に牽引(の振りを)されながら時速8kmくらいで慎重に運転していく。やっと宿舎に着いて,もう1台のためにランウェイに帰ってきたときには,もう夕方4時過ぎになっていた。冬至のころで,一面の雪雲のせいもあり,薄闇が迫っている。
 ところが3台目のウインチのエンジンが,かからない。ウインチのバッテリーは,普通車の12Vのじゃなくて,24Vの大型バッテリーをさらに2つ繋げて48Vにして使ってるんだけど,これも廃車から取ってきた古い物だったりするので,ものすごく弱い。キーを回しても,セルモーターが回る「とぅるる・・」という微かな振動はあるものの,本体のエンジンがちっともかからない。そのうち,セルすらうんともすんとも言わなくなってしまった。ウインチ本体のエンジンがかからないなら,索をリトリブカーで無理矢理引っ張って,「押しがけ」ならぬ「引きがけ」をするという荒技も使えるんだけど,台車の押しがけは数十人もいないととても無理だ。
 雪はしんしん振り積もり,もう5㎝にはなろうかという状態。5時近くになって,ほとんど雪明かりだけ,真っ暗だ。体は冷え切って,バッテリーの端子を回す手もかじかんでうまく力が入らない。どうしよう。このままかからなかったら,帰れないよ・・。ほとんど泣きそうになっている私に,先輩ウインチマンが手渡してくれた,こわれたミルクパンに入ったコーヒー。どんなときでもどんな悪条件下でも,焚き火をおこせるのがウインチマンになれる条件なんだ。先輩は,雪をかき分けて新聞紙に廃油をかけ,焚き火をおこしてくれていた。ミルクパンを直火にかけて雪を溶かして湯を沸かし,インスタントコーヒ
ーの粉と砂糖をぶち込んだだけのコーヒーだったけど,新聞紙の灰がいっぱい入っていたけど,五臓六腑に暖かさが染みわたって,体がするすると溶けていってしまいそうな味だった。

 結局,バッテリーの+端子と-端子をドライバーで直結する,という恐ろしいショック療法でエンジンはかかり,やっと宿舎に帰り着いたときには8時近くになっていた。
 そのときは,もう二度と冬のウインチマンなんてやるもんか,と思ったけど,10年経った今でも,あの焚き火の暖かさと灰くさいコーヒーの味はクリアに覚えているし,あれより美味しい物は口にしたことがない,と思う。
                     弁護士  古 川 美 和 

眠れない夜

昨夜,寝ていた下の子(1歳)が23時過ぎにぐずりだした。

「わああん,えあん,あん」鼻水や咳が出てるから,鼻が詰まって寝苦しいのか,ころころ寝返りしては「えああん,あん」とぐずぐず。ミルクや薄めたイオン水をどんどん飲むが,それでも寝付けない。

体重11kgの彼が寝返りしてのしかかってくると,母としてもかなり重い。腕枕なら耐えられる(いつもしてる)が,お腹の上にずどーんとのっかってくるので,しばらくすると呼吸困難になる。子も苦しいが,母も眠れない。

結局2時近くになって,やっと寝付いてくれたと思ったら,今度は私の目が冴えてしまって眠れない。考えまいとしても,明日からの裁判員裁判のことも含めて,抱えている事件のあれこれについてグルグル考えがせり上がってくる。

人の人生の重大な局面に関わる弁護士という仕事はやはり重い。自分自身のココロと頭が健康であるために,できるだけクールでいようとするんだけど,こんな夜にはどうしても幾つ分もの人生の悩みを抱えてしまう。

南向きの寝室の窓から,カーテン越しに月が動いて行くのを見ながら,西に傾いて月が窓から消えてしまうまで,眠れなかった。

留学生との交流・その2

今日は,同志社大学に各国から留学している学生さんたちと,裁判員制度についてお話ししてきました。

と言うところまで書いて,前もこの話題あったよな~と思い,検索してみたら,去年の7月9日にもありました。結構定期的にやってたんだなあ。今日で同様の講義?は4回目くらいになるかしら。前回お会いした記憶がある方もいて(もしかしたら皆さんそうだったのかも・・・),だとすると格段に日本語は上達しておられました。

