1. 2014年8月

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~男性の育休取得を理由とする昇格昇給差別を違法とした判決~

                                              弁護士 福 山 和 人

 

【育休取得に朗報】

  育児・介護休業法10条は、育児休業を取得したことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないと定めています。

 しかし現実には、育児休業を取得できないケースが多いのではないでしょうか。

 特に男性となればなおさらでしょう。

 そんな中、育児休業の取得を考えておられる男性に、朗報となる判決をかちとることができました。

【事案の概略】

 本件は、京都市内の岩倉病院に勤務していた男性看護師三尾雅信さんが、2010年度に3か月間、育児休業を取得したことを理由に、2011年度に職能給(要するに能力給)の昇給が認められず、かつ昇格試験を受ける機会を与えられなかったという事案です。

 三尾さんは、これらの措置が育児介護休業法10条に違反するとして、京都労働局に援助の申し立てを行い、労働局は病院に対し是正勧告を行いました。

 しかし、病院がこれに従わなかったため、やむなく三尾さんは昇給・昇格された場合との差額分の損害賠償と慰謝料を求めて京都地裁に提訴しました。

【1審の京都地裁判決(2013年9月24日)】

 1審判決は、昇給については、1年のうち4分の1に過ぎない3ヶ月間の育休取得によって、能力の向上がないと判断し、一律に昇給を否定する点の合理性には疑問が残るとしつつも、年齢給の昇給は行われたこと、職能給の昇給が行われなかったことによる不利益が月2800円、年間4万2000円にとどまること等の理由を挙げて、昇給を認めなかったことは育児介護休業法10条の不利益取扱の禁止に反しないと判断しました。

 他方、昇格に関しては、昇格試験を受けさせなかったのは違法として、昇格試験を受験させなかったことにについての慰謝料15万円の支払いを命じました。

【大阪高裁判決(2014年7月18日)】

 三尾さんは、1審判決を不服として、大阪高裁に控訴しました。

 高裁は、昇給について、病院が、遅刻・早退・年次有給休暇・生理休暇・慶弔休暇等により3ヶ月以上の欠勤が生じても職能給の昇給を認める扱いにしていたことに着目して、それに比して育児休業により3ヶ月欠勤した場合に昇給を認めないのは合理性がないという理由で、昇給を認めなかったのは違法と判断し、昇給していた場合の賃金との差額分の損害賠償請求を認めました。

 また高裁は,昇格については1審判決を維持し、慰謝料請求を認めました。

【高裁判決の意義】

① 不昇給と不利益突扱い

 育児介護休業法10条の不利益取扱いに関する裁判例としては、これまで賞与の不支給(東朋学園事件)や育休取得後の職務変更・成果報酬の減額(コナミデジタルエンタテインメント事件)などの事例がありますが、育休取得による昇給の停止が正面から争われた事例で、同条違反を認めたのは本件が初めてと思われます。育休取得を理由に賃金を支給しなかったり減額したというのではなく、昇給させなかったというだけでも違法となることを明らかにしたという意味で、本判決が実務に与える影響は大きいといえます。

② 成績主義・能力主義を仮装した不利益取扱いを断罪

 本件で不昇給となったのは、能力評価に基づいて昇給される職能給部分でした。

 病院は、育児休業中は実務経験を積むことができない以上、能力向上がないと評価して不昇給としたのであって、育休取得を理由に不昇給したのではないから、育児休業法10条には反しないと弁明しました。

 しかし、病院は能力評価といいながら、実際には三尾さんの能力を真正面から評価したわけではなく、要するに3ヶ月育休を取ったから能力が向上しなかったと決めつけて昇給を拒否しただけです。

 このような論法が成り立つとすれば、法的に保障された休業を取得した場合でも、休業した以上、能力が向上しなかったとこじつけることで何でも合理化されることになりかねません。

 高裁判決は成績主義や能力主義を仮装した不利益取扱いを断罪したという意味で大きな意義を有するものです。

 

 本判決については、病院側の上告及び上告受理申立に対して、2015年12月16日、最高裁は上告を却下するとともに、上告受理申立についても受理しない旨決定したため、大阪高裁判決が確定しました。なお、本件は、当事務所の吉田美喜夫弁護士(立命館大学元総長・同大名誉教授)と私の2人が担当しました。

【参考文献

労働判例1104号71頁
労働法律旬報1829号46~47頁、59~71頁