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2010年1月アーカイブ

 今でも,空港からジェット機に乗るたびに「こんなでっかい鉄の塊がなんで飛ぶんだ?!」と思ってしまう。頭では,ジェットエンジンが推進力を生みだし,前に進むと同時に翼の周りに気流が生まれ,機体が浮かぶ「揚力」が発生するのだ,とわかってはいても,どうもイメージが湧かない。

 グライダーが飛ぶ原理は,それと比べると至ってシンプルだ。頭の中に,風を切ってすーいと飛ぶ,紙飛行機を思い浮かべてもらえればいい。あれがグライダーの飛んでいる状態。
 グライダーには,モーターグライダーと言ってプロペラエンジン式の動力を搭載しているものもあるけれど,私が乗っていた「ピュア」グライダーは違う。動力がないので自力では上空に上がれず,機体下部に装着したワイヤーをウインチという巻き取り機で巻き取って凧揚げの要領で上がるか(これだと離脱高度はせいぜい300m~600mくらい),セスナ機のような飛行機に曳航してもらうか(これだと好きな場所,好きな高度まで引っ張ってもらえる)しかない。そのかわり,いったん上空に上がると余計なエンジン音もなく,聞こえるのは翼が風を切るささやき声だけだ。エンジンがなくてもそれ自体「飛ぶ」ように出来ているのだから,上空で壊れて飛べなくなるということもなく,トラブルは少ない。

 上空で滑空姿勢に入った,つまり飛んでいる紙飛行機の状態になったグライダーは,空の滑り台を滑り降りているように,少し下向き加減になっている。私たちも前のめりになって坂道を降りていると,「おっとっとっと・・・」と思わず足が前に進んでしまうでしょう?あんな感じで,グライダーも「揚力」という機体を上に持ち上げて支えている力が前のめりに傾いているので,その傾きが推進力になっているのである。ちょっと難しいですね。

 もう少し難しいことを言うと,この「揚力」というのは,翼の上面と下面で気流の流れる速さが違うことから生じる上向きの圧力のことである。えっと,コピー用紙のような薄い紙を用意して下さい。その短い辺の両端を指でつまんで自分の唇にくっつけ,紙の上面に沿って息が流れるように,「フーッ!」と息を吹きかけてみてください。巧くすると,ハタハタと紙が上に持ち上がって翻るんですが,どうでしょう?簡単に言えば,これが「揚力」である。なんか,「ベルヌーイの定理」とかそんなんも航空力学で勉強した気がするが,難しいので忘れてしまおう。
 とにかく,この揚力が発生する向き,ベクトルが,垂直方向より少し前のめりに傾いているから,とっとっと・・・とグライダーも斜面を滑るように前に進むのである。

 まあ,なんだかんだ言っても,実際に飛んでみないとわからない。私も一回生で,座学だけやらされたときには皆目わからなかった。えいっ!と飛びこんで体で感じて,頭で覚えた知識と体の感覚が段々一致してくるその過程が,6番目の知覚を獲得しているようで,たまらなくエキサイティングだった。もう一度,ああいう全く新しい世界に飛びこんで右往左往しながら学んでいくという経験をしたいなあと思う,今日この頃である。
                                                   弁護士 古 川 美 和
 先月、ゴールデンウィークまっただ中の5月3日、兵庫県の但馬空港でモーターグライ
ダーの墜落事故があった。機体は滑走路に墜落直後炎上し、乗っていた2人が死亡した。
そのうち1人は、私の航空部時代の同期だった。

 彼は京都の国立大学で、私は大阪の国立大学と、大学こそ違えど七帝戦などで毎年顔を
合わせていたし、2人とも操縦教育証明という教官の資格を持っていたため、卒業後もあ
ちこちの合宿で顔を合わせていた。2人乗りのグライダーに一緒に乗り、操縦技術を学び
合ったこともある。
 お通夜では、同じくグライダーのベテラン教官であるお父様が、いつも通りのにこやか
な笑顔で「今日はありがとう、・・くんも喜んでると思うわ」と話しかけてくださり、た
まらなかった。彼は一人息子だった。

 残念なことだけれど、グライダーにも事故は起こる。事故率から言えば、走行経路に障
害物の多い自動車の方が実はずっと高いのだが、グライダーの場合は一旦事故が起こると
重大な結果に終わることが多い。
 もちろん私たちは、事故など起きないよう絶えず注意して飛行する。上空での飛行訓練
では、高々度で失速(ストール)や錐揉み(スピン)など、わざとエマージェンシー状態
を作ってその兆候を経験し、そこからの回復方法を何度も練習する。他機と空中衝突しな
いよう、ウォッチアウト(他機警戒)は1回生のころから繰り返し繰り返したたき込まれ
る。
 それでも、事故が起こる。練習に練習を重ね、経験を積んで余裕も出てきたころに、時
にはヒヤリとする思いを味わいながらも生還し、さらに自信を付けていく。自分はここま
では大丈夫、という手応えのようなものができてくる。そんなとき、空にぽっかりと開い
ている口にすとんと落ち込むように、事故は起こるのだ。
 