毎回思いますが,留学生の皆さんからの質問は,ホント鋭い。「市民の裁判員は専門家の裁判官に遠慮して意見を言えないのでは?」「裁判員制度が始まって,日本で死刑制度については何か変わったか」など,日本人との間でも興に乗っていくらでも話続けられるような質問・意見がポンポン出ます。ましてや母国語じゃないのに,凄いなあ・・・。

前回も書いてるけど,ほんと,私自身が勉強になるので,これからも是非続けていきたいです。

でも,留学生の皆さんは,留学期間もまだ1ヶ月残ってるのに,今回の地震のため,今日を最後に授業を終え,帰宅するとのこと。残念ですが,日本に良い印象を持っていただけているといいなあ,と思います。

さて,今夜は弁護士会で「フェスタ」があります。知り合いの弁護士や事務員さんもバンド出演するみたいなので,ちょっと覗いてこようっと。

 

泣いたり笑ったり。

明けても暮れても,地震関連のニュース。ちらりと一瞬目を走らせただけでも,胸がつまる状況ばかり。

それでも,仕事に追われる日常は過ぎていく。

 

前回書いていた裁判員裁判は,残念ながら有罪となってしまった。もちろん,無実を叫びながら有罪とされてしまった被告人本人の気持ちには到底及ぶべくもないけれど,弁護人としても辛い。しかも,判決が出て放心状態で事務所に帰ったら,地震のニュース。

でも,今日は私にとって明るいニュースあり。ずっと保釈請求をしていて認められていなかった被告人の,実に4回目の保釈請求が認められたのだ!

心臓が悪い被告人なのだが,これでようやく病院でカテーテル検査などが受けられる。本当に良かった。

毎日,泣いたり笑ったり。でもそうやって,日常の仕事ができてることのありがたさを感じてしまう。せめて精一杯仕事をしよう。ココロや身体全体で,被災地の苦しみ・悲しみに想いは馳せながら。

 ・・・さて,前回の続きで,聞くも涙,語るも涙の「5時間滞空ものがたり」。あれは,
大学3回生の2月のことでした。群馬県は渡良瀬川(足尾銅山の鉱毒事件で有名ですね)
の河川敷にある板倉滑空場で,10日間の強化合宿に参加していた私。この時期の板倉は
とっても気象条件が良くて,毎年長距離フライトや長時間滞空の記録が出るところで,私
も張り切って合宿に臨みました。
 滞空2時間という「銅章」の条件は既に達成していた私にとって,最大のねらいは「銀
章」の要件である滞空時間5時間。気象の勉強や上昇気流が出やすい場所の研究はもちろ
んのこと,寒さ対策も欠かせません。ダマールの下着に毛糸の腹巻き,登山用の純毛靴下,
ホッカイロ(ただしホッカイロは,上空に行くと酸素が少なくなるせいか,高々度では発
熱せず,役に立ちません)。
 そして・・・何より例の対策,大人用紙オムツ。いや,だってどうにもトイレがガマン
できなくなったら最後,漏らすよりはいいじゃないですか。スーパーマーケットの中の薬
局で「アテント」を購入する私。店員さんの「まあ,・・・若いのに,大変ねえ」といっ
た感心の眼差しに「いや,あの,私が自分で使うんですけど・・」とも言えず,ささっと
お金を払い,自宅で試しにはいてみました。でも,うーん,やっぱり抵抗があってどうし
ても放尿まではできません。(ま,いざ緊急事態になったときの備え,ということで・
・)と納得させて5~6枚を合宿カバンの中へ。

