京都で初めて?外科医の過労死、3ヵ月で労災認定
京都法律事務所 弁護士 古川美和
1 はじめに
2004(平成16)年5月のある日、京都市内の民間病院で当直勤務中の男性医師(以下、「被災者」とお呼びします。)が、当直室において急性心筋梗塞を発症し、同所において亡くなりました。
ご遺族は、当事務所の佐藤克昭弁護士及び私古川を申請代理人として、京都労災職業病対策連絡会議(職対連)の協力を得て、2006(平成16)年5月10日、京都上労働基準監督署に労災申請を行いました。その結果、約3ヵ月後の同年8月16日、上労基署は被災者の死亡が業務に起因するものと認定し、遺族補償年金等の支給を決定しました。
これほど早期に労災認定がなされるのは、あまり例のないケースであり、しかも医師の過労死認定はおそらく京都市内でも初めてであろうとのことでした。
この早期決定の背景には、被災者の勤務実態がそれだけ過酷だったということはもちろん、事前にご遺族・同僚医師を含め多数の関係者からの聞き取りを丹念に行い、意見書の形で労働基準監督官にわかりやすく示したこと、必要な資料の補充等につき担当監督官と連絡を取り合いながら行ったことなどがあったと思います。
以下、被災者の勤務実態等について簡単にご紹介します。
2 被災者の勤務実態
被災者は、当時44歳の男性でした。研修を経て、外科を専門とする勤務医として、京都府下のいくつかの病院を経た後、京都市内の民間総合病院に勤務しておられました。
勤務の種類としては、外来、手術、術後の処置や治療計画の作成等の病棟業務の他、日当直、他院へ出張しての手術・診察、各種会議への出席や手術前の患者・家族への説明等、多岐にわたる業務を行っておられました。また、日当直による勤務時間帯の変化や、その
際には予測不可能な急患への対応が求められるなど、その勤務は著しく不規則なものでした。
3 被災者の労働時間
被災前1ヵ月の所定時間外労働時間数は、76時間25分でした。その前1ヵ月の時間外労働時間数は102時間48分で、被災前2ヵ月の平均時間外労働時間数は89時間を超えるというものでした。
4 早期業務上認定の要因
本件の業務上認定は、申請後約3ヵ月という異例とも思われる早期決定でした。
これは、最初に述べたとおり、被災者の勤務先・前勤務先が調査に協力的であり、タイムカード等資料の提出や、同僚医師、担当事務局らの聞き取り調査が速やかに行われたことが大きいと思われ、労災事案における勤務先の協力の重要性を実感しました。
また、本件では、被災前2ヵ月間の労働時間が1ヵ月平均89時間超と、労働時間のみでも認定基準を超えていました。しかし、業務起因性の認定に当たっては、労働時間のみならず、当直勤務を含む不規則な勤務形態や、日当直時における急患への対応、手術等精神的緊張を伴う業務が多いことといった、医師という職業それ自体の過重性が、心証に大きく影響したものと思われます。
監督官の話からは、本件事例で業務外との認定を行っても、法廷での争いとなれば覆されるであろうとの判断が働いたことが伺われ、先輩弁護士らによる長年の法廷闘争の積み重ねが、確実に認定実務を前進させているのだなあと感慨をおぼえました。
5 終わりに
聞き取り調査においては、想像以上に過酷な医師の労働実態が明らかになりました。
ただ、医師という職業は、責任感や自身の職業に対する誇り、思い入れが強い人ほど、業務が際限なく増えていくものです。
被災者は、休日であっても急患や容態の急変の連絡があればヘルプに飛び出していき、患者らから「先生はいつ休んでいるんだろう」と思われるほど、患者・家族らへの説明や診療計画の作成も丁寧に時間をかけて行う医師でした。
そうした事情を聞くにつけ、そんな被災者に労働時間を減らすようただ指導をしても、何の解決にもならなかっただろうなあと、やりきれない気持ちになりました。
近時、勤務医の過重労働が社会問題化しています。2005年7月に実施された大阪府医師会のアンケート調査では、1ヵ月当たり80時間を越える時間外労働(この状態で亡くなると、過労死と認められる可能性が高いという一つの基準なのです)をしている会員が28.0%、非会員は30.7%、大学病院勤務医は実に43.9%という悲惨な結果が出ています。
しかし、こうした実態の解決には、患者対応等の業務の「効率化」ではなく、医師の増員によりそれぞれの医師が余裕を持って丁寧な業務を行える人員配置が不可欠でしょう。
今後、こうした医師の労働実態を社会に広め、皆さんに知っていただくとともに、医師会や労働組合等による労働実態の把握調査、医師の増員に向けた運動の取り組みが必要であると強く感じた事件でした。