 究極の防止策は、もちろん「飛ばないこと」。でも、それでは何もできない。
 もう少し仕事や子育てが落ち着いたら、私もまた飛び始めたいと思っている。死にたく
はないから、その瞬間、彼は、そして今まで空で亡くなってきた何人かの知人たちは、何
を感じ、どんな恐怖を抱いただろうと、絶えず恐れと想像力を持ちながら、でも死なない
ように生きることはしたくないから、また飛びたいと思う。
 
 お通夜の席、彼のお父様は、この先グライダーを続けるかと問われ、「飛びますよ。」
笑顔できっぱりと言い切った。そのとおり、かつて彼と共に飛んだ空に、また飛び立たれ
るのだろう。
 天国で、彼がしなやかな流線型の白く美しい機体に乗り込み、何の落とし穴もない素晴
らしい気象条件の空を、心ゆくまで飛び回っているといいなと思う。

                                                           弁護士  古 川 美 和

 合宿の朝は早い。「きしょおおおお,きしょおおおお(起床,起床)!!!」。午前6
時,「朝宿(あさしゅく)」すなわち「朝の宿舎当番」が大声で叫びながら各部屋を回る。
回ると言っても年間6回の合宿のうち4回が行われる木曽川滑空場の宿舎は,男子部屋と
女子部屋それぞれ1つずつしかない。朝宿が男子のときは,女子部屋の引き戸をダムダム
ダム,と叩いて「起床~」と声掛けをする。そこには20歳前後の青年らしい羞じらいが
ある。しかし朝宿が女子のときは,男子部屋の引き戸をガラリと開けて,声を限りに「き
しょおおお!」である。そこにはデリカシーとかプライバシーだとかいうものは全くない。


 ともかく起こされたので,総勢20名から多いときは40名くらいの学生たちがわらわ
らと「.........」という感じで起きてきて,歯を磨いたりコンタクトレンズを入れたりする。
洗面台は横一列に4つくらいしか蛇口がないので割と取り合いである。しかもここは合宿,
6時5分ころには1階の食堂に降りて朝食の準備に加わらないと,夜のミーティングで小
学校のホームルームよろしく「今日は,朝みんな降りて来るのが遅くて,出発が10分も
遅れました。10分あったら1発余計に飛ばせます。明日は頑張りましょう。」などとピ
スト(=合宿の班長,責任者)から小言を言われるので,そりゃもう必死である。


 この木曽川の朝食というのがまた,食べなくなってからもう5年は経とうかという今で
もまざまざと目に鼻に舌に焼き付いているシロモノなのだ。その名は「はしきゅう」。木
曽川滑空場が存在する岐阜県羽島市に君臨する給食センター「はしま給食」のことである。
1日3回宿舎まで届けてくれて,1人前朝200円,昼400円,夜400円。安いはい
いが,ご飯が臭い。漬け物は,置くと赤だの緑だのご飯に色がべったり付く。赤だしは辛
い。ちなみに朝宿が午前5時に起きて一番最初にする仕事は,「はしきゅう」の赤だしの
大鍋を火にかけて,やかんの水を5?程どぼどぼ注いで薄めることである。それくらい辛
い。
 朝食のメニューは,黄ばんだご飯と原色漬け物と水入り赤出し,以上。それに1人1日
1個限定の卵が付く。このありがたい卵をどう使うかが,合宿の達人としてのそれぞれの
腕の見せ所なんである。朝,ご飯に生のままぶっかけて醤油をじゃっと回し掛け,ざばざ
ばと箸でかき込む者あり,夜に台所でお湯を沸かしてゆで卵を楽しむ者あり。しかしなん
と言ってもぶっちぎりナンバーワンの王者はチャーハンである。取っ手がぐらついた中華
鍋に油を熱して卵をこつんと割り入れ,フライ返しでじゃこ,じゃこ,じゃこと炒り卵状
にしたところへ弁当箱に入った夜の「はし給」ご飯をぱかっと空ける。フライ返しでざし
っ,ざしっとご飯を切るようにほぐし,ガシャコン,ガシャコンとご飯が宙を舞い,鍋肌
に醤油をじゅっと回し入れ,再びガシャコン。4年間も航空部員をやると,どんな男性も
チャーハンだけは鉄人級だ。でもまあガスコンロは2つしかないし,人数が多ければ毎晩
チャーハンを作ってもいられないので,仕方なく大抵は朝の卵かけご飯になるわけである。


 ご飯をよそい,バケツリレー方式で食堂のテーブルに配膳し終わると,ピストが声をか
ける。「阪大(合宿をやっている各大学の名前である)いただきー」全員が答えていわく,
「しまーす!」。合わせて「いただきます」ということらしい。ちなみに大多数が食べ終
わると班長は「阪大した!」全員が「した!」。おそらく「ごちそうさまでした」の略だ
と思われるが定かではない。当時はそんなもんだと思ってたけど,そういえば変な光景だ
なあ。


 そんなこんなで朝食が終わると各自R/W(=ランウェイ=滑走路)用のつなぎ服に着
替え,機材車に荷物を積み込んで,乗り込む・・・のではなく,ドライバー以外の人間は
500mほどマラソンだ。準備が順調なら,出発の時刻は午前6時35分。真冬はまだ薄
暗く,吐く息は氷のように白い。目を上げると痛いほど澄み切った宇宙色の空に,明けの
明星が光っている。集合場所でラジオ体操をしながら(ラジオ体操をする大学生が,今の
日本にどれくらいいるんだろう・・・),心は今日これからのフライトに飛んでいく。今
日は何発くらい飛べるかな・・・。条件よくなるといいなあ。昨日は急旋回でバンク(傾
き)が深くなっちゃったから,今日こそバンク一定,速度一定にしよう。ああ,早く,早
く飛びたい!