 そうして迎えた合宿中日,西高東低冬型の気圧配置が少しゆるみ,寒気は入って来てい
るけれど風はそんなに強くないという,絶好の滞空日和。空にぽこぽこ「美味しそうな
雲」=上昇気流がありそうな雲が出始めた午前11時前,下着や上着,マフラーに毛糸帽,
靴下2枚履きでぶくぶく気ダルマになった私はよちよちと愛機に乗り込み,離陸します。
ズボンの下にはもちろん,例の紙オムツ。
 最初のころは上昇気流もまだ小さく,見つけて上がるのに苦労しますが,ここで降りる
わけにはいきません。グライダーは全部で6機,合宿に参加しているのは20人近くです
から,降りてしまえばフライトの順番は他の人に回ってしまい,その人が飛んでいる間私
はもう乗れないので,必死です。そのうちサーマルトップ(上昇気流が頭打ちになる高
度)も1500m,2000mと順調に上がり,雲底(そこまでは少なくとも上がれる)
2400mのバリバリ好条件に。12時,13時と余裕で跳び続けますが,だんだん身体
は冷えてくる。特に足,計器板の下にラダー(方向舵)のペダルがあるんですが,ペダル
を踏む足は計器板に隠れ,日が差さない。しかも午後遅くになってくると,対流の層が上
に上がってきて,低い高度ではなかなか上昇気流が見つかりませんから,必然的にずっと
雲の下に張り付いて飛んでいる。すると雲の影になって日が当たらない,これがめちゃく
ちゃ寒いんですね。
 機内に設置されている温度計は,マイナス10度を指してます。足はかじかんで感覚が
ない。仕方がないので雲の下から少しだけはみ出て,足のペダルを踏まなくてもいいよう
に,ゆるーいバンク(機体の傾き)で緩旋回しながら,足を計器板の上に出す(車で言え
ば,運転手がペダルから足を離してダッシュボードの上に足を載せてるみたいな状態で
す)。そのとき足に当たった,日光のじわ~んとした暖かさと言ったら!「太陽エネルギ
ーはすごい!!」と実感しました。
 そしてやはり耐えられなくなってきた,尿意。雲の下にいるときは必死でお尻を強ばら
せ,雲から出て太陽が当たると「ほわ~~ん」,少し楽になる。でもまた雲の下に入ると
「う゛うーーー」。トイレ,トイレ,トイレのことしか考えられない。せっかく紙オムツ
してるんだから,楽になってしまいたい!でもやっぱり使用感,臭い,いろんなこと考え
るとそんなことできない(だってお嫁入り前だもん!)。悶々とし続ける私の耳に飛び込
んできた無線,「えー,板倉ピストよりJA2304(私が乗っていたグライダーの機
番),5時間滞空達成,おめでとう!!」やったやった!!もう駄目かと思った!
 そうして,エアブレーキ全開で矢のごとく地上に降りた私は,車で送ってもらって何と
かトイレにたどり着いたのでした。あー良かった。

 かくのごとく,私の滞空5時間は無事達成されたのですが,その同じ日にあったもっと
凄い話。その合宿は,私が行っていた大阪大学とは伝統的に宿命のライバルである名古屋
大学(名阪戦,というのもあります)と合同でやっていたのですが,その名古屋大学の1
つ上の先輩も,同日に5時間滞空を達成。と言ってもその先輩はオーストラリアで既に5
時間飛んで来ていたので,別に無理して5時間飛ぶ必要はなかったんですが,先輩いわく,
「だって,カナスギ(私の旧姓です)が絶対5時間やると思ったんやもん。先輩やのに負
けたら悔しいやん」。ガッツの先輩は,上空でトイレがガマンできなくなり,持っていた
タオルを当てて少し「してしまった」そうです。「ええっ?!先輩,そいでどうしはった
んですか?」「小窓からタオル外に出して,絞ったんよ」。その絞った水滴は,すぐ後ろ
にある主翼の前面に飛び,あまりの寒さにすぐにビチビチッと凍り付いてしまったそうで
す。「下に降りてくる途中でそれも溶けて飛んでいったけどな。」豪快に笑うそんな先輩
が素敵でした。あ,もちろんその先輩も女性です。

