1. 2014年10月

2014年10月アーカイブ

  本件は、S大学(滋賀県大津市)に20年以上、正職員として勤務していた事務職員の解雇事件です。原告のAさんは、大学の事務部門のエキスパートで勤続20年表彰も受けた優秀な職員でしたが、2009年頃から上司に暴言を吐かれるなどのハラスメントを受けるようになり、2011年4月から2013年12月まで,前例のない守衛室での受付勤務、幼稚園勤務を命じられて晒し者にされ、2014年1月には大学の事務局長付きに戻されたもの、仕事も机も与えないという嫌がらせを受けた挙げ句、執拗な退職強要を受けて、2014年4月末日をもって解雇されました。被告は、原告を賞罰委員会も開かずに懲戒解雇(諭旨解雇)しておきながら、原告の抗議を受けて、「諭旨解雇」は書き間違いで「普通解雇」の意味であるとお粗末な弁明を行いました。また解雇前に原告が申し立てた労働局のあっせんで、被告はあっせん委員から退職勧奨を止めるよう注意されたのに対し、退職勧奨は止めるが解雇を考えるという信じがたい回答を行いました。被告は、その後の団交の席上でも、争うなら懲戒解雇して退職金もカットすると脅しをかけ、解雇後に実際に賞罰委員会への呼出状を送りつけるという報復的脅しまで行ったのです。
 このように、本件は、違法なパワハラ、退職強要、違法解雇、報復的脅し等々、違法行為のオンパレードともいうべき極めて悪質な事案でした。私も多くの労働事件を手がけてきましたが、これほど悪質な事案は希有です。

 

 Aさんが、このような仕打ちを受けるようになったのは、近年新たに常務理事に就任したB理事の存在が大きかったと思われます。自分の意見をはっきりと述べるAさんの存在が煙たかったのでしょう。しかし、大学のベテラン事務職員を受付や幼稚園に配置するなど、通常は考えられません。バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件の東京地裁平成7年12月4日判決では,銀行の管理職を受付に配転したことが、原告の人格権を侵害し,職場内・外で孤立させ,勤労意欲を失わせ,やがて退職に追いやる意図をもってなされたものであるとして、明白に違法と認定されました。本件の配転もその裁判例に照らせば違法性は明らかでした。

 

 また、Aさんははっきりと退職しないと答えているにもかかわらず、被告は繰り返し退職を強要し、それどころか仕事を与えない、机も与えないなどの嫌がらせまで行いました。退職するか否かは労働者の自由なので、退職しないと明確に意思表明した後に退職を求める行為は、下関商業高校事件の山口地裁下関支部昭和49年9月28日判決、日本航空事件東京地判平成23年10月31日等の裁判例に照らして、明らかに違法な退職強要です。そこで、Aさんは京都労働局にあっせんを申請したのですが、被告は、あっせんの席上、このまま退職勧奨を続けていると違法な退職強要になりかねない労働局に指摘されて、勧奨は止めるが解雇を考えるという信じられない回答を行い、その後間もなく解雇が強行されました。ちなみに被告は、懲戒解雇の一種である諭旨解雇を通告しましたが、合理的な懲戒理由を示さず賞罰委員会も開かずに懲戒解雇するのは違法という原告の抗議を受けて、「諭旨解雇」は書き間違いで「普通解雇」の意味であるとお粗末な弁明を行う有様でした。

 

 Aさんは、労働組合(きょうとユニオン)に加入し、解雇撤回を求めて団体交渉を行いました。しかし、被告は解雇を撤回しなかっただけでなく、団交の席上、理事(しかも弁護士!)が、解雇の効力を争うなら懲戒解雇に切り替えて退職金もカットするという報復的発言まで行い、その後Aさんには、賞罰委員会を行うので出席せよという呼出状が届くというとんでもない展開になりました。解雇して既に労働契約関係から離れている者に対して、懲戒手続を進めるなど無茶苦茶というほかありません。

 

 私たちは2014年5月7日に解雇無効を理由とする労働者としての地位確認、解雇後の賃金全額の支払、謝罪広告の掲示、慰謝料の支払いを求めて労働審判の申立を行いましたが、その直後に被告がAさんを賞罰委員会に呼び出すという非常事態を受けて、急遽5月12日に、労働審判法29条が準用する民事調停法12条に基づき、「賞罰委員会の開催その他の懲戒手続きをしてはならない」という審判前の措置申立を行いました。
 労働審判における審判前の措置とは、あらかじめ現状の変更を禁止しておかなければ労働審判が出てもその内容を実現できなくなるおそれのある場合に、審判を言い渡す前に現状の変更禁止を命ずる制度であり(例えば、配転命令の無効を労働審判で争っているときに、審判の結論が出るまで配転手続を止める等)、いわば労働審判を本訴とした場合の仮処分的な制度です。
 裁判所は、私たちの申立を無審尋で認めて、5月19日(賞罰委員会の2日前)に「懲戒手続きを進めてはならない」という決定を出してくれました。このスピーディな審理は画期的なことだったと思いますが、余りに無法な被告のやり方に裁判所もきっぱりとNO!のメッセージを発してくれたのだと思います。また全国的に見ても、審判前の措置申立の制度はあまり活用されていないようで、今後の活用が期待されるところです。

 

 労働審判は、6月20日、7月3日、8月19日の3回行われました。そこでは、被告は、Sさんの「問題行動」なるものを後付けであれこれ並べ立てて、解雇は合理的だったと弁明しました。しかし、審判の席上、そうした「問題行動」なるものについて「指導」や「教育」をしたのかと裁判所に問われ、被告代理人が改めて主張立証したいと述べたのに対し、裁判所から「今の時点で出ていないのならば、今後意味のある主張立証が出るとは思えないから、今さらそういった主張立証は不要である」と釘を刺され、逆に何の「指導」も「教育」もしていないこと、翻ってそもそも解雇事由など存在しないことが明白となりました。そうしたやりとりの結果、裁判所は当事者双方に対し、①解雇撤回、②解雇日に遡っての合意退職、③解決金3300万円の支払等を内容とする調停案を示しました。この金額は退職金と約4年分の賃金に相当する額で、定年まであと7年だったAさんにとって実質的な勝利的和解といえるものでした。

 しかし、被告がこの裁判所案の受諾を拒否したため、結局3回目の労働審判期日において、即日、同内容の審判が申し渡されました。被告はこの審判に対しても性懲りもなく異議申立を行ったため、本件は訴訟に移行しました。これほどまでに違法行為のオンパレードという事案はなかなかありません。このような理不尽な解雇を許さないという決意で、勝利目指して最後まで頑張っていきたいと思います(弁護団は当事務所の津島理恵、大江智子、福山和人の3名です)。