 寒くても,眠くても,体が筋肉痛で痛くても,あの期待に満ちた朝のひとときが,私は
いつも好きだった。


                                                           弁護士  古 川 美 和

 「報告します!古川380(サンハチマル)搭乗、課目場周、よろしくお願いします!
重量重心位置は340ミリメートルで許容範囲内です。機外点検、機内点検ともに異常あ
りません。風防締めてよろしいですか?」―今も目を閉じて、いや、別にわざわざ目を閉
じなくても、ほんのちょっとリラックスして耳を澄ますと、すらすらと溢れ出す、そんな
言葉がある。学生時代、私が何百回、何千回となく耳にし、ときに心躍らせて、ときに緊
張のあまり声を震わせながら唱えた言葉だ。むんとする草いきれと、いつしか身体に染み
ついたグリースやガソリンのかすかなにおい、砂埃、そして目を上げると抜けるような青
い空に今しも生まれ出た、そして見る間に成長していく積雲のたまご――そんな、学生時
代だった。
 大学に入って、新入生のクラブ勧誘でにぎわうキャンバスを歩いていた私が、ふと目を
引かれた看板は、「あなたも空を飛べる!―体育会航空部」。小さいころから「何か一つ、
願いが叶うとしたら?」と問われれば、「たくさん願いが叶いますように!」などと生意
気な答えをしたりはせずに、「空を飛べるようになりたい!」と答える子どもだった私は、
即座にその勧誘看板に飛びついた。今から10年以上も前の、桜が舞い散る春のことだっ
た。
 そんな私も、今はこうして地に足つけて、醜いアヒルの子よろしく、いつか立派な弁護
士になるべく(いつになるやら)かさこそ地を這うような事件活動をやっている。そして
ときどき、空を見上げては、「あー、あの空飛んでたんだな。」などと思っている。
 でもやっぱり、空を飛ぶあの感触を忘れたくない。真っ白い、艶やかな流線型をしたグ
ライダーの狭いコックピットに座り、キャノピー(風防)を締めたときのあの親密な感じ、
ワイヤーの索が装着されて出発を待つ、索が張って「ぐん!」と軽い衝撃が来る。「38
0、出発!」プレストークスイッチを押して無線を入れる、やがて来る強いG、『からだ
がフワリと』軽くなり、視界が空だけになる、ぐんぐん上昇していく、もっと高く、もっ
と高みへ!!あの高揚感、緊張感を、忘れたくないし、こうして書いていると、やっぱり
身体に染みついているんだな、と思う。なので、月に一度、パソコンに向かって、空一色
だったあのころと、地を這う、それだけにやりがいのある今の弁護士の日々を結んでみた
いと思う。
 はてさて、いかなるフライトになりますやら。当機、機長は、弁護士の古川美和でござ
います。これからの空の旅を、どうぞよろしくお付き合いくださいませ!

                                                           弁護士  古 川 美 和

略歴

京都市右京区太秦で出生。3歳から富山県で育つ

1993年3月
富山県立高岡高校卒業
1993年4月
大阪大学文学部入学
大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる

1999年3月
2年留年の後、大阪大学文学部文学科を卒業
フリーター生活をしていた2000年11月、一念発起して司法試験に挑戦
受験時代は京都の受験予備校(伊藤塾)に通う

2002年11月
司法試験合格
1年間の実務修習を京都で経験
2004年10月
京都法律事務所 入所
2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母

弁護士会委員会所属

【京都弁護士会】
刑事委員会副委員長
司法修習委員
検察審査会PT
死刑制度調査検討PT

【日本弁護士連合会】
刑事弁護センター幹事
法廷技術小委員会

一般民事事件(借地借家・交通事故・不動産・住宅問題・医療過誤問題など)

家事事件(離婚・相続・遺言など)

労働事件、労災事件、刑事事件、少年事件。

債務整理、破産申立事件など。

子どものころより空に憧れ、大学時代はグライダーで日本各地・オーストラリアなどの空を飛び回ってきました。操縦教官の国家資格も取得し、一時はエアラインのパイロットを目指すも受験に失敗。失意のフリーター生活の後、社会に貢献したい、常に自分自身を向上させられる仕事に就きたいと決意し、司法試験を目指しました。
今は、大地にしっかりと足をつけて、依頼者お一人お一人の悩みに寄り添い、ともに歩む弁護士でありたいと思っています。
特に、離婚・親子など女性が抱える問題に、共に悩み、しっかりした解決をお示ししたいと思います。
また、刑事・少年事件にも力を入れています。