 ちなみに,私の最長フライトはその後オーストラリアで更新され,7時間半くらいのフ
ライトも経験しました。でも,いくら空が好きで,どれだけ空を飛んでても苦痛じゃない,
という私でも,やっぱり生理現象には勝てないですね。もっともそれなりに不貞不貞しく
なった今なら,大人用紙オムツも抵抗ないのかもしれませんが・・・。

                  弁護士  古 川 美 和 

裁判員裁判,判決前。

月~水まで審理があった,裁判員裁判の判決公判が,今日午後から行われる。

一部の事実について無罪を主張している事件。主任弁護人の谷山弁護士や私ももちろん祈るような気持ちだけれど,被告人本人はもっと眠れない夜を過ごしたことだろう。

裁判員の良識に期待したい。

 「グライダーって,何分くらい飛んでられるんですか?」高度と並んで,最もよく聞かれる質問です。

滞空時間(動力なしで飛んでいた時間)の世界記録は,2人乗りグライダーで70時間以上!です。ちょっとびっくりする数字ですよね。

日本記録も,戦前に奈良県の生駒山というところで28時間以上の記録がありますが(これは一人乗りグライダーです),戦後に整備された航空法では,計器飛行ができないグライダーは日の出前・日没後のフライトができませんから,今では全く実現不可能な記録なんです。


 動力がないグライダーが長時間飛行し続けるためには,2つの条件が揃わないとできません。つまり,気象条件=飛べる環境という外部要因と,飛ばす側=パイロットの技量と気力と体力という内部要因です。


 気象条件という外部要因は,意外と簡単にクリアできます。そりゃ全く上昇気流がない,静穏な日には無理ですが(この場合は,300m~600mくらいの高度で離脱して,滑空して降りてくると,滞空時間は6~10分程度です。),地上の空気が暖まって上昇するという熱上昇気流(サーマル)でも,日本の場合早い日には午前10~11時ころから出始めて,16~17時くらいまではありますから,5,6時間は飛べるわけです。

  滞空時間の記録が出る場合は,風が山の斜面にぶち当たって駆け上がるときにできる斜面上昇
風(リッジ,生駒山の記録はおそらくこれでしょう)や,何と言っても前々回にお話しした山岳波(ウエーブ)などを利用していて,これは風が吹いている限り恒常的にありますから,気力と体力さえ許せばいくらでも飛んでいられる・・・はずなんです。


 しかーし,一番ポイントなのは気力と体力,人間側の問題です。長時間飛べば当然疲れますから,無理な力の入った操縦をしないよう普段から意識してトレーニングしたり,疲労しにくい衣服や座席の背もたれ,クッション等を研究します。飛んでる間の食料として,上空にバナナやカロリーメイト,ガム・飴や「おせんべい」という人もいますが,各自いろいろ試してそのときの気温・湿度,体調等条件に合わせた物を持っていくわけです。


 なかでも大問題なのが,水と排尿。夏場は水分を取らないと,脱水症状になりますから水は飲む。飲むとトイレに行きたくなる。冬場は水がなくても困らないけど,寒くて(上空2400mだと気温はマイナス10度くらいになります)やっぱりトイレに行きたい。
もう,この,「トイレに行きたい!」という気持ちがフライトの最後の方になると頭の90%くらいを占める思考になるわけです。下腹部に神経が集中して脂汗が出てくる。

  長距離フライトに出ているときは,平均速度を上げるためとかじゃなくて,とにかくトイレ,トイレ,いかに早く着陸してトイレに駆け込むかを考え続けます。「いや,待てよ,降りてから歩いていって間に合うだろうか・・・。無線で車を用意しといてもらおうか。」などと切実です。


 しかし長距離じゃなくて,単に長く飛ぶ,というときは,それこそ本気のガマン大会になります。

 グライダーの世界にも,技量をはかる基準となる賞のようなものがあるんですね。

 国際航空連盟(FAI)が認定する国際滑空記章として,ダイヤモンド章,金章,銀章などがあるんですが,このうちの銀章というのが,滞空時間5時間以上をクリアしないと取れない。ですから,銀章狙いの人は必ず一度は5時間以上飛ばないといけないわけです。そして,この5時間滞空フライトこそ,日本の学生パイロットに取って一つの試金石になるんです。

私も,大変な血と汗と涙でこれを取るわけですが・・・ちょっと話が長くなりますので,この続きは次回にしたいと思います。

                  弁護士  古 川 美 和 

困ったときの「ガン,ガン」?

今日,車が壊れた。

風邪が治った?と思いきや,咳が出る。来週の裁判員裁判までには止めなきゃ,と思い,朝事務所に行く前に近くのかかりつけ耳鼻科に行こうと車を止めて,病院に入ると,季節は春,耳鼻科混む,待合室には長蛇の列!仕方なく後で来ようと思い車に戻り,エンジンをかけようとしたら,あれ?鍵がイグニッションに刺さらない???

鍵穴を見ると,少し奥の方で何か銀色の爪みたいなのが出てきていて,そこから先に鍵が入らない。強く差し込むのも怖いし,おそるおそるこじったり,ぎゅっと押したりしてみたが,やっぱり入らない。

困ったので,自動車会社のエマージェンシーサービスに連絡して,1時間ほどでロードサービスの人が来てくれた。

修理をまかせて私は件の耳鼻科に入ると,診察の順番が来る前に,直ったとのことで連絡が。

聞くと,ほこりを防ぐカバーが下りたまま中でくっついちゃってて,「衝撃を与えたら」はずれて,一応今は何回やっても普通にかかります,とのこと。

・・・・それって,「叩きゃ直る」ってこと??

やっぱり,テクノロジー(という言葉自体がなんか古い)が進化しても,基本は「たたいて直す」なのかぁ,と実感したのでした。

さあ,来週からの裁判員裁判,がんばろっと!無罪になったらいいなあ・・・・

入試ネット投稿,加熱報道に思う

京大他の入試ネット投稿,報道機関は各社「全力取材」という感じ。

私自身,見てはしまうんだけど,そういう「興味本位」で情報を集めたくなる自分自身に対しては,いつも自制・自省するようにしている。

報道には常に,いくつものバイアスがかかる。新聞であれば,たとえば警察が発表した事実は警察官が流したいと思った情報だけを,しかも警察の「表現」で述べたものにすぎない。それを聞いた記者が記事に起こす段階で,記者の見方によってその事実はさらに切り取られ,場合によっては変質する。さらに,編集者の意向も入るかもしれない。

そうして私たちの手元に届けられた記事は,事実そのものからは時として大きくかけ離れている。職業柄,自分が直接知っている事件の中身が,報道では大きく異なっている,ってことはよく経験する。

つい最近も,裁判員経験者の意見交流会があって,弁護士会代表として出席したんだけど,出た新聞を見たら,某●日新聞には,私ではなく検察官が述べていた話が,「古川美和弁護士は~~と苦笑い。」と私が話したように書かれてあった。それこそ苦笑いするしかない。

だから,どんなに報道が過熱しても,受け取る側がヒートアップしちゃダメだと思う。

報道を過熱させないためにも。

 

 グライダーはどのくらいの速さで飛んでいるのか。どれくらいだと思います?答
えは,高速道路を走る自動車くらい。平均的な練習機の巡航速度は,時速80km
から90kmです。
 では本気でぶっ飛ばしたら何キロくらい出るのか?よくある復座機(2人乗り)
のASK21(アレキサンダー・シュライハー型K21。ASはドイツのグライダ
ー製作会社名,Kは設計者のカイザーさんのイニシャルです。)で,超過禁止速度
は時速280km!でも私だって,えー,そんなにスピード出るのかな?って感じ
です。今までたぶん200km/hくらいは出したことがあるんですが,それだっ
て操縦桿を押す手が振動でぶるぶる震えるくらいの抵抗感,翼はぶぶぶぶぶ・・・
と嫌な音を立てるし,ときどき「ミシッ」とか機体の接合部がきしんだりして,生
きた心地がしない,おお怖い。しかも速度を出せば出すほど,機体は「下を向く」
んですよ。グライダーの速度というのは,上空を飛んでいる姿勢,滑空姿勢で決ま
るのです。坂道を自転車でペダルをこがずに滑り降りる場合を想像してみてくださ
い。急な坂道ほど,自転車のスピードは上がりますよね?


                                (通常時の滑空姿勢)
 あんな感じで,横から見ると「下向き」の姿勢で急降下しているグライダーほど,スピードが出ているんです。200km/hも出ていると,地面がたくさん見えて,「あー,ぐんぐん落ちてるなあ」という感覚。少しでも長く空にとどまっていたいと思う私は,高速飛行でかっ飛ばすのはあまり好きではありません。  ちなみに,グライダーの速度計は,「対気速度」,つまりその空気の中での速度を計るもの。「対地速度」,地面に対して時速何キロで飛んでいるかは,また別です。だから,例えば秒速10mの向かい風が吹いていて,速度計で90km/h出ているとする。秒速10mは時速36kmですから(このくらいは上空でさっと計算する・・・というより,覚えています),正面から時速36kmの風が吹いているとすると,風に阻まれて地面との関係では90-36=54km/hでしか進んでいないことになるのです。逆に,追い風の場合は速度計の速度より速く目的地に到着します。        

     (高速時は下向きで飛ぶ)
   普段,私たちは地面にしっかり足をつけていて,地面との間で摩擦があるため,多少の向かい風が吹いてもずずず・・・とか風下に飛ばされたりしません。でも,上空では摩擦がないので,グライダーは風に流されちゃうんですね。だから,追い風で旋回をするときは,風に流されることを考慮していつもより早めのポイントで旋回し始めたり,地上とは違う頭の使い方が必要になってきます。そして私は,そういう風に「空のアタマ」に切り替える感覚,自分の中の二重性が好きだったりします。

                           弁護士 古 川 美 和 

略歴

京都市右京区太秦で出生。3歳から富山県で育つ

1993年3月
富山県立高岡高校卒業
1993年4月
大阪大学文学部入学
大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる

1999年3月
2年留年の後、大阪大学文学部文学科を卒業
フリーター生活をしていた2000年11月、一念発起して司法試験に挑戦
受験時代は京都の受験予備校(伊藤塾)に通う

2002年11月
司法試験合格
1年間の実務修習を京都で経験
2004年10月
京都法律事務所 入所
2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母

弁護士会委員会所属

【京都弁護士会】
刑事委員会副委員長
司法修習委員
検察審査会PT
死刑制度調査検討PT

【日本弁護士連合会】
刑事弁護センター幹事
法廷技術小委員会

一般民事事件(借地借家・交通事故・不動産・住宅問題・医療過誤問題など)

家事事件(離婚・相続・遺言など)

労働事件、労災事件、刑事事件、少年事件。

債務整理、破産申立事件など。

子どものころより空に憧れ、大学時代はグライダーで日本各地・オーストラリアなどの空を飛び回ってきました。操縦教官の国家資格も取得し、一時はエアラインのパイロットを目指すも受験に失敗。失意のフリーター生活の後、社会に貢献したい、常に自分自身を向上させられる仕事に就きたいと決意し、司法試験を目指しました。
今は、大地にしっかりと足をつけて、依頼者お一人お一人の悩みに寄り添い、ともに歩む弁護士でありたいと思っています。
特に、離婚・親子など女性が抱える問題に、共に悩み、しっかりした解決をお示ししたいと思います。
また、刑事・少年事件にも力を入